撲滅の休息(映画編)




***




 その日、霊幻の体は一ヶ月に一度のメンテナンスの日だった。


 全身が機械化された霊幻ならば、三日に一度数時間程度の休息で充分だ。だが、それは連続稼動に問題が無いと言うだけである。長期運用を望む為には一ヶ月に一度の大掛かりなメンテナンスが必要だった。


 霊幻は本日の午後一時半頃に霊幻はマイケルの研究室を訪れ、そのままメンテナンスをする予定になっている。


 日の出頃まで霊幻はシカバネ町内のパトロールを続けていたが、メンテナンス前八時間はPSIを使わないようようマイケルに言われていた。


 そのため、本日の午前中はまともなパトロールが出来ない。


 故に、霊幻はユウパンマンの映画を見に来ていた。朝一に行われる応援上映でペンライトも持参している。


 霊幻にとってユウパンマンとは理想のヒーロー像の一つだ。愛と勇気だけを仲間とし、皆を笑顔に変えていく。素晴らしい。あの様なヒーローに成れたなら、この世は祈りで満ちるだろう。


「ハッハッハ~」


 小さく笑い声を立てながら、霊幻はペンライトを両手にシアターの最後列に座った。


 部屋は薄暗く、朝一と言う事もあって人数もまばらだ。最後列の霊幻。中央に座る数組の親子。そして、最前列に座る男と二体のキョンシー。


――おお、恭介達ではないか。


 そこに居たのは一ヶ月前から第六課で働いている恭介とホムラとココミだった。


 どうやら、彼らもユウパンマンが好きらしい。


『それじゃあ、みんな! まわりのお友達と仲良く応援してね!』


 ユウパンマンが霊幻達を見る。


「「「「「はーい!」」」」」







 映画は素晴らしかった。何処までも希望と祈りに満ち溢れた物語で、ユウパンマンの愛と勇気が世界に笑顔を生んだ垂涎のストーリーだった。


――良い物を見た。


 ジーンと霊幻は感動する。コレだからユウパンマンの姿を目指して止まないのだ。


 涙を流す機能が霊幻には無い。だが、もしもあったのなら、きっと霊幻は号泣していただろう。


 そう、シアターの最前列に座る恭介の様に。


 ホムラが「あー、楽しかったわねココミ!」と抱きつきながら立ち上がっている横で恭介は目元から滂沱の涙を流していた。


 ハハハハハハハハハ。


「恭介! 素晴らしい映画だったな!」


「はい! 感動しました! ユウパンマンの勇気やばいですね!」


 ガシィ! 霊幻は恭介と硬い握手を交わした。ユウパンマンに心が震える者は即ち同志である。


「さあ、語り明かそうではないか!」


「はい!」


 そのまま霊幻は恭介と肩を組み、シアターから出て行こうとする。


 そんな霊幻と恭介の頭をホムラがポカッポカッと叩いた。


「むっ。何をするのだ、ホムラ? ああ、お前も吾輩達とユウパンマンを語り合いたいのか? 良かろう! さ、喫茶店に行こうではないか!」


「うるっさいわね。わたし達はこれからスイシャンに行くの。あなたは邪魔者だからさっさとそいつを放しなさい」


 スイシャン。スイーツシャングリラ。パスタやピザやスイーツの食べ放題を専門とする若い女性に人気の店だ。


「ほう! それは良いことだ! 吾輩も一緒に行って良いかね?」


 直後、ホムラの蘇生符が淡く赤く発光した。


「ホムラ! 止めろ!」


 恭介がすぐさま叫んだ。


 主の許可なくホムラとココミはPSIを使えない。首輪がホムラの脳波を乱し、ホムラのPSI、パイロキネシス発動を阻害する。


 炎は生まれなかったが、蘇生符の奥の隻眼は「知ったことか」と霊幻を睨んでいた。


 蘇生符の赤い輝きは消えることなくまたたき続ける。


「ふむ、やる気か?」


 バチバチバチバチ! 霊幻の蘇生符が紫に輝き、仄かに体が帯電する。マイケルからの言い付けはもうその頭には無かった。


 その時、ジリッとココミが一歩踏み出し、霊幻へとそのホウッと眼を向けた。


 ココミの蘇生符も淡く白く輝いている。


――勝率は九十八%。


 既にホムラとココミは霊幻の間合いの中に居る。PSI阻害用首輪を付けていないとしても、霊幻相手に勝ち目は無い。


 三体のキョンシーの間で緊張が走る。どれ一体として矛を収めるという殊勝な思考はしておらず、戦闘は必至だった。


――さて、るか。


 霊幻が前方の二体を撲滅しようとした正にその時、


 パン! 恭介が強く手を叩いた音がシアター内に鳴り響いた。


「霊幻、悪いけど、お前とは一緒にスイシャンに行けない。先に約束したのはホムラとココミなんだ。また、次の機会に頼むよ」


「ほう、そうか。ならば、残念だが仕方無い。ユウパンマンを語らうのは次の機会としよう」


「うん、それでよろしく」


 霊幻は体にエレクトロキネシスの発動を止め、蘇生符の輝きが消えた。


 同志達と語らえないのは残念だが、人間の恭介が言うのであれば霊幻に反抗する気は無い。所詮、自分は死者であり、生者のための存在なのだ。


 恭介がホムラとココミへ振り返り、頭を下げた。


「ごめん、約束忘れてた。スイシャンには僕達だけで行こう」


 律儀な男。霊幻が恭介を評した言葉がコレだった。与えられた仕事や一度した約束や義理を彼は自身の優先順位の上位に置いている。


 恭介のこの様な在り方は第六課に今まで無かった物だ。今まで第六課に居た生者達は、それぞれが持つ執着があまりに強く、他者との関わりを自身の在り方の上位に置いていなかった。


 下げられた恭介の頭をホムラとココミはジッと見つめ、二体の蘇生符の輝きがスーッと消えていく。


「ほら、さっさと行くわよ」


「……」


 スタスタスタ。スタスタ、スタ。ホムラとココミは恭介に眼も向けず、シアターから出て行った。


 恭介は苦笑混じりに頭を上げて、彼のキョンシー達を追いかける。


「それじゃあ霊幻、また明日」


「うむ、また明日会おう!」


 恭介の背を見送った後、霊幻も続いてシアターを出て行き、そのまま映画館を出た。


 時刻は午前九時半。マイケルとの約束までまだまだ時間がある。

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