第四章その1
第四章、芽生える反抗心。
ゴールデンウィークが終わって連休明けの学校に登校する、昨日までの彩の家で遊んだことがまるで夢のような出来事のようであまりにも遠い。
校門を通り、駐輪場で自転車を置くと太一とすれ違う。
「おはよう翔、随分浮かない顔してるね」
「ああおはよう。昨日のことが随分遠く感じてね」
「当然と言えば当然だが、時間というのは一方通行だ……だからこそ人は有意義に過ごそうとするし、思い出という言葉にして過ごした時間を宝物にする」
「哲学者にでもなれそうだな太一」
「そうでもない……今月の終わりは中間テストだ、本腰入れていこう」
太一の言う通り今月末は中間テストになる、なんてことはない。ただ点数を取ればいいだけの話だと翔は自分に言い聞かせる。
教室に入ると教室内はお互いにすっかり慣れ親しんだ空気で、耳を傾けるとゴールデンウィーク中どこかへ遊びに行った? とか、どこで何してた? とか、中には連休中はずっと部活で厳しい練習だったと愚痴を溢す者もいた。
するとクラスの女子生徒たちの主導権を獲得した玲子が興味ありげに訊いてきた。
「おはよう真島君、柴谷君、ゴールデンウィーク中何してた?」
「いきなりだな綾瀬さん、どうしてたかって……」
翔は隣にいる太一に視線を向けると、太一は「フッ」と微笑んで当たり障りのない程度に言う。
「僕と一緒に遊んでたよ、家で人生ゲームやテレビゲームとかをね……どうして?」
「なんとなく思ってたんだけど対照的な柴谷君と真島君が仲いいのが気になってね」
玲子は意味深な笑みで言って踵を反すと、翔は安堵する。まさか連休中に女の子の家で遊んでたなんて口が裂けても言えない。
午前中の授業が終わると昼休みだが、今日はいつもと違った。
「さて翔、今日は中沢と食べようか」
「大丈夫なのか?」
「まぁ見たところ一緒に食べるくらいはいいらしい、それに……いつも一人のはずなのに今日はもう一人」
太一の視線の先を見ると、舞の隣の席に彩が座って弁当を広げている。
「なるほど、それか」
翔は納得すると太一は微笑んで肯いて歩み寄ると、早速舞を冷やかす。
「中沢、まさか君が友達とランチにするなんて夢にも思わなかったよ」
「……柴谷君こそ、そのビジュアルでモテそうなのに未だに女の子と食べてないのが驚きだわ」
舞はたじろぐことなく以前のように冷たい口調で言い返す、そういえばと思いながら翔は教室を見回しながら訊いた。
「そういえば神代さん、一緒に食べてる長谷川さんは?」
「萌葱ちゃん、漫画研究会に入って昼休み中は図書準備室で先輩とお話しながら食べて、それから描いてるの……熱心に集中してるみたいだから」
彩は少し遠慮気味に言う、萌葱はどうやら漫研に入って熱心に創作活動をしてる。部外者の彩は彼女に配慮して舞と食べることにしたんだろう、そして太一は営業スマイルで彩に訊く。
「神代さん、一緒にいいかな?」
「ええ勿論、昨日は楽しかったわ」
彩は肯くと舞は「えっ?」という動揺した表情になった彩を見つめると、翔は恐る恐る自分の席から椅子を取って「失礼します」と彩の右斜め前に座って弁当を広げる、向かい側に太一も座って言う。
「それじゃあランチタイムにしようか」
「ええ……そうね」
舞は表情には出さないが全身からどす黒い負のオーラが放たれ、少し吸い込んだだけで即死するレベルの毒ガスを全身から放出してるようだ。彩はそれを察したのか引き攣った笑顔でフォローする。
「舞ちゃん、柴谷君は悪い人じゃないよ」
「わかってるけど……存在自体が気に入らないのよ、いつもヘラヘラして仮面を被ってるから……気味が悪いのよ」
