王国の王女編

王女様の知っていること

 中央王国の騎士たちの馬車は、中に入るとソファのような椅子が内装の壁沿いに並び、ボクらが入っても全く狭くならないほどの広さを持っていた。馬車と言っても形が似ているというだけで、馬が引いているわけではない。

 ボクらが中に入ってからしばらくしてフワッとした上昇感があり、馬車が宙に浮いて凄い速さで空を飛び始めたことが窓の外を見たことでわかった。


「飛行機みたいだ。これも魔法なのかな。」

「ああ、これは王族専用の飛行車だぜ。まさか俺がこれに乗れる日がくるとは思わなかった……。」


 シュンさんは目を輝かせながらずっと窓から外を見ている。



「さて、リョウさん。王国に着くまで、少しお話しましょうか。」


 両側に白い鎧の騎士を従え、ボクの向かいの一番良い場所に座っていた黄色い髪の王女様……マリンが口を開いた。ボクは両腕を縄で縛られたままである。


「改めて、私は中央王国の第一王女マリンです。マリンは、海の歌姫という意味です。」


 マリンは先ほどルカに見せたような天使のような笑みをボクに向けた。……マリンはボクに対して害意があるようには見えない。


「本来ですが、憑依者は中央王国にある教会の許可を得て特別に生み出すことが許される存在、というのが今はこの世界のルールになっています。そのルールを破って生み出された憑依者は違法憑依者であり、この世界に存在してはなりません。」


 マリンの横の赤い髪の騎士クールのボクを見る目が恐ろしい……。


「……しかし、私はリョウさんを教会の許可を得た憑依者として追認させ、正規の憑依者と同じ扱いにしてもよいと考えています。」

「ほんとですか!?」


 ミネが思わず声を上げた。ミネにとっては思ってもみない喜ばしい提案だったのだと思う。


「はい。今やドラゴンの憑依者は貴重なのです。私たちは現状この世界にはドラゴンは三頭しかいないと考えていました。東の国に二頭、中央王国に一頭です。だから西の国にいつの間にか現れた四頭目のドラゴンの存在に気付けませんでした。……私は今、ある目的のためドラゴンの力を必要としています。」

「それはドラゴンの力を差し出せってことですか?」


 またドラゴンの力か。ボクは少しうんざりした気持ちで尋ねた。


「いいえ、そうではありません。ドラゴンの力を使って、私に協力してもらいたいのです。……まあ、その話は王国に着いてからゆっくりしましょうか。話を元に戻しましょう。リョウさんを正規の憑依者とするという話です。通常、この世界に来ていただいた憑依者の方には、最初に教会の神官からいくつかこの世界についてのお話をさせていただいています。私は神官の資格を持っています。ですから、今からリョウさんにはそのお話をさせていただきます。」


 マリンはミネをチラリと見た後に続けた。


「この話は、西の国の方には馴染みは無いと思いますが……、この世界の歴史についてです。なぜ憑依者は教会で生み出されるのか、この世界での憑依者の扱いはなぜこのようになっているのか、ということです。ルカさんは一緒に魔法女学校で勉強しましたね?」

「二百年前の憑依者戦争の話ね……。」


 ルカは窓の外を見ながらつまらなそうに答える。


「そうです。この世界では二百年前、大きな戦争がありました。憑依術が発見され、爆発的に憑依者が増えた……、そして憑依者に対して非人道的な扱いをしてきた北の国に対して憑依者たちが戦争を仕掛けたのが二百年前の憑依者戦争です。戦争の中心にあったのは中央王国でした。戦争は長期化し、戦火は拡大し、多くの血が流れました。……結果的に北の国は滅びました。北の国があった地域は、今は東の国の領土となっています。この戦争の前の時代を旧時代、その後の時代を新時代と呼ぶほど、この戦争はこの世界を大きく変えてしまったのです。」


「ボクと同じように、この世界に来た人間たちが戦争を……?」


 とは言っても、二百年前なんて想像もつかないような話だった。


「ええ。彼らは自分たちの仲間を守るために必死だったのだと思います。北の国が滅び、戦争は終わりました。……しかし、戦争で憑依者の強力な魔法力を目の当たりにしたこの世界の人間たちは、憑依者たちを受け入れることができませんでした。当時の憑依者は、ドラゴンを始め、オーガ、グリフィン、フェニックス、ユニコーン……強力な魔力を持った魔物を元にした憑依者が多く、この世界の人間たちにとっては脅威に思われたのです。当時の憑依者たちの大多数は、魔物の力を捨て、この世界の人間となり生きることを選択しました。そして憑依術は教会によって一度は完全に禁止されたのです。」


 マリンは一息ついた。


「しかし戦争終結から十年も経たないうちに……、禁止したはずの憑依術を平和利用のためならば認めると教会は言い出しました。憑依者がもたらした異世界の高度な知識や文明が惜しくなったのです。……当然、元憑依者たちは反対したと思いますが、それから百数十年、現在までその時作られたルールに従って憑依者たちは教会により管理されています。……少し余計に話してしまいましたかね、ふふふ。」


 マリンは教会をあまり良く思っていないのかもしれない。両隣の騎士たちはマリンの言ったことは何も聞こえなかったとでもいう風な態度でいる。



「あ、あの、もしかして元の世界に戻る方法も知っていたりしますか?」


 ボクは思い切って聞いてみた。

 マリンは少し困った顔をして言った。


「私は残念ながら……。しかし、憑依術を解除する魔法はあります。元の魔物に戻す魔法です。その時に憑依者の魂は元の世界に戻るのでないかという説も聞いたことがありますが……、この世界の私たちにそれを知る術はありません。ですから、私はそれはお奨めしません。もしかしたらそれの結果は元の世界に戻る方法ではなく、死なのかもしれないのですから。」

「そうですか……。」



 少しして、馬車が下降していく感覚があった。


「お、中央王国に着いたぞ!」


 窓の外を見ていたシュンさんが言った。窓の外はすっかり夜になっていて、馬車は中央王国の城下街の灯りの上を飛んでいた。数時間もかからないうちに中央王国に着いたことになる。


「続きは明日にしましょう。皆さんにはお部屋をご用意いたしますので。」



 ボクらはお城の庭に着地した馬車から降りて、お城の中に案内された。

 ミネとルカとショウさんはお城の使用人の人たちに連れられて、豪華な階段を上がっていった。マリンと騎士たちはまだ外で何か話をしているようだ。

 ボクはというと、ミネたちと一緒ではなく、お城の兵士に連れられて別の部屋に通された。部屋の中で両手の縄を解いてもらった。牢屋というわけではないけれど、鍵は部屋の外から掛ける仕組みのようで中から扉は開けられないようだ。他にも何かこの部屋にはボクの力を制限するような仕組みもあるかもしれない。

 はあ、とりあえず今日は寝るしかないな。ドラゴンの力で協力してほしいと言っていたけれど、ボクに何ができるというのだろう?

 ……今日は何も考えられないや。……明日考えよう。

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