回想—ミネの願い

「ミネくん、どうだい。見違えただろう?」


 すっかり片付いた店の倉庫の様子を見て店長がミネに言った。ミネと店長は閉店後の時間を使い一ヶ月かけて倉庫の整理をやり遂げた。倉庫の中の物を店長がいちいち何に使うものなのかミネに教えようとするので思っていたよりも時間がかかってしまったが、そのおかげでミネは倉庫の中に何がどこにあるのか完璧に把握できるようになっていた。


「どうもありがとうございます。店長。」

「いやいいんだよ。こちらこそ、ミネくんにだけ負担をかけてしまって悪かったね。」

「いえ、私は魔法を使えないから人よりも頑張らないと。」

「そのことだけど、もしかして他のスタッフとうまくいってないのかい?」


 店長の急な問いかけに驚いたが、ミネは正直に答えた。


「……はい。」

「やっぱりそうだったんだね。ごめんよ、気付いてなかった。」

「いいんです。私が我慢すればいいことなので。」

「……ミネくんはどうしてこの国に来たんだい?」


 店の中は今、ミネと店長の二人きりだ。もうとっくに他のスタッフは帰ってしまっている。倉庫を片付け終わったあとは二人も戸締まりをして帰るだけだった。しかし、店長はなぜか支度をせずに話を続けようとする。ミネは早く帰りたかったが、倉庫の片付けを手伝ってもらったことは感謝していたので、店長の世間話にもう少し付き合うことにした。


「リョウが……以前お話しした一緒に住んでいる友達が、魔法女学校に入学するのでついてきたんです。リョウは憑依者だったから何もこの世界のことをわかってなくて、私が一緒にいてあげなきゃって思ってたんです。」

「大切な友達なんだね。」


 ……友達。自分とリョウの関係は友達なのか? 店長の言葉にミネの気持ちは落ち込んでいった。


「はい。でも、最近のリョウはこの世界にもすっかり慣れました。今は学校が一番楽しいみたいです。学校で新しい友達もできたみたい……。私はもう必要ないのかも……。」

「ミネくん……。」

「ごめんなさい、店長。こんなこと話してしまって。」

「いや、困った時はなんでも相談してくれていいんだよ。」

「はい、ありがとうございます。」


 気が緩んだのか、つい本音が溢れてしまった……。早く帰らなければ。リョウがお腹を空かせて待っているはずだ。ミネは荷物を持って、お先に失礼しますと挨拶しようとすると、店長が引き留めるように言った。


「ミネくん……これは提案なんだけどね。」


 まだ何かあるのか? ミネは黙って店長の次の言葉を待った。


「魔法を使えるようになりたいと思わないかい?」


 一瞬、店長が何を言ったのか理解できないほどに、それはミネにとって意外な言葉だった。


「魔法をですか!? そんなことができるんですか?」

「できるよ。この国でもごく稀にだけど魔法が使えない子どもが生まれることがあるんだ。その時はね、憑依者に頼んで魔力を分けてもらうんだ。」

「魔力を分けてもらう……。」


 店長は机の上に置いてあった箱を手に取ると話を続けた。


「そう、この特別なお香を使うんだ。このお香は人間の体を一時的に魔物に近しい状態に変える。その状態であれば魔法が使えなくても憑依者の魔力を取り込むことができるんだ。そうすればミネくんも魔法を使えるようになる。」

「私でも魔法を……。リョウとずっと一緒にいられる……。」


 ミネは店長の持っている箱から目が離せなかった。あれがあれば自分も魔力を手に入れることができるのか。魔法が使えるならこの魔法の国にずっといることができるし、もしかしたら自分もリョウと一緒に学校に通えるかもしれない……。さっきまでの重い気持ちの中に、一筋の光明が差したように思えた。


「ただしそのためには憑依者の力の源に触れないといけないよ。あの女の子がミネくんの言っていた同居している憑依者の子だろう? 女の子同士でそういうことができるかい?」


 店長は話しながら一歩ずつミネとの距離を詰めてくる。ミネは店長の髭面の奥のいやらしい笑みに気付かない。


「……もしもうまくいったなら僕のところにおいで。魔力の定着をしないといけないからね。女の子の場合、男がその身体の奥底に魔力を埋め込んであげる必要があるんだ。いいかい、絶対だよ。」


 店長はミネの手の中に箱を滑り込ませると、しっかりと両手でミネの手を包み込んで言った。


「じゃあこれは預けておくからね。」



 ミネは確かに店長から箱を受け取って、家に帰っていった。

 店長は一人残った店の中で、ミネの手の感触や、倉庫でチラチラと見ていたミネの胸元や腰や足などを思い出していた。ミネくんとの信頼関係は築けているし、全てうまくいっている。


「ああ。ミネくん、君の友達と君は住む世界が違う。魔法女学校の可憐な花たちは太陽の下ですくすくと育ち、愛されることを疑っていない。それに対して君は日陰で耐える小さなつぼみなんだ。……僕が咲かせてあげるからね。」

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