⑥ 眠り姫は起こさせない
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ズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキ!
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ズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキ!
――やられた。
一階が突破された。
ココミはギリッと奥歯を噛み締めた。ハカモリの侵攻は予測を遥かに超える物だった。
一階に配備したコチョウ達では侵攻を止め切れないと分かっていた。だが、一日か二日程度ならば耐えられると思っていた。
霊幻、関口湊斗、そして清金京香、一体と二人の思考を常に読み取り、コチョウと共有し続けた防衛線。テレパシーの糸が一本でも敵の体の何処かに届けば操れた。そうすれば同士討ちを狙えた。だが、結果は霊幻の左腕を壊しただけ。
ズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキ!
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ズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキ!
【どうすれば研究員達を見つけられる? エレクトロキネシストだけを連れて。パイロキネシストも相手に居る筈だ。屋内戦で最悪のPSI】
対策局はこれから先の作戦を立てている。研究員の所在を気にしているようだが、一部の人間は気にしていない様だった。
――研究員を人質に取る?
一瞬、考えたが、その作戦は取らないとココミは決めていた。
研究員はマイケルを除いて全員五階の一部屋に集めてある。先程の一階で関口が起こした爆発。もしも二階に居たら死んでいただろう。
ズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキ!
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ズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキ!
正直、関口の作戦は見事だった。あの男は初めから何があろうともコチョウを取り戻すと決めていたのだ。
爆弾を抱えさせた他律型エレクトロキネシストを突撃させるだけ。他律型の思考は自律型と比べほとんど無く、テレパシーでははっきりと読み取れないことを利用したシンプルで効果的な作戦だ。
コチョウに迎撃を命じたが、霊幻の突貫に対処するのに精一杯で、下方から忍び寄る爆発源へエアロキネシスを割く余裕が無かった。
ココミはジッと薄紫色の液体に浸かったホムラを見た。
「おねえ、ちゃん」
――
「~~♪」
【エリクサーの濃度を7コンマ3。前頭葉に何を注入すれば直る? まず外枠だけでも直せるか? 新しいのに交換するのは駄目だ。この脳を無くす訳にはいかない】
マイケルが鼻歌を奏でながらカタカタカタカタ。高速で思考しながらホムラを修理する。
頭を読み取れば、ホムラの修理が進んでいると分かる。それにココミは胸を撫で下ろした。
このまま時間を掛ければ、どれほど時間を掛けたとしても、いつの日かココミはホムラとまた話せるだろう。
ズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキ!
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「ふー」
ココミは息を吐いて頭を切り替えた。
一階は取られた。だが、六階。ここまで辿り着かせなければこちらの勝ちなのだ。
――残ってるキョンシーはエアロキネシストが二体。パイロキネシストが五体。エレクトロキネシストが二体。テレキネシストが五体。
手札はまだまだある。一階が一番広く、防衛には不向きな場所だった。故にコチョウを配置したのだ。コチョウがこうも早く失われたのは痛いが、ここから先は屋内戦の本領が発揮できる。
「火を放って」
ココミは二階から五階に配置したパイロキネシスト達へPSIの発動を命じた。
パイロキネシスト達は静かに火を放ち、ゆっくりと防火設備が施された設備を燃やしていく。
――できれば設置型のパイロキネシストが欲しかった。
この研究棟に居たのはいずれも放出型のパイロキネシスト。出力と操作性のバランスが良く、普通ならば攻め込むのにも支援にも向いたPSI。
けれども今回求められるのは防衛線。欲を言うのなら設置型のPSIが欲しかった。
――おねえちゃんと同じ。
ズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキ!
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ココミは出来る限り感情を頭から消し、ただ反射的な思考を繰り返す。
ハカモリは今一階で陣を張っている。散発的にテレパシーの糸を伸ばすが、組織化されたエレクトロキネシスト達に阻まれ洗脳に失敗する。
「外から空気を入れて」
残った二体のエアロキネシストは五階と六階に配置されており、その二体へコチョウは外部から空気を取り組むように指示を出す。
ヒュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ。
微かな風音と共に五階の研究員達を集めた部屋と六階の自分達とマイケルが居る部屋へ新鮮な空気が入り込む。これで仮に火の海に包まれたとしても人間達が窒息する事は無い。
だが、それ以外の全てのスペースは限り無く無酸素に近い状態へと変わっていく。
これがどの程度対策局の足止めに近付くか、ココミにはまだ分からなかった。
ズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキ!
ズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキ!
ココミにインストールされた技能の中に戦闘の項目は無い。
世界で唯一のテレパシストと言うだけで、ココミ自体の戦闘IQは決して高くないのだ。
そして、それはもう対策局にバレていた。対策局の連中は自分達の作戦が筒抜けであることを前提に行動している。ココミが立てた作戦は悉く対策局の作戦を下回る物で、行き当たりばったりな指示では徐々に行き詰る。
【んじゃ、霊幻を突っ込ませますか】
そんな声がココミの耳に届いた。
対策局が出した作戦はシンプルにして正解。
一番取って欲しくなかった選択肢。
高出力で戦闘技能が高いキョンシーによる単独突撃だ。
ズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキ!
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ココミは痛みを無視して思考を回す。聞くべき声に集中する。耳を澄ますほど雑音が強くなっていくが、その中でココミは対策局の人間達が立てた作戦を聞いた。
【生半可なエレクトロキネシストじゃ駄目だ。壁役なら役に立つか?】
【こういう時イルカを使えれば便利なんだけど】
【消耗戦の準備を進めておくか? いや、短期決戦が望ましいか? 霊幻を突っ込ませるのはリスキーだ】
【左手が無いってのが不安要素ね。霊幻なら問題ないけど、一人で突っ込ませるのは嫌ね。まあ、突っ込ませるんだけど】
それぞれ考えている事に多少の差異はあれど、霊幻を突撃させるという事では一致していた。
ココミは考える。既に死んでいるけれど、それこそ必死でココミは考える。
どうすれば守り切れる? 今から十五分後に突撃して来る霊幻を相手に勝ち目を持った手札は無い。思考を読み取ろうにも相手はエレクトロキネシスト。
――しょうが、ない、かな。
スッとココミは立ち上がった。
ズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキ!
頭を動かしたことで眩暈と眼窩から螺子が飛び出て行く様な痛みがココミを襲う。
「お? どうした? 何処かに行く気か?」
カタカタカタカタ。マイケルがモニターから眼を逸らさないままココミに問い掛けた。
ココミは返事をしない。マイケルも返事を求める様な人格ではない。
ジッと、ジィッとココミはホムラの顔を見る。名残惜しかった。痛みなんて眼じゃないほどに、名残惜しさがココミの脚を縫い付ける。
ホムラは、自分と全く同じ顔した姉は、ココミの恋は、眼を閉じた眠り姫のままだ。
スー、ハー。ココミは大きく深呼吸をした。
何かを決める時、何かをする時の姉の仕草。ココミが大好きだったそんな仕草。
ジジジジジジジジジジジジ。ノイズが塗れる視界の中で、ホムラの姿だけが艶やかだ。
「おねえ、ちゃん。いって、くるね」
クルリとココミはホムラが背を向けて歩き出した。
フラフラ。フラフラ。体は何処も壊れていない。眩暈と痛みが酷く、足元が覚束ないだけだ。
「マイケル、少し出口を向いて」
「ん? おお、分かった」
マイケルはココミの命令通り、研究室出口へ眼を向けた。
ココミはマイケルの視界と自分の視界を一部共有させ、無理矢理視覚を補正する。
――良し。
これならば何とか動ける。体のふらつきが少しだけ収まり、ココミはマイケルの研究室を出て行った。
研究室の入り口には配置したエアロキネシストが居た。
「おねえ、ちゃんを、守って」
「……はい」
エアロキネシストは緩慢に返事をし、それを聞く前にココミは五階への階段を下り始める。
ズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキ!
ズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキ!
フラフラフラフラフラフラ。痛みと眩暈で転げ落ちそうに成りながらも、手摺りに力を込めて、一歩一歩ココミは階段を下っていく。
「集まって」
ココミはパイロキネシストとエレクトロキネシストへ指示を出す。
目的地は四階。ココミはそこで霊幻を迎え撃つつもりだ。
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