舞の放つ負のオーラは教室全体にまで広がったのか、クラスメイト達は驚きと戦慄、恐怖の表情を見せるが彩は物怖じすることなく笑顔で言う。
「あのね……舞ちゃんはね、柴谷君に本当の気持ちを無理な笑顔で隠さないで、って言ってるのよ」
「なぁっ!? 何言ってるのよ彩! 私そんなつもりで言ってるんじゃないわよ!」
舞は図星なのか必死で首を横に振りながら否定すると確かに舞の言う通り、太一の微笑には陰りがあって翔は太一を見つめる。
「太一? そう……なのか?」
「否定はしないさ、まあ長年の癖になってるから簡単には治らないよ」
それが太一の短所だろう、確かに太一はいつも微笑みを絶やさない。それならと翔はフォローする。
「少しずつ治していけばいいし、中沢さんみたいに物怖じせずズバズバ言えばいい」
「真島君、褒めてるの? それとも貶めてるの?」
舞はギロリと睨みながら言うと翔は「ゾクッ」と背筋を凍らせながら言う。
「褒めてるつもりだ……むしろ物怖じせず言えるのを見習いたいくらいだよ」
「そうね、あたしも舞ちゃんを見習って嫌なことは嫌、間違ってることは間違ってる、って言えるようになりたいわ」
彩は羨ましそうな眼差しで舞を見つめながら水筒のお茶を飲むと、舞は真剣な眼差しで首を横に振って強く言う。
「そんなことない! 彩は……そのままの彩がいいわ! だって研修宿泊の時に助けてくれて、二度目は危険を顧みずに助けてくれた……彩は温かくて……強くて純粋で、優しい心を持ってる! 私は……そんな彩が好きなのよ!」
「ま……舞ちゃん……ありがとう舞ちゃん」
驚愕の表情を見せた彩だが、次の瞬間には温かい微笑みで肯く。舞の不器用な言葉は下手すれば愛の告白と受け取られてもおかしくないが、彩はその気持ちを汲んで受け入れるほどの器量を持っているのかもしれない。
「ふぅ~ん、中沢って実はその気でもあるの?」
「ないわよ!」
太一の言葉に舞は真っ向から否定するが、翔はただただ感心するしかなかった。同い年とは思えないほどの強靭な精神を持っていることに。
そして昼休みを経て午後の授業が終わり、図書室に寄ろうと思いながらホームルームを終えて帰ろうとした時、高森先生に指名された。
「柴谷君、真島君、神代さん、中沢さん。ちょっと私と一緒に来てくれる?」
えっ? 僕たち? 翔は太一と顔を合わせるが、太一は覚えがないし知らないと言わんばかりに首を横に振った。彩と舞に視線をやると舞は微かに顔を顰めながら首を横に振って、彩も難しい表情で首を傾げていた。
仕方なく高森先生についていくと、生徒指導室に連れて行かれて中に入ると幸長先生ともう一人、白髪混じりで度の強そうな眼鏡をかけた、四〇過ぎの仕事一筋な中年サラリーマンのような学年主任の
「それじゃあみんな、そこに座って」
言われるがまま翔はテーブルの席に座り、僕たちが一体何をしたというんだ? 他の三人を見ると同じように覚えがないと言いたいような表情だった。そして向かい側に三人の先生が座り、高森先生が話しを始める。
「さて始めるわ……あなたたち、昨日からゴールデンウィークの三日間……神代さんの家に出入りしていたようね。柴谷君に真島君、中沢さん……間違いないよね?」
「はい……確かに間違いありません」
太一が肯いて答えると翔と舞も肯く、幸長先生はジロリと疑念の眼差しで舐め回しながら低い声で言った。
「間違いないな、君たちは三日間神代の家で何をしていた?」
「ただ一緒にテレビゲームをクリアするのを手伝ったり、一緒にピザを食べながら映画を見たり、ボードゲームで遊んだだけです」
翔は気に食わずあるがままに言うと、江本先生は翔はねっとりと絡みつくような口調になる。
「本当にそれだけかな? どうして神代さんの家に行った? 他にすることはあったんじゃないのか?」
