ボクは村に入れてもらえない

「これが火の魔法陣だよ。」


 ミネはいつも料理をする時に使っている棒のような道具をボクに見せてくれた。これで火をつけているらしい。棒には丸や三角を組み合わせた簡単な模様が刻まれていた。


「魔法ってこと?」


 ボクは熊と戦った時にミネが炎を使えと言ったことを思い出して、ミネに質問をしていた。そうしたらミネはこの道具の魔法陣を見せてくれたのだった。


「うん。ドラゴンなら火を出せるって思って。」

「いや、出せなかったけど。」


 そんな咄嗟の思いつきの話だったのか。

 見せてもらった魔法陣はとても簡単な形だったので、ボクはそれを真似て地面に魔法陣を描いてみた。すると、ボワッと一瞬火が上がって消えた。


「ほら、やっぱりリョウは魔法が使えるんだよ。」


 ミネも隣に同じように魔法陣を描いてみたが何も起こらなかった。


「私には魔法の力がないから何も起こらない。」


 ボクはミネが当たり前のようにそれらの道具を使っていたので疑問に思わなかったのだけど、実はこの世界では魔法は世の中に溢れていて、魔法が使えない人間でもその恩恵を受けられるように道具に魔法を込めるのだそうだ。


「こっちの釜戸には風の魔法陣。こっちの洗い場には水の魔法陣。」

「そういう仕組みだったんだ。」

「込められた魔法が減ってきたら修理するか買い換えるの。修理は自分も魔法が使えないといけないから出来る人はあんまりいない。」


 ボクは、風の魔法陣と水の魔法陣も試しに描いてみた。風の魔法陣の上では小さなつむじ風が起こり、水の魔法陣の上では水が少し湧き出てきた。


「こんな便利なものがあったとは。」

「すごいね。そんなリョウみたいに簡単に魔法使える人いないよ。」

「今度、修理しないといけない道具があったら修理してみたい。」


 これってもしかして、ようやくボクもこの世界で役に立てる可能性があるんじゃない? 元の世界に帰る方法もわからず、ずっとこのままミネに養われる生活になるのかと思ってた。


「ところで、明日の朝早くに村に行ってくるよ。あの野原に魔物が出たことを報告してくる。」

「それならボクも一緒に行くよ。」

「え?」

「また魔物が出たら危ないよ。ミネを一人で行かせるのは心配だよ。」

「でも、村の方に行く道なら大丈夫だよ。」

「村は遠いんでしょ?」

「……うーん。」


 ミネは少し考えてから言った。


「リョウが一緒にいてくれれば心強いけど、でも村のみんなはきっとドラゴンのリョウのことをよく知らないから、村の中には入らないで外で待っていてほしいんだけどそれでもいい?」


 ボクは野原で遠くからこちらを見ている村人たちを思い出した。


「そうか、それはしょうがないか。」



 次の日、ボクらは軽く朝食を食べてから村に向けて出発した。

 村が見下ろせる丘まで歩いてそこからミネを一人で村に入っていくのを見送った。

 ミネの村は山の間にあって、畑や田んぼの間には家が建っていて、おおよそ想像してたような田舎の村という感じだった。村の奥の方には教会のような大きな建物があった。


「あの建物だけ違和感があるような……。」


 江戸時代の農村の風景に、急に西洋な建物が建っているような違和感が。……まあ、ここは異世界なんだからそんなことを気にしても意味ないか。

 ミネがなかなか帰ってこないので暇を持てあましていたところ、村の方からダイチがこちらに歩いてくるのが見えた。


「おーい、リョウじゃないか! さっきミネに聞いたよ。魔物グリズリーを退治してくれたんだって?」

「ああ、まあ。」

「さすがドラゴンだなー。」


 ダイチはボクの横に立つと、ボクの体を下から上まで観察するように見た。


「ところで……、リョウはもうミネと、その……、やったのか?」

「やったって?」

「いや、なんていうか、正式な夫婦としてさ……。」

「な!」


 いきなりそんなプライベートな質問をされると思わなかった。やるってそういうこと!?


「や、やってないよ! ボクらはまだ会って数日だし、まずはお友達からってミネも言ってたし!」


 ボクはこんな会話は初めてだったので顔が赤くなった。声も裏返った。返し方はこんなのでよかっただろうか。


「友達からか。まあミネらしいか。」


 ダイチがホッとした顔をしたように見えた。

 んー? ダイチはもしかしてミネのことが好きなのかなと思った。


「じゃあさ、リョウは自由にドラゴンになれるのか?」


 別の話題に変わって、ボクもホッとする。


「いや、まだどうやったらドラゴンになったり人間になったりするのかはわからないんだ。あの時の感覚を思い出せればまたなれるかもしれないけど。」

「まあ、そんなに焦ることないさ。」

「魔物ってよく出るの?」

「いや、魔物には縄張りがあるから、この辺はもともと他の魔物はたまにしか現れない。」


 ダイチはボクの顔を見て何か言いかけたが言わなかった。


「リョウ! 終わったよー!」


 声の方を見ると、ミネが村の入り口に立ってこっちに手を振っていた。

 ミネの足元には大きな荷物がいくつかあった。


「ベイとパナンとお肉と野菜をたくさんもらったからリョウ持って。」

「うん。」

「二人で何の話してたの?」

「な、何のって! 男の話だよな、リョウ!」

「え!? いや、まあ、そんなとこかな!?」

「ふーん?」


 ボクはリュックを背負って大きな袋を両手に抱えてミネと一緒に帰路についた。

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