③ 足手まとい
***
「うわわわわわわわわわわあ!」
恭介の体が凄まじい速度で上昇していく。
アネモイ2のエアロキネシスがジェット気流の如き風の砲弾で恭介、ホムラ、ココミを上空へと押し上げているのだ。
恭介達の視線の先ではアネモイとセリアが飛んでいる。彼女達は逃げようとしているのだ。
本来ならばここでホムラかココミに何かしらの指示を出し、セリア達へ攻撃を仕掛けるべきである。
だが、恭介の頭は半分パニックだった。分かっていたとはいえ、生身で安全バーも無しに戦闘機並みの速度で飛ぶなど狂気の沙汰だ。
アネモイ2が恭介達の体を包む様に風の膜を張っているから風圧を感じずに済んでいるが、慣性は消し去れない。
「しっかりしなさいよ」
ガッ! その時、苛立ちを露わにしたホムラが恭介の肩を殴った、脱臼一歩手前の衝撃で恭介は正気を戻す。
「ホムラ、PSI発動を許可する!」
「燃えろ!」
ホムラの蘇生符が赤く輝き、瞬間、強烈な火柱にアネモイとセリアの体は包まれた。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
しかし、その炎の塊から一瞬にしてアネモイ達は離脱する。その体には些かの焦げ目も無い。
炎が彼女達の肉や衣服を焼く前にその場から動いてしまったのだ。
「ちっ!」
耳元で鳴るホムラの舌打ちを聞きながら恭介は舌を軽く噛んだ。
――設置型のパイロキネシスじゃ捉えられないか!
ホムラのパイロキネシスは設置型。相対位置が変わらない相手ならば、普通彼女の炎を躱す術は無い。だが、ホムラの炎は設置から発動までに凡そコンマ五秒の時間が掛かる。アネモイ並みに高速で動く対象相手では炎が燃え移らないのだ。
ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー!
ビュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!
加えて、この雨風である。ホムラのPSIを発動するのには最悪のコンディションと言えた。
「ココミ、テレパシーで狙えるか!?」
「ココミを戦わせる気!?」
「黙ってろ!」
ホムラが喚き散らす前に恭介は命令し、ココミの返答を待った。
(無理。テレパシーの糸は後一本しか出せない。この距離じゃ捕まえられない)
ココミのテレパシーもエレクトロキネシスの一種だ。雨の中では拡散してしまう。
「近ければ捕まえられるか!?」
(零距離なら)
「却下! 近づく間に死ぬ!」
当てれば必殺のテレパシー。既に最終インストール作業でココミは疲弊している。今はアネモイ2をサポートするので精一杯だった。
アネモイ2がニコニコと笑いながら恭介へと言った。
『アハ、キョースケ、どうやら、ぼくの風で捕まえるしかない様だね』
『ココミをサポートに回す。捕まえて』
『はいはい』
アネモイ2の蘇生符が黄緑色に輝いた。
それは上方のアネモイとセリアも気付いたのだろう。
『アネモイ! 防いで!』
『rうkai』
風の卵の中でアネモイとセリアは体勢を変え、その蘇生符が黄緑色に輝く。
『アハハ!』
アネモイ2が左腕を振った。
瞬間、直径十メートルはあろうかという風の刃が恭介達の周りに十数生まれ、それら全てが音速の一歩手前のスピードで上方のアネモイ達へ放たれた。
対して、アネモイは右腕を振った。
刹那、アネモイの周りに風の槍が生まれた。数もサイズもアネモイ2が生んだ風の刃とほぼ同等。風の槍は真っ直ぐに風の刃へと放たれる。
刃と槍。二種の風が十数の交差を見せる。
圧縮された空気の激突は、そのまま空気の開放を意味し、恭介達の上方で激烈な爆発が生まれた。
バアアアアアアアアアアァァアアアアアアアアアアァァァァァァァアアアアアアァァアアアアアアアアアアァァァァァァァアアアアアアァァアアアアアアアアアアァァァァァァァァン!
超強大な風船を爆発させた様な音が一帯に響いた。聴覚が一瞬消失し、三半規管が踊り狂う。
『――!』
アネモイ2が笑っていた。ニコニコと。まるで自分の全力をぶつけられるのが楽しくてしょうがないと言った風に。
『――ネモイ! 逃げて!』
回復した恭介の聴力がセリアの命令を聞き取った。
――ここで逃亡命令!?
