リベンジマッチ!

 蟹江はドイツチャンピオンに一戦も取られず勝利すると、対戦相手と称え合いの握手を交わした後、すぐに観客席正面の大型モニタを正面に見下す事の出来る二階通路の手すり際に移動した。

 モニタ内では長卓の真ん中の仕切りを挟んで対座する、小牧とアブラヒムの余念ない姿があった。


 対戦経過は三種目終了し、2対1でアブラヒムが先行している。

 四戦目はアブラヒムが、Numbersを選択。

 両者のマッチングが完了すると、記憶前のカウントダウンが秒数を減らしていく。

 両者の記憶する様子が、客観的にモニタの画面で現れた。

 小牧は八桁で一プレイス、アブラヒムは六桁で一プレイスの戦法で、滞りなく数列を見送っている。

 最初の数秒は両者に大差はなく見えたが、アブラヒムはギアを段階的にシフトアップしていくように、徐々に数字を見送るスピードを上げていった。

 挙句に小牧が六十桁を過ぎた時には、アブラヒムは最後の六桁を見送り、記憶を終わる。


 22秒18。


『MEMORY・GAME』史上、Numbersの最速記録に二秒と迫る好タイムだ。

 アブラヒムの記録を見て、蟹江は諦めの思いが湧いてきた。

 いくら小牧が天才とはいえ、世界ランク四位に太刀打ちできるとは思えない。せめて一勝したことだけでも褒められるべき功績だ。

 小牧が記憶を終えて回答までのカウントダウンに入った頃、蟹江はモニタから目を外して、観客席に小牧の両親を探した。

 後列の隅から順々に前へ蟹江の探す目が進んでいき、ついに両親の姿を見つける。

 小牧の両親はモニタから最前列の席に隣り合って座っている。

 仕方ないか、と蟹江は自分に言い聞かせるように呟くと、二階通路の手すり際から離れて通路にある階段に向った。

 階段を降りてモニタの反対側の出入口から観客席へ足を踏み入れようとした。


 その時、観客席が歓声でどよめく。

 歓声につられるように、蟹江はモニタへ目を上げる。

 息を呑み、踏み入れようとしていた足が止まった。

 モニタはNumbersの回答画面で、今丁度両者の回答時間が終わったところだった。

 アブラヒムが卓に肘を載せて頭を抱えている。

 対戦スコアを見てみると、2対2で並んでいる。

 小牧は勝ったのだ。 

 予想外の結果に強い衝撃を覚えたまま、蟹江はモニタに映っている両者の回答画面を見比べる。

 アブラヒムは80桁の内、76桁までは再現していたが、最後の4桁でストーリーの組み方を間違えたのか、順序が入れ替わってしまっている。

 対する小牧はタイムこそアブラヒムより10秒ほど遅かったが、1桁のミスもなく、完全再現に成功している。

 ルール上タイムよりも回答率が優先されるので、結果小牧の勝利となった。

 蟹江は自嘲の笑みで口元を歪める。

 ごめんな小牧、と声にはせず胸の中で謝った。

 師匠である自分が誰よりも弟子の勝利を信じるべきであるはずなのに、それを俺は負けると思って、斟酌も何もあったもんじゃない勝手な行動に出ようとしていた。


 モニタの画面が切り換わる。

 最後に残った種目、Cardsのマッチング準備に入った。

 アブラヒムはすでに先程の敗戦から気を持ち直した様子で、卓上で肘をつき手指を組んで目を閉じ集中力を高めている。

 小牧の方も顔面を包むようにして両の掌で覆っている。

 カウントダウンが残り三秒になって、両者は手をマウスに触れた。

 カウントダウンの数字が消え、アブラヒムは三枚、小牧は四枚のトランプが画面に大きく現れる。



 小牧の視界に襞のように重ねられた四枚のトランプが出現する。

 だがすぐにトランプはトランプとして視認できなくなり、用意したルートでトランプから生み出されたイメージの数々がストーリーを構築されていく。

 ルートの一カ所目はドア。♡9→♢K→♡10→♢7、『白桃』から『竹』が生えて『鳩』が飛んでくると、口から『棚』を落としていった。

 ルートの二カ所目は洋服ダンスの上。♡4→♡5→♧3→♤10、『橋』の上に『羽衣』が落ちてきて、中を開くと『クミちゃん』が顔を出して『ストロー』を咥えていた。

 ルートの三カ所目は窓。♡6→♡8→♡3→♧K、『ハムスター』が地面の『葉っぱ』を歯で『挟み』『茎』を折った。

十二枚を過ぎて、小牧の脳内にある自分の部屋への意識の没入度は深くなる。


♧9→♤J→♡A→♡K

♧8→♧4→♢Q→♤3

♢J♧6→♤K→♤7

♢2→♡7→♤4→♤Q

♢5→♢4→♢8→♡Q

♤5→♧Q→♤9→♤8

♤6→♢10→♧10→♢3

♧7→♡J→♤2→♤A

♧J→♧2→♧A→♡2

♢9→♧5→♢A→♢6


 目まぐるしくトランプが流れ過ぎていき、部屋中が十三個の現実では起こり得ないストーリーで埋っていく。

 最後の一枚を変換し終わると、記憶を終了させた。

 目を瞑ると部屋中のストーリーたちが、より鮮明さを増して順番に動き出す。

 大丈夫、という確信のもと、回答に入った。

 僅かな迷いも窺わせない手つきで、一枚目から順に一致するトランプを当てはめていく。

 五十二枚目をクリックして、小牧は大仕事を終えたように太い息を吐き、マウスから手を離した。

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