② サイコメトリー







「アタシ達要る?」


 京香は共に『天原まがはら記念脳技術開発研究所』と書かれた焦げた看板が掲げられた壁に背を預け、空を見上げていた。


 ここは先日訪れたばかりの焼け落ちた研究所である。


 黒木曰く、この研究