第一章その3
仕方ない、ここでしばらく何か読みながら暇つぶしでもしよう。中学の頃、
扉を開けると読書してる生徒もいれば、自主学習してる生徒もいた。汗だくになって逃げてきた翔には目立つかもしれないと本棚が並んでるところへ隠れる。
そこでクラスメイトと思わぬ鉢合わせする。
日が傾き始めた夕暮れの図書室、彼女は大切そうにハードカバーの本を胸に抱え、ふわりとなびかせる黒髪に、翔は綺麗だとおもわず心を奪われる。
「真島……君?」
その瞬間、灰色になった世界が一瞬で崩れ落ちて鮮やかに色づいた。
「……神代さん? どうしてここに?」
「借りる本を探してたところなの、真島君も?」
「あ……いや……中学の頃さ、歴史漫画とか読んだことある?」
「ああ……確かにそういうのあったね、でもあたし、漫画より小説が好きだから」
彩は控えめで古風なお嬢様のように上品に微笑む、翔は視線を逸らして本棚を見つめながら言う。
「俺の中学……歴史の漫画が手塚治虫が描いた奴だったんだ……そのせいか歴史のテストはいつも良かったんだ、先生の授業が面白かったこともあるけど」
「へぇ先生の授業が面白かったって良いことだと思うよ……あたしの中学の時は延々と黒板に書いてやるだけだだったから、真島君が探してるのそれかな?」
彩は微笑みながら言う、さすがにここで漫画を探してるなんていうのはどこか面映い。何か探してるもので歴史漫画以外に何かあったか? そう思ってると入学式の日に太一との会話を思い出した。
「いや……ジョージ・オーウェルの小説『一九八四年』だ……友達に薦められた」
「ジョージ・オーウェル……友達ってもしかして柴谷君のこと?」
「ああ、そうなんだ」
翔は内容も知らない小説のことを言うと、彩は少し考えた表情になると翔の目を見て言った。
「それじゃあ……ちょっとそこで待ってて」
彩はそう言って図書委員の所にいるカウンターに行き、手続きを済ませると借りた本を鞄に入れて戻ってきた。
「一緒に探そう」
「えっ? いいの?」
翔は思わず期待してしまうが、すぐに否定する。知り合ってまだそんなに経ってないのにどうして? 期待し過ぎだ。
「本を探すのも楽しみのうちだから、それに活字に馴染む人が一人でも多くなってくれれば嬉しいなと思ってるの」
「あ、ありがとう……それじゃあ僕はあそこから探してみるよ」
「それじゃあ私はあそこから探すわ……見つかるといいね」
翔は図書室のカウンター近くの本棚の端から、彩は反対側にある廊下側の本棚から探すことになった。
その頃、先生の追撃を太一と逃れた直人は何とか逃げ切ったと安堵して胸を撫で下ろす、
「なんとか逃げ切ったな、せっかくだから一緒に帰ろう」
「ああ、学校を出るまで気が抜けないぜ」
直人は肯いて周囲を警戒しながら昇降口へ向かう。幸い先生に見つかることはなく外は野球部やサッカー部が声を上げながら練習していて、時折各教室で練習してる吹奏楽部の音色が聞える。
いつもの夕暮れの穏やかな放課後だ、昇降口に到着して靴に履き替えてる時だった。
「随分派手な騒ぎだったそうね」
それで直人はビビッてスニーカーを落として振り向くと、中沢舞が両腕を組んで金属の靴箱に寄りかかっていた。
「中沢か……驚かすな、今日のこと先生にチクるなよ」
「その程度でチクるほど、私は五月蝿くないわ」
舞は背の高い美人だがとにかく無愛想で口が悪い、その美貌から入学当初は声をかける生徒も多くいたがその歯に衣着せぬ言動から、あっと言う間に声をかける人は柴谷くらいしかいなくなってしまって、昼休みは一人で飯食ってる。
太一は物怖じすることなく親しげに話す。
「中沢、僕の帰りを待ってくれたのかい? 一緒に帰りたいなら素直に言えばいいのに」
「馬鹿言わないでちょうだい柴谷君、佐久間君もあの喧嘩騒ぎ見てきたそうね」
舞は靴箱からローファーに履き替えながら言うと、佐久間は「まぁな」と肯くと舞は訊いた。
