恋の相談
放課後。
俺は冬葵と姫川の三人で、食堂の座席に腰かけていた。
食堂のおばちゃんたちは昼休みが終わると帰ってしまうため、昼時のような賑わいはない。
見渡しても両手で数えられるくらいの人数がまばらに席を埋めているだけだ。
ここに残っているのは待ち合わせ場所として利用しているか、駄弁って雑談したい奴らくらいだろう。
俺たちも暇を持て余してここにいるかというと、そういうわけではなく――
「えっと……手紙に書かれている場所は食堂であっていたよな?」
「はい。そのはずです」
冬葵はちょっと不安そうに手紙の文面を見返している。
約束の時間は16時ちょうど。
だが、10分を過ぎても手紙の差出人は一向に姿を現そうとしない。
姫川が欠伸を堪えながら、言う。
「まあ、こういう冷やかしみたいなのも珍しくないらしいからねー」
「そうなのか?」
「うん。冬葵ちゃんと話したいだけの人とか、口説き目的とか、遠くから拝むだけで幸せって人もいたみたいだし」
前者はともかく、後者は呼びつけておいて傍迷惑すぎる。
そんなことを思っていると――
「お、お待たせしてごめんなさいぃぃ! ふべっ!」
入口の方から誰かが走ってきたかと思うと、ものすごい勢いで倒れて顔面をしたたかに打ちつけた。
「だ、大丈夫か?」
慌てて駆け寄って、手を差し伸ばして起こしてやる。
引き潰されたカエルみたいなうめき声を上げながら、よろよろと立ち上がる。
そこにいたのは丸眼鏡をかけた、気弱そうな雰囲気の漂う男子だ。
見ていて心配になるくらい顔が真っ赤に腫れていたけれど――
「あはは、ごめんなさい。僕、昔からこういうドジばっかりなんでケガには慣れてるんですよ」
「そ、そうか」
ちょっと不安だったけれど、本人がそう言うなら大丈夫なのだろう。
勢いでつい手を差し伸べてしまったけれど、まず本人かどうか確認を取らなければ。
「ところで君が例の手紙の差出人?」
「あ、はい。そうですけど……なぜそれをあなたが?」
丸眼鏡の男子が不思議そうに目を丸くする。
まあその反応はわからないでもない。
冬葵に出したはずの待ち合わせ場所に、俺みたいな男がいればそんな顔にもなる。
「ああ……俺はその、付き添いみたいなもんだ」
「成る程、そういうことでしたか」
俺は丸眼鏡の男子を伴って、冬葵たちの席へと連れていく。
丸眼鏡の男子は頭を下げ、何度も何度も平謝りしている。
「お待たせしてしまってごめんなさい! 掃除当番が長引いてしまって!」
「いえ、お気になさらず。それよりあなたのお名前は何ですか?」
冬葵の問いかけに。
なぜか丸眼鏡の男子はちょっと傷ついたような表情になる。
「あの、春咲さんとは以前お会いしたと思うんですけれど……僕のこと覚えてませんか?」
「そうでしたっけ? 申し訳ないですが、記憶にございません」
小首を傾げる冬葵に、丸眼鏡の男子があわわと両手を振る。
「あ、いやいや。そんなことはっ、結構前の事だし一瞬のことなんで仕方ないですよ」
丸眼鏡の男子は、所在なさげにぽりぽりと頭を掻く。
何だろう、今のやり取りは。
これはただの推測だけど、冬葵は人々のお悩み相談を解決していたそうだし、その一環で昔助けた縁があったのかもしれない。
本人も覚えていないようだと、確認のしようもないが。
「あっ、申し遅れました。僕は一年五組の
一年五組か。
同学年とはいえ、俺たちが一年一組だからほぼ反対側だ。
だからまず顔を合わせることもないせいで記憶になかったのだろう。
「僕が今日、春咲さんをお呼びたてをしたのは、その……お願いしたいことがあって」
「お願い?」
「は、はい」
ちらちらと俺と姫川を気にするように、綾藤の目がしきりに揺れている。
