⑤ 明転、融合、直列化







 火傷の様なジリジリヒリヒリした痛みに包まれてホムラは眼を醒ました。


 視界が紫色にゆらゆら揺れていて、ホムラは自分が紫色の液体に浸かっていることを知った。


――ここは? ココミは何処? 何処に居るの?


 上半身を起こし、ヘルメットの様な物を被っていたホムラの頭がゴツンと透明なガラス製のカプセルにぶつかる。


「邪魔」


 ガツン! バリン! ホムラは右手で上面を殴り付け、衝撃で強化ガラスへ罅が蜘蛛の巣状に割れた。壊れていた筈の体が直っていた。


「おいおいおいおい! お前何やってんの!? すげえ! 起き上がれる筈無いのによ!」


 傍から耳障りな男の声が聞こえる。狸を思わせる太い腹を揺らした髪の毛一つ無い坊主頭の男だ。その男は興奮した顔で自分を見ている。何度もパソコン上の何かパラメータを意味するグラフや数字とカプセルから出ようとするホムラの姿へ視線を行き来させていた。


「え? 何で起きれんの!? どういうことだ? まったく分からねえ! 滾る!」


 スキンヘッドの男は腹をタプタプ揺らしてホムラへと近付こうと立ち上がる。


 ボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 瞬間、ホムラはスキンヘッドの目の前に軽い炎柱を生んだ。


「おっと」


 男は巨体に似合わず、妙に軽やかな動きで立ち止まる。


「近寄らないで」


 カプセルから降りて、バシャバシャとホムラの身体に付いていた紫色の液体が床に落ちる。


 チラッとホムラは左右に眼を向けて壁に掛かっていた白衣を羽織った。


 クラッ! ジリジリ! 眩暈と脳が焼ける様な痛みがホムラの身体中を走る。


――ココミは? ココミは何処に居るの?


 何処にもココミは居なかった。


 炎の柱を消して、ホムラは狸腹の男を見る。


「ココミは何処? わたしの愛しい妹は何処に居るの?」


「ココミ? お前がそっくりのキョンシーのことか?」


「そうよ。世界で一番美しくて可愛いあの子よ。何処?」


「おいおい、お前他のキョンシー気にしてる場合か? すぐにカプセルに戻ってエリクサーに浸かれ。何で立っているのか全く分からねえが、俺はお前を直すようお前の妹から言われている。今のお前に意識が戻る筈無いんだ」


 ボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 炎を男の周りに生む。男の肌を焼かないギリギリの距離で。


「わたしのことはどうでも良いの。教えて、わたしの妹は何処で何をしているの?」


「……舐めるなよ、キョンシー。俺はキョンシー技師だ。無茶な願いをほざくキョンシーのPSIを恐れると思うのか? カプセルに戻れ。俺にお前を直させろ」


 ボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 ホムラは更に男に近づけて炎を生やす。 だが、男の顔はピクリともしなかった。


「ちっ」


 ホムラが舌打ちをした直後だ。


 ゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 とんでも無い轟音が階下から鳴り響き、ホムラ達の足元が揺れた!


 その轟音がホムラにはとても不吉な物に思えた。


「ココミ!」


 ホムラは男から視線を外し、部屋の外に続くドアへと走り出した。




***




 ズガアアアアアアアアアアン! 霊幻の体は向かいの南側の壁に落雷した。


 撲滅対象であるパイロキネシストとテレキネシストが有効射程範囲に入る。


 バチバチバチバチバチバチバチバチ! 霊幻の体が紫電に輝く。充電は既に終了していた。


「撲滅だぁ!」


 バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ!


 霊幻の右手から放たれた紫電はパイロキネシスト二体とテレキネシスト一体を広範囲に渡って包み込み、三体のキョンシーの蘇生符を瞬時にショートさせた!


 プスプスと煙を上げて三体のキョンシーは倒れ伏す。


――残り五十秒!


 廊下のテレパシストを撲滅するのに充分な時間が残っていた。


 ブチィ! 無理な動きをした代償で、霊幻の右ふくらはぎのワイヤー筋繊維が半分千切れた。


 だが、問題ない。多少運動能力が落ちるだけだ。


 霊幻は両足に力を込めて廊下へ飛び出そうとする。


 しかし、霊幻は即座に足を止めた。


 廊下へと続く焼け焦げ落ちた扉の向こう、そこに一体のキョンシーが立っていた。テレパシストの後ろに控えていたエレクトロキネシストの内の一体だ。


「ハハハハハハハハハハハハ! 苦し紛れか!?」


 撲滅対象から来てくれたのならば話が早い。どちらにせよアレも撲滅する相手だ。


 ハハハハハハハハハハハハ! ハハハハハハハハハハハハ! ハハハハハハハハハハハハ!