「変だと思わない? 普通学校で一番を取るなら三年生に喧嘩を売るはずよ。それなのに二年生と喧嘩して叩きのめした。そんなことすれば二年生に警戒されるし、三年生にも目をつけられてデメリットばかりが目立つ」
「確かに、何があったんだろう?」
直人は首を傾げながら校舎を出ると、太一は女子を虜にするような甘い笑みで言う。
「西本君のお兄さんはここの三年生だ、彼を通じて上級生の内部事情を聞いたのさ」
「へぇ……よく知ってるな柴谷」
「教室のど真ん中なんかで大声で騒ぎながら喋ってたから、自然と耳に入る」
太一は涼しい顔で言うがそれで直人は戦慄する。こいつスパイにでもなれるんじゃないか? そう思いながら駐輪場に来ると、舞も嘲笑しながら真新しい自転車のロックを外して取る。
「あら柴谷君盗み聞き? いい趣味してるわね」
「まぁ聞いてくれ、西本君によれば今日までの間入念にお兄さんから聞いてたって……その結果、あの三人は……見た目こそヤンキーだけど強い奴には媚び売って弱い者には強気な奴だった……いわばエセヤンキーで油断しなければ一年生でも倒せた」
太一はそう言いながら隣に止めていた自転車のロックを外してを取り、校門まで押して歩く。
なるほど道理で高畑たちは終始余裕の表情を見せたわけだ、だがますますわからないぞと直人はそのまま口にする。
「でもどうして中途半端な奴を?」
「昼休みの出来事、佐久間君はその時ビビッてたでしょ?」
悔しいが舞の言う通りだ、っていうか誰だって入学して間もないのに不良の先輩に目をつけられたら最後、その先輩が卒業するまでずっと怯えて暮らすことになる。
「ああ……真島は気の毒だった」
「あんなふうに横暴な先輩を完膚なきまでに叩きのめしたらどうなる?」
太一が訊くとそれでピンと来た。
「そうか、一躍クラスのヒーローになれるな! 西本のお兄さんのコネを使えば他の先輩たちを抑えておくこともできる!」
「そう……今日の出来事はクラスや学年での地位を上げるためのパフォーマンスと同時に……プロパガンダでもあるわ」
舞の言うことは半分わかったがプロパガンダというのは? 直人は罵倒される覚悟で引き攣った表情で首を傾げた。
「す、すまん中沢……パフォーマンスはわかったが、プロパガンダというのは?」
「政治的な意味合いを持った宣伝のことよ。あなたあの喧嘩を見てどう思ったか聞かせてくれる?」
キツめの口調で言われたが、さっきの様子を思い浮かべながら自分の心理状態を思い出す。スゲェな先輩相手に……強いなと思ったし、あいつらに楯突いたら……と思った瞬間それで「ハッ!」とした。
「そうか! 言うなればあの先輩たちは見せしめってことか!」
「明日から噂が広がって、しばらくは教室のど真ん中で自慢話をするけど……そのうち態度が横柄になって逆らえば暴力をチラつかせるわ……俺たちに逆らえば、あの先輩たちのようにボロ雑巾のようにされるとね」
舞は肯いて言うと直人は納得すると太一は補足する。
「まっ、これはあくまで舞の予測だ……しばらく様子を見よう」
「そうだな、あいつら確かに悪っぽいけど……悪い奴じゃなさそうだしな」
直人の話した限りではそうだった。高畑はあんまり喋る方じゃないが、良識を持ち合わせてるし、西本も気が短くて気性は荒いが面白い奴だ。
校門を出ると市電に乗るためここで別れると太一は手を振る。
「それじゃあ、君は確か健軍だったね。気をつけて」
「そこまでなら自転車で行けばいいのに、それじゃあ」
舞は素っ気ない口調で言う、直人は交通局前電停まで歩いて健軍町方面行きの路面電車に乗った。電車に乗ると帰宅ラッシュの真っ最中で窓の外を見ると、太一と舞が喋りながら自転車を押して帰ってる。
「あいつら……仲いいのかな?」
傍から見れば付き合ってるようにも見える。校内で見ると喋った様子はないが、気軽に話しかけられるとすれば案外そうかもしれない。
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