「私が二人を神代さんの家に誘ったんです。一人で遊びに行くのが不安でしたから!」
舞は物怖じせずハッキリと言い放つと、幸長先生は口をへの字にして言った。
「うむ、中沢さん……君が神代さんの家に遊びに行ったことは問題ない、ただね……真島と柴谷を連れ込んだうえに私服で外出した。不純異性交遊の疑いと、外出時の制服着用義務違反で呼び出したんだ……君たち四人のことは高森先生から聞いてる、宿泊研修で助け合って仲良くなったのは構わない。だが、お互いに高め合い節度を持って高校生活に励んで欲しいだけだ」
節度を持って? どういう意味だ? 翔は手を挙げて訊いた。
「あの先生……質問していいですか?」
「いいわよ、真島君」
高森先生が肯くと翔は浮かび上がった疑問を口にする。
「その……質問というより、確認として訊きたいのですが……節度を持った高校生活というのは?」
この質問には江本先生が答えた。
「そうだな確認として話しておこう――」
「一緒に帰るには構わないが寄り道せんようにな」
幸長先生はそう言うとようやく解放され、四人で校門を出る。
結局午後五時半頃まで生徒指導室でうんざりするような説教・教訓話になり、彩は疲れ切った表情になっていた。
「なんかあそこまで言われちゃうとは思わなかったわね」
「ああ、話も無駄に長かったが要約すると勉強や部活に力入れろってことだったな」
翔も肩を落として目の下に隈ができてきた。しかも、もしまた同じようなことしたら今日のようには済まさないと幸長先生は言っていた。翔と彩とは対照的に舞は憤りと不満を口にする。
「全く……なんで私たちが普通に家に遊びに行ったくらいで、あーだこーだ言われなきゃいけないのかしら? 意味が分からない! 何が互いを高め合い節度を持てって? そんなの知らないわよ!」
「やれやれ、中沢……これからどうしたい?」
太一は相変わらず涼しい顔をして訊くと、舞は両手を握りしめて意を決した表情でみんなに言う。
「決まってるわ、先生――いいえ大人たちのいいようにはならないわ! 彩、あなたはどう思う」
「そうね……部活や勉強を頑張ってる人もいるけど、みんながみんなと同じように過ごしたいと思ってるわけじゃないし……あたしたちもあたしたちなりにやっていきたいと思うわ、なんか……入る学校間違えちゃったかな?」
彩の言う通り、江本先生の話しを聞いた限りみんな校則を守って頑張ってるとか言ってるが、実態はそうでもないように見える。高森先生も将来のために今を我慢しろというが、この前太一が聞かせてくれたお兄さんの話しもある。
舞は彩の言ったことに肯く。
「私もそう思うわ……いっそのこと一戦でも交えようかしら?」
「全ての大人たちに宣戦布告して、第三次世界大戦でも起こすつもりかい?」
太一も冗談のつもりでノリノリだが、翔は冷静に考えても叶わないと考える。
「アメリカ全軍対弱小武装組織だ、叶うわけがない」
「そうよね。真島君生真面目でいい子だから内申点下げられるのが怖いんでしょ?」
「正面からやり合えばの話しだ中沢さん……この前アメリカのブッシュ大統領がイラクでの大規模戦闘終結宣言を出した……これでイラク戦争は終わると思うか?」
翔はこの前の見たイラク戦争のニュースを思い出しながら訊くと、舞は虚を衝かれたような表情になる、太一は意図を読み取ったのか何も言わず微笑みながら見つめる。
舞は沈黙したまま答えず、翔はもう一度訊く。
「どう思う? 中沢さん? これで終わりだと思う?」
「少なくとも……お、終わりじゃない気がするけど……関係あるの?」
