② シカバネ島の研究所







 午前十一時。朝食を終えて一休みした恭介はホムラとココミを連れて、気象塔から徒歩二分の場所にある研究所に来ていた。


 本日の午後からアネモイへのPSIインストールを開始する予定であり、ここでその最終打ち合わせを行う予定である。


 研究所には既にマイケルが居た。彼はその大きな狸腹をボヨンと揺らしてその場に居たモルグ島の研究員達と話している。


 言語はフランス語で、とても早い。恭介は聞き取るので精一杯だ。


『昨日、お前達から貰った資料は見たぜ。なるほど。ココミのPSIを使えば、新しいアネモイに今のアネモイのエアロキネシスをコピーできるだろう。だけどな、ココミのPSIは長い時間使えないぜ』


 仕様書らしき物を捲りながらマイケルが顎ヒゲを携えた研究所の主任へ意見を言っている。


『できれば一括で一気にインストールしたい。そこのキョンシーはテレパシー――』


『おっと、主任。テレパシーなんて馬鹿げたPSIを俺達が持ってるはずないだろ? うちのココミのPSIはエレクトロキネシスさ』


『すまない、勘違いしていた。では、改めて聞き直そう。そこのキョンシーのPSIの最大持続時間はどれくらいだ?』


 マイケルの訂正は早かった。ココミのPSIは確かにテレパシーだが、無用な争いを避ける為に対外的にはエレクトロキネシスとして通している。


『俺の一存じゃ決められねえな。俺はキョンシー技師であってココミの所有者じゃない。そこに居る持ち主に聞いてくれ』


 恭介をマイケルは指し、主任を含めた研究員達が一斉に恭介を見た。


『答えたまえ。君のキョンシーはどの程度連続してPSIを使える?』


『……そう、ですね』


 つっかえながらのフランス語で間を持たせながら恭介は考える。


 これは交渉だ。今、何と答えるかで第六課の滞在時間とアネモイへのPSIインストールの予定が決まる。


 恭介は背後のホムラに抱き着かれているココミを見た。無感動な瞳からは何の感情も伺うことはできない。


『許可を出せるのは、連続して、五分まで。一度、使ったら、三時間は、休息が必要です。それに、一日、最低でも、連続して七時間の睡眠が、必要です』


 安全策を恭介は提示する。本当はもう少しなら長い時間稼働しても問題は無い。けれど、カタログスペックを信用してはいけない。キョンシーは生ものの道具だ。


 主任達は見るからに眉を潜めた。


『という事は、一日合計して三十分程度か。短いな。もっと長くはできないのかね?』


『いいえ、これが、最大の、譲歩です。万が一でも、ココミを壊すわけには、いきません』


――怖え。


 主任の眼は鋭く、携えた顎ヒゲは妖怪の様だ。


 数秒ほど恭介と主任の眼は合い、折れたのは主任の方だった。


『良かろう。確かにそこのキョンシーを失うのは世界的な損失だ。代わりに少々君達の滞在時間が長くなるが、我慢してくれ』


『分かりました。何日、程度に、成りますか?』


『今日、どの程度インストールが完了するかで決まる。そこのソファに座って待っていてくれたまえ。一時間後、早速始めよう』


 主任達が指さしたソファは見て分かる様にかなりの高級品で、近くの机にはクッキーやクラッカー、論文らしき物、そしてコミックスが置いてあった。




 一時間後。恭介達は研究所の奥に足を踏み入れた。


 そこは薄黄緑色を基調とした広い部屋で、中央にベッドが二つ置かれている。


 ベッドには拘束具が取り付けられており、多数の計測装置とコードで繋がれていた。


『ヒュー! 良い部屋じゃねえか! 電子線の脳波観測機までありやがる! 俺のラボにも欲しいぜ!』


 恭介には訳の分からないガジェットをマイケルが何やらテンションを上げて触り始めた。


『マイケルさん、その装置って、値段は、どのくらいなんですか?』


『ん? まあ、サラリーマンの生涯年収を十回くらい繰り返せば買えるくらいだな。恭介! お前もこっち来て触ってみろよ! こんな機会滅多に無いぜ!』


『いいえ、触りません。ここで、立ってます』


 恭介は確固たる意志で足に力を込めた。


「嫌ね嫌ね嫌ね。この部屋は。わたし達をココミを傷つけたあの部屋にそっくりじゃない。ねえ、ココミここから逃げましょう? さっさと逃げて二人で海にでも行きましょうよ」


「……」


「あら、駄目なの? あなたはここに居るって? しかもあなたがPSIを使うって? まあ! 何て健気なの!? ああ、ああ、ああ! 愛しているわココミ! あなたを愛しているわー!」


「ホムラ、うるさい。マジでうるさい。少し静かにしてて」


 室内だというのに遠慮なく妹への愛を叫び始めたホムラへ、恭介は慌てて命令した。


「うるさいのはあなたよ。何の了見があってわたしの愛を止めるというの? おかしいおかしいおかしいわ。こんなの間違っているわ。本当ならわたしとココミはこんな消毒液と血反吐の匂いがする場所に居るはずがないのに。燃やしてやらないだけ感謝しなさい」


 ホムラの額の蘇生符は微かに発光していた。周囲の研究員達がざわつく。見知らぬキョンシーが突然PSIを発動しようとしているのだ。当たり前の反応である。


『このキョンシーは狂犬らしい。自律意思を消す措置はしないのかね?』


 日本語で、おそらく彼にとっては未知の言語で叫ぶホムラの姿に、主任が苦言を呈す。


『HAHAHA! そんなことしたら勿体ないだろ! 自律型のキョンシーから意思を奪って何に成るんだ! それでもしもPSIが弱まったらそれこそ笑い種だ!』


『どうやら見解の相違がある様だ。アネモイやそこのココミと言った貴重なPSIを持っているならいざ知らず、そこのキョンシーのPSIはパイロキネシスだろう? 性能はかなり高いらしいが、代替が効く。希少なキョンシーではない。ならば使い易く意思を希薄化するべきだ』


 確かに、狂犬の牙は折るべきである。


 だが、それを決める権限は恭介にある。


『すいません。僕達の方針では、自律型の意思を、そのままにすることに、しています。我々の方針に、口を出さないで、いただきたい』


『……ふむ。まあ、そこの狂犬がインストール作業の邪魔をしないならここに居る事を許可してやろう。できないならこの部屋から出て行ってもらう』


 ふん、と主任は鼻で息を吐き、部下の研究員に何か早口で指示を出した。


『今からアネモイ現行機と次世代機を連れて来る。準備しておけ』

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