秘欲恋理――私の恋よ、
① 突入
「わーお」
シカバネ町中央部と東部の境目、そこにあった五階建てのオフィスビルの屋上。
双眼鏡を左手に京香は百メートル先のキョンシー犯罪対策局の研究棟を見つめている。
その周りでは第四課と第五課の人員三人とキョンシー三体が何やら話し合いをしていた。
「羽……いや、翼か。あれだけあればアタシでも見れるわ。出力低いんじゃなかったっけ?」
「いや、低いままだ。一本一本は最低ランクのEしかないぞ? ただ量があるだけだ」
京香の隣では霊幻が立っており、こちらは機械化された義眼だけで同じく研究棟を見ていた。
今、研究棟はPSIの〝糸〟で包まれていた。
六階、マイケルの研究室の辺りから巨大な三十メートル前後の白く輝く翼が産まれ、その両翼から生えた無数のテレパシーの糸が研究棟全体を覆っている。
「あれは一種の暴走状態だな。普通ならそう長くは持たない。どうする? あのキョンシーが壊れるまでこの場で待つという手もあるが」
「実際問題いつまでよ?」
「吾輩には分からん。一分後かも知れんし、一週間後かもしれない」
「じゃあ、駄目ね。暴走状態に入ったキョンシーが居るのにアタシ達が手を拱いている訳にはいかないもの」
「どちらにせよ、あそこには対策局の研究員達が居る。吾輩達が攻めるしかないと分かっているのだろう」
「アンタ、戦闘については割りともっともな事を言うよね」
「撲滅のためだからな。吾輩の思考回路はそのために働いている」
第一次突入隊は京香達では無い。水瀬の指示で動くエレクトロキネシストのキョンシー達二体が先遣隊だ。両体ともPSI出力はD+。戦闘技能はインストールしてあるが、総合的戦闘IQは平均程度。
「様は捨て石って事ね」
「キョンシーの正しい使い方だな」
「……まあねぇ」
ピコン。京香の左手のアタッシュケース、シャルロットから短くアラームが鳴った。
「水瀬克則ヨリ第四課カラ第六課マデノ代表者ヘノグループトークガ届キマシタ。通話ヲ始メマスカ?」
「うん、繋いで」
「ショウチ」
二、三秒後、シャルロットより水瀬の声が聞こえる。
『こちら、南側配置の水瀬、第四課 関口湊斗、第五課 長谷川圭、第六課 清金京香、聞こえているならば返事をしろ』
『こちら、北側配置の関口、聞こえてるぜ』
『西側配置の長谷川、大丈夫です』
「東側配置の清金も問題ありません」
京香の頭の中に改めて対策局の人員の配置図が浮かぶ。
もっとも見晴らしの良い南区から水瀬が指示を出し、三方向から京香達が攻める手筈に成っていた。ちなみに、ヤマダとセバスチャンは今回突入隊には居ない。ヤマダはセバスチャン以外のキョンシーを使わないし、セバスチャンのPSIはエレクトロキネシスじゃないからだ。
『よろしい。これより二体のエレクトロキネシストを対策局研究棟へ突入させる。見て明らかな様に、現在研究棟は糸の力場で包まれている。総員警戒しておけ』
ブツ。京香達が返事をする前に通話が切れる。
双眼鏡を南側、水瀬班が居る側へと京香は向けた。
「さあ、どうなるかしら?」
「お前はどう思う、京香? ちなみに吾輩の予測ではあの二体は壊れるが」
「言わないで良いわよ。アタシもそう思っているんだから」
京香はあまりキョンシーが壊れる姿を見るのが好きではなかった。
*
斥候たる二体のエレクトロキネシストは研究棟の二階に到達する事もできなかった。
二体のキョンシーの視覚映像はリアルタイムで京香の持つシャルロットへ同期されていたが、研究棟に近付いた瞬間同期は切れた。やはり、あの糸の力場に包まれてしまうと通信機器は駄目に成る様だ。
そして、視覚映像の同期が切れてから十数秒後、一階の研究棟入り口から細切れに分割されたエレクトロキネシスト達が吐き出されたのだ。
「……霊幻、今あそこにはどのキョンシーが調整を受けていた筈なんだっけ?」
「コチョウを筆頭としたエアロキネシスト三体と第五課のパイロキネシストが五体、エレクトロキネシストが二体。そして最後にテレキネシストが八体だ」
「じゃあ、今の斥候を細切れにしたのはコチョウね。困ったわ」
第四課のエースであるコチョウ。あの無口なキョンシーは今操られているに違いない。
ピコン! 再び水瀬から通信が繋がる。
『……二体では歯が立たんな。しかも相手にコチョウが居る。対策案が浮かぶ者いるか?』
『最終的には全員で突撃すりゃ倒せるだろ。まあ、その間に何名かの首が飛ぶだろうけどな。コチョウを調整に出してた俺のミスだ。すいません』
関口が素直に謝った。粗暴な口ぶりだが、自分の非を即座に認めるのが関口の美徳だった。
『でも、これではっきりとしました。あの野良キョンシーは他のキョンシーを操るPSIを持っています。普通の対策案として上げられるのは、電撃を纏ったエレクトロキネシストでチームを組むことでしょうか。通信機器も効かないようだから、指示を出せる捜査官が一緒に行く必要がありますけどね』
「んじゃ、アタシと霊幻で行きますよ」
長谷川の言葉はもっともであり、対策局実行部の中で最もエレクトロキネシストとのタッグの戦いの経験があるのは京香だった。
『京香、俺も行くわ。コチョウの動きは俺が一番良く知っている』
普段ならば、京香は今の提案にすぐに頷くだろう。関口は京香と戦い方が合わないとは言え、捜査官として一角の人物だ。
しかし、京香はすぐに頷かなかった。
「キョンシーを操れるって事は、人間相手も操れるって意味よ? 関口、あんたが一度でも糸の力場に捕まったら終わりよ?」
『はっ、問題ねえよ。周囲にエレクトロキネシストを配置しとくからな』
関口の短い笑い声が通信機より響く。
「良し。では、京香、そして関口。次に突入するのはお前達だ。各自、連れて行くキョンシーが決まったら行ってこい。ただし、二階まで探索し終えたら一度帰って来い」
「『了解』」
ピッ。通信を切り、京香は背後を振り向いた。通信を聞いていたのだろう。第四課と第五課の三人が京香へ自身が連れて来たキョンシーを渡そうとする。
「大丈夫。要らない。アタシと霊幻だけで行くわ」
「そんな、でも近くにエレクトロキネシストを配置しなければ危険です。糸の力場が危険だと言っていたのは清金さんじゃないですか」
中央に立っていた青年がキョンシーを差し出そうとする。
「本当に要らないの。いざと成ったら霊幻に抱えてもらって逃げるわよ。出来るわね霊幻?」
「任せておけ。そもそも半端なキョンシーが近くに居たら吾輩の紫電で壊れてしまうぞ」
ハッハッハ! 霊幻の高笑いに真っ当なキョンシー使い達は不可解な物を見る眼を向けた。
「ま、安心しなさい。アタシはこれでも第六課の主任なんだから。この意味、分かるわね?」
「……分かりました。では、僕達はここで待機しておきます」
「うん、お願い」
未だ納得が行っていないのだろうが、三人は京香の指示に従い、身を引いた。
「良し、行くわよ霊幻」
「おうとも」
三人の訝しげな視線を背中に浴びながら、京香はオフィスビルの屋上を出て行った。
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