「ああ、イラク戦争はむしろこれからだ。恐らくはベトナム戦争やそのソ連版とも言えるアフガン侵攻、同時多発テロ後のアフガンのように長い長い戦いになる……つまり、正面から戦えば勝ち目はない。だからゲリラ戦のように虚を衝くしかない」
「つまり……正面から戦わず、先生たちに悟られないように動くしかないと?」
「そうさ、それに……僕も中沢さんと同じようにムカついてたからな……動くならスパイのように先生や他の奴らにも悟られないようにしないと」
翔は周囲を警戒しながら見回すと、太一も声のボリュームをみんなにしか聞こえない程度まで落とす。
「先生たちは話してくれなかったけど……どうやって僕たちが三日間神代さんの家に出入りしたのを知ったのか気にならない?」
「う~んでも……この連休中に全校生徒を先生たちだけでは見るのは全く足りないし……ボランティアの補導員さんがいたなら、その場で声をかけると思う」
彩の言う通り、補導員や先生ならその場で声をかけて指導するはず。それならやはり考えられるのは、と思ってると舞が先に口を開いた。
「そうね、恐らくは誰かが私たちを見てて証拠の写真を撮りながら尾行していた……おそらくはうちのクラスの誰かさんの可能性があるわ」
彩は難し気な表情になる。
「可能性はありそうだけど……あたしたちのように高校に慣れて今日みたいに呼びされる人が増えるかも? でもまだ何とも言えないわ」
太一はまるでこの状況を楽しんでるかのように微笑む。
「入学してからまだ一ヶ月だ……これからどうなるかだ。翔、様子見の時間はもう終わりにして情報収集だ……これから楽しくなるぞ」
太一は研修宿泊の時、優等生のふりをして出し抜き、不意打ちを与えてやりたいと話していた。すると舞は太一を射抜くような眼差しで見つめながら訊いた。
「柴谷君。そろそろ教えてくれるかしら? 細高に専願で入った理由を」
「えっ? 柴谷君、専願で受けたの? 校則厳しいのに?」
初耳の彩は思いもよらない表情を見せると、太一は柔和な微笑みが消え、本性を現したかのように冷酷な眼差しになって話す。
翔にはもう話してるが……僕はね、大人が大嫌いなんだ……そりゃあもう吐き気するほどね。もちろん尊敬に値する大人もいるが……僕はとにかく大人が嫌いなんだ。僕たちより長く生きてるからと言って偉そうに、綺麗ごとを並べ、僕たちを騙し、支配下に置いて都合のいいように利用しようとしている。
先生たちは僕たちが人形になって欲しいようだけど、そうはさせない。
細高ならそういう大人たちが沢山いると、賭けに出て受けたんだ……結果は半分外れだったけど……やりがいはあると十二分に感じたんだ。
翔は研修宿泊の時、太一の言葉を思い出す。
高校三年間を無難に過ごして無味乾燥なものにするか? それともリスクを承知の上で卒業する時に楽しい三年間だったと言えるようにするか? 考えに耽ってる時、舞は共感したのか高揚感を隠すかのように微笑む。
「へぇ……柴谷君、とても面白いことを考えるじゃない……真島君はどう思ったの?」
「後悔するようなことはしたくないと思うが、太一のやろうとすることは正しいかどうかは正直わからない」
「彩……無理強いはしないわ、柴谷君の話しに私は乗ろうと思うの」
舞はすっかり彩に優しくなっていて、口調もすっかり軟化していた。
「う~ん……あたしにはちょっと……考えさせてくれるかな?」
彩は決断に悩んだ表情で首を横に振ると、太一はまたいつもの営業スマイルになる。
「今ここで決めなくていい、とにかくしばらくの間は情報を集めよう」
太一の言う通りまだ入学したばかりで情報がなさすぎる、もしかすると自分たちのように突然先生に呼び出された人もいるのかもしれない。
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