なるほど、秘密の相談をしようというときに俺たちはお邪魔虫だよな。
気を利かせて姫川と立ち上がろうとしたけれど――
「あ、いや。ごめんなさい。僕は皆様のお力をお借りしたいのでどうかそのままで」
逆に気を遣わせてしまったらしい。
このまま譲り合っていても話が進まないので、俺たちは綾藤の申し出に従う形で、席に着いた。
「で、お願いというのは?」
「はい。その……」
綾藤は躊躇うように顔を伏せる。
何度も言葉にしようとして呑み込んで、口を魚のようにぱくぱくとさせながら。
それを何度か繰り返し、覚悟を決めたように両手を握りしめ、口を開いた。
「僕、好きな人がいるんです」
俺は、きょとんとなった。
それは俺だけでなく、冬葵や姫川も同じだったらしい。
ちょっと驚いたけれど、このまま黙りこくっているのは、せっかく勇気を振り絞って話してくれた綾藤に申し訳ない。
「好きな人って?」
「その……風紀委員長の、岸園奈津乃さんです」
岸園奈津乃。
それは鬼の風紀委員長としてその名を知られている二年生の先輩だ。
雷様みたいな怒鳴り声を上げて教室に入ったかと思うと、抜き打ちの持ち物検査を行う嵐みたいな上級生である。
霧谷に目をつけており、よく漫画やゲームを没収されている。
あと誰が広めたのか定かではないが。
気の強そうな見た目と、岸園という名前から騎士という文字を取って、女騎士なんてあだ名が定着している。
もういまさら綾藤に聞くまでもないことだが、確認を取ってみる。
「風紀委員長と、どうなりたい?」
「はい。僕はあの人が――岸園先輩が好きです」
だから、と綾藤は言う。
今までの頼りなさげな印象を吹き飛ばすように。
力のこもった声で。
「どうかっ、岸園先輩への恋を叶えてくれませんか?」
「……」
成る程、成る程。
たしかに女騎士と呼ばれるだけあって、目を惹くような美人であることは認めよう。
腰の位置もすごい高いし、モデルみたいなすらりとした体系をしているなと思う。
しかし、相手が悪い。
よりにもよってあの鬼の風紀委員長だ。
あんなヤバイ相手との恋を叶えて欲しいと言われても無理なものは無理だ。
もし堅物の風紀委員長に、
「あなたが好きです。付き合ってください」
なんて言おうものなら、
「馬鹿もの! 恋なんぞにうつつを抜かしてる暇があったら、勉学に励め!」
と、げんこつを振り下ろしてくる未来しか見えない。
……叶わぬ恋なのだ。
綾藤には悪いが、癒えない傷を負ってもらう前に、ここは諦めてもらおう。
ため息を吐いて、重い口を開きかけたそのとき。
冬葵と姫川が身を乗り出して、叫んだ。
「きゃーっ! 聞きましたか聞きましたか!? 姫ちゃん! 恋ですって恋ですって恋してるんですって!」
「うんっ! 聞いたよ聞いたよ! うっひょおおおおぉぉぉっ! 最高! 君、最高だよ綾藤君! ウチ、こういうの待ってたんだよ! 恋のキューピッドってやつ! 一回、やってみたかったんだよねー!」
「えっ、あ、あの……そ、そうなんですかね?」
綾藤はふたりの勢いに若干引きながらも、照れくさそうに笑っている。
……なにこれ、めっちゃ盛り上がっとるやん。
「沢野さんはどうなんです?」
「え?」
「あきら君も綾藤君のお願い、叶えてあげたいよね! ね? ね?」
目をきらきらと輝かせるふたりの気迫に、うっと息が詰まる。
しまった。失念していた。
女子は三度の飯より、他人の恋バナが好きなんだってことを。
「え? あー、その……うん。俺もそう思う。思ってた。いやあ、めっちゃ俺たち、気が合うなあ」
俺はふたりに流されるような形で、頷いてしまった。
……なんて優柔不断な男なのだろう。
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