 笑いながらも霊幻は突撃を再開する。あれは第五課のエレクトロキネシストだ。出力、操作性共に平凡。霊幻が負ける可能性は限り無く低い。


 紫電は激しさを増し、霊幻と敵のエレクトロキネシストとの距離が急激に縮まっていく。


 廊下のキョンシーも全身を白く帯電させているが、その出力は弱い。霊幻の紫電ならば簡単に撃ち抜ける。


「撲滅撲滅撲滅だぁ!」


 ハハハハハハハハハハハハ! ハハハハハハハハハハハハ! ハハハハハハハハハハハハ!


 笑い声が響く。霊幻とキョンシーの距離がまた必殺の四メートルに近付いた。


 二体のキョンシーの蘇生符が強く発光する。


 二体のPSIが交差する!


 片方からは紫色のエレクトロキネシスが


 もう片方からは空間を捻じ曲げるの塊が、


 それぞれの敵に向かって放たれた!


「何だは!?」


 霊幻は笑いながら眼を見開いた。


 キイイイイイイイいいイイイイイイいいイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!


 僅か四メートル先から霊幻へ高速で力球が放たれる。


 霊幻の紫電は力球に掻き消され、撲滅対象には届かない。


 完全な回避は無理だと即座に判断する。右腕を左前方へ向け、両足の紫電の出力を有らん限り上げて霊幻は右後方へと無理矢理飛んだ。


 ブチィィィィ! 右ふくらはぎのワイヤー筋繊維が完全に断裂し、力球に掠りパーツを半分ほど持っていかれる。


 ボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 しかし、霊幻を逃すまいと廊下のキョンシーの手の平から炎が噴出された。


「何だソレは何だソレは何だソレは!?」


 ハハハハハハハハハハハハ! ハハハハハハハハハハハハ! ハハハハハハハハハハハハ!


 霊幻は笑いが止まらなかった。


 今、ありえない物を霊幻は見ていた。エレクトロキネシストであった筈の一体のキョンシーが電流を纏い、力球を放ち、炎を噴出しているのだ。


 霊幻の右眼のディテクターも複数種類のPSI力場を感知している。このキョンシーが複数のPSIを同時に操っている事実を意味していた。


 PSIは一体のキョンシーに一つだけ。性質が変わることはあってもそれは大原則だ。その大原則をこのキョンシーは悠々と破っている。


――残り四十秒か!


 紫電を纏える時間も減っていた。


 再び霊幻は404号室の入り口と反対の壁際へ戻った。


 入り口のキョンシーは最低三種類のPSIを操る。それぞれのPSIは先程まで霊幻が相対していた物とほぼ同一。


 霊幻の脳は即座に一つの仮説を立てた。


「テレパシーで脳を繋げたな!」


 複数のキョンシーを同時に操るのではなく、一体のキョンシーへPSIを集約する。


 脳を並列から直列へ、あのテレパシストはこれをやってのけたのだ。


 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!


 霊幻は笑った。楽しいからでも嬉しいからでも幸せだからでも無い。


 今、ここが分水嶺だ。一手間違えたら詰み。自分は壊されるだろう。


 バチバチバチバチ。


 ボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 キイイイイイイイイいイイイイイイいいイイイイイイいいイイイイイイイイイイイイイン!


 たった一体のキョンシーから電気、炎、力球の三種のPSIが出ている。


 全く別のPSI力場は互いに干渉し、融合を起こしていた。


 炎の様に揺らめく雷撃、力球の形をした炎、ジグザグに周囲へと落ちる力球。


 どれ一つとして霊幻のデータバンクには無い。


 クネクネクネクネ! クネクネクネクネ! クネクネクネクネ! クネクネクネクネ!


 クネクネクネクネ! クネクネクネクネ! クネクネクネクネ! クネクネクネクネ!


 糸の力場は勝機とばかりに霊幻を包む。それらは全てバチバチバチバチと紫電に阻まれ霧散した。


 状況を整理する。戦略を計算する。無策で飛び込んだとして勝率は三割。有効的策を試算する時間は無い。


「ハハハハッハハ! 京香の命令が無ければこのまま戦うのだがな!」


 バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ!


 霊幻の右腕の紫電が強烈に発光する。


 甚だ不本意な行動だ。撲滅対象を前にして逃走を選ばなければ成らないとは。


『アタシの前以外で壊れないで』


 京香からの眼を見られた命令だ。ほとんど自動で霊幻の脳は逃走への経路を試算する。


 結果、導き出された最適解は最大出力での最短突破だった。


「また会おう!」


 グルリと霊幻は振り向いて背後の研究棟南壁を殴り付けた。


 ゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 落雷の如き激烈な轟音と共に強化コンクリート製の壁面は砕け散り、大穴が開いた!


 眼下には様々な重機や自動車やヘリコプター等が螺旋の様な軌道を描いている。


――何があった? まあ良い!


 バチバチバチバチ。


 ボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 キイイイイイイイイいイイイイイイいいイイイイイイいいイイイイイイイイイイイイイン!


「さらばだ!」


 背後から迫り来る三つのPSIへ霊幻は一時の別れを告げて地上へと飛び降りた。


 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!

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