ドラゴン、空を飛ぶ

 文字の勉強が終わって時間ができたので、次にボクはドラゴンの姿になる練習をしたいと思った。この世界には人間を襲う魔物がいる。今の人間の姿のままでは頼りないけれど、自由にドラゴンの姿になれれば魔物は敵じゃない。

 昼過ぎに、ミネにドラゴンの姿になる練習をしてくると言うとミネは付いてきたいと言った。


「この間のドラゴンのリョウはカッコよかったよ。」

「あの時は夢中で、どうやってドラゴンになったのかわからなかったんだ。」

「ぐわーって感じだったよ。」


 ミネは両手を大きく広げて形を作った。



 ドラゴンになる練習はいつもの野原ですることにした。


「そういえば、魔物って他にどんなのがいるの?」

「グリズリー以外? えーっと……、小さいのもいるし、大きいのは本当に大きいよ。」

「グリズリーはどれくらい?」

「あれも大きかったけど、中くらいかな?」


 あの熊の大きさで中くらいか。しかし、ミネの説明じゃ全然よくわからないな。


「魔物について書いてある本はあるの?」

「……村にならあるかも。」

「今度見せてよ。」

「うん。……今度ね。」


 相変わらずミネはどんどん先に行ってしまうが、ボクもだいぶ山歩きに慣れてきていた。今日はいつもより早く野原まで来ることができた。



 野原にボクらの他に誰もいないのを確認して、よしやるぞ! ボクは服を破かないように裸になって、気合いを入れて叫んでみた!


「おおおお!」


「……全然変わらないよー!」


 もしもドラゴンになった時に近くにいたら危ない可能性もあると思い、ミネには少し離れてもらっていた。


「おおおおおおお!」


「がんばってー!」


 気合いだ! 気合い! ボクは全身に力を入れて、目を瞑り、体から何かが出てくるイメージを作る。


「……。」


「変わらないよー!」


 違うのかな? この間のことを思い出してみる。ボクはどうしてた? 熊に吹っ飛ばされて……怪我が条件? いや、ボクは人間の姿でもそこそこ丈夫で、ちょっとした刃物でも傷をつけられない。前に一度、ミネの料理を手伝おうとして盛大に指を包丁で切りそうになったが、刃こぼれしたのは包丁の方だった。熊の爪が当たってもボクの体は全然怪我をしていなかった。

 それじゃ、気持ちかな。ボクはあの時、熊に対して怒ったんだ。

 怒りの感情……。ありそうだ。


「リョウ……大丈夫?」


 微動だにしなくなったボクにミネが声をかけた。


「もうちょっと待ってて。今、何か掴めそう……。」


 ボクは昔あったムカムカした経験を思い出そうとしていた。……いや、難しいな。

 そもそも怒りって、ボクは、このボクの今の状況にもっと怒ってもいいんじゃない? 急にこんなよくわからない世界に来て、ドラゴンって! しかも、しかも……!


「あー! ムカつく!!」


「あ、なった!」


 目を開けると、ボクは見事にドラゴンになれていた!


「やったねー!」


 離れたところで飛び跳ねて喜んでいるミネが下の方に見える。

 やったぞ! 怒りでドラゴンになる!



 ボクはドラゴンになれたらもうひとつ試したいことがあった。

 それは魔法だ。火の魔法、風の魔法、水の魔法。ドラゴンの姿で使えるだろうか。

 ボクはドラゴンの手で火の魔法陣を描こうとそれを思い浮かべた時、このままでも魔法が使えるという直感があった。


「ミネ、ちょっと危ないからもっと離れていて。」


 ボクはミネが離れたのを確認してから、もう一度頭に火の魔法陣を思い浮かべ、そしてブォオっと息を吐いた。息は炎の息になって赤く燃え上がる。


「すごい。」


 人間の時の魔法の何倍も大きな炎が出せた。


 じゃあ風の魔法は? 今度は風の魔法陣を思い浮かべると、体がフワッと軽くなる感じがあった。背中の羽根を羽ばたかせるとボクの体は空へと浮かび上がったが、バランスを崩して転げそうになった。これはもっと練習が必要かな。

 水の魔法も同様に魔法陣を思い浮かべるだけで使えた。

 あとは人間に戻る方法だけど……、二度経験しているのでこれにはボクは仮説があった。ミネだ。ミネに抱く感情。あんまり認めたくはないが、正確にはミネの身体に対して抱く感情である……。しかし、ドラゴンになるのにも怒りの感情が条件だったのが確信を強めていた。

 ボクは再び目を瞑って、ミネの身体を思い浮かべる。するとボクの体も静かに反応を示すのを感じた。

 目を開けるとボクは人間に戻っていた。やっぱり。


「リョウ、すごかった。」


 ミネがボクのところに駆け寄ってきた。ボクは慌てて服を着た。ミネの身体を想像した罪悪感でミネの目が見れなかった。


「うん。……炎も魔法で出せる。練習すれば空も飛べると思う。」

「本当にあのドラゴンと同じだ。」


 ミネはあの絵本のドラゴンのことを言っているのだと思った。実はボクもそれをイメージして魔法を使っていた。……ミネは絵本のドラゴンに憧れがあるみたいだった。



 それからボクは、自分に降りかかった理不尽への怒りでドラゴンになりミネを思い浮かべ人間に戻ることを繰り返すことで次第に慣れて、ある程度思い通りのタイミングで姿を変われるようになった。

 数週間かけて、風の魔法も羽根と尻尾の使い方でバランスを取り、だいぶ高いところまで長時間を飛べるようになった。


「ミネ。ボクさ、やっとドラゴンになって自由に空を飛べるようになってきたから、よかったら一緒に飛んでみない?」

「空!? 飛んでみたい!」

「よし、そこでちょっとジッとしていて。」


 ボクはドラゴンになってミネを後ろから抱きかかえようとした。

 ボクがドラゴンの指をミネの脇の下を通した時、少しミネの体に触れた。


「ん。」


 ミネが小さく声を出した。

 あ。ボクはとたんにミネを意識してしまって人間の姿に戻ってしまった。その勢いでボクはミネの背中から思い切り抱きつくような形になった。


「ちょっと、リョウ?」


 ボクの両手はミネの体の前面に回っていて、手のひらには柔らかい感触があった。


「ごめん。こんなつもりじゃなかったんだけど……。」

「……わざとじゃないよね?」

「ち、ちがうよ。」

「じゃあいつまで触ってるんですか。」

「ごめん!」


 ボクは慌ててミネから離れた。ボクは裸だしこれじゃ完全に変質者だ。


「もぉ。」


 ミネはそれほど怒らなかったけど、空の旅は持ち越しになった。

 ボクはミネの体を意識するかぎりドラゴンの姿を維持できない……。心でどう思っていてもドラゴンの体が反応すれば、だ。



 ……そうやって、ボクとミネが会ってから数ヶ月が経って季節は夏が終わろうとしていた。

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