気持ちは分かる。恭介だってこの嵐の中からさっさと逃げ出したい。
だが、アネモイとアネモイ2のスペックはほぼ同等だ。逃げ切れるはずが無い。
セリアの命令に従ってアネモイが更に上空へ飛んだ。
『アハハ! 鬼ごっこかな!』
アネモイ2が追走する。スペックも同等で、遮蔽物の無い空中では追う物の方が有利だ。
ヒュン! ヒュンヒュン!
時折、アネモイ2が直線以外の方向転換をする。アネモイが空気の壁を作り出し、アネモイ2の追撃を阻もうとしているのだ。
しかし、アネモイ2は無から生まれる空気の壁があらかじめ何処に現れるのか分かっている様だ。
モルグ島上空の全ての気体分子はアネモイとアネモイ2の支配下にある。一方が操る全ての気体分子がもう一方の操作対象である。
今、二体の風の神がしていることは只の逃走劇ではない。PSI力場による制空権の奪い合いだ。
――どうする? 指示を出すか? 有効射程も有効出力もほぼ同等。なら、連れている
恭介は清金の様な戦闘のプロではない。ヤマダの様な特殊技能がある訳ではない。そもそもとして、第六課に配属されるべき人間では無いと自負している。
下手な指示はするだけ邪魔であるかもしれなかった。
「ホムラ! 炎を出し続けろ! 出力は要らない! 狙いはセリア・マリエーヌだ!」
「!」
だが、恭介は指示を出した。行動をせずに失敗するより、行動しての失敗を選ぶのが好みだったのだ。
再びホムラの蘇生符が輝き、アネモイとセリアの体から炎が上がる。
アネモイによる高速移動と雨風で炎は決定打には成らない。
だが、ホムラが発動し続ける炎は断続的にアネモイとセリアの体を包み続ける。
移動すれば炎の影響を受けない。だが、移動し続けなければ燃やされる。
行動の強要。それは間違いなくアネモイの選択肢を阻害する。
『良いね、キョースケ! 軌道が読み易くなったよ!』
ニコニコ。アネモイ2が笑いながら両手を打った。
パン、パンパンパンパン!
拍手と共にアネモイ2の周囲へ風の刃と槍が無数にでき、即座に射出された。
刃と槍は空気の壁を切り裂き、アネモイの進行予測地点に回り込む。
『防いで!』
セリアは場当たり的な命令をする。
アネモイが作り出したのは十数の風の球だった。
高速で回転する風の球は刃と槍を受け流し、アネモイとセリアに当たらない。
ホムラの炎とアネモイ2の風。二つのPSI相手にアネモイはさばいているが、徐々に辛くなっている。
セリアが居なければ、アネモイは完璧に対応していただろう。
まともな指示をセリアは出せていない。
今セリアが出すべき指示は逃亡でも防衛でもない。
逃げ切れないのなら相手を倒すしかない。セリアは攻撃と殲滅によって恭介達を打破するしかないのだ。
――このチャンスを逃すわけにはいかない!
恭介は考える。プランB。この作戦においてアネモイを倒す攻撃は恭介達の役目ではない。だが、ここで倒せるのなら倒してしまいたい。
このままの状況を続ければ、アネモイを地に落とせるのではないか? と恭介は予想した。
しかし、状況は変わる。悪化の方向に。
(おねえちゃんのPSIを止めて)
恭介の頭にココミの声が届いた。
(クールダウンが必要)
どういう事か恭介が何か返事を出す前に、その口が勝手に動いた。
「ホムラ、PSI発動を止めろ。発言を許可する」
――!? 操られた!?
今、恭介はココミのテレパシーで口を勝手に動かされた。
アネモイ達を燃やしていたパイロキネシスは即座に消失し、ホムラが声を出した。
「ココミに力を使わせたら許さないわよ。こんな雨風の中、わたしの炎を使わせるなんて馬鹿じゃないの?」
ホムラの不満は烈火の如くだ。
「後どれくらい休んだらPSI使えるか教えて」
「……五分」
「了解」
舌打ちを恭介は我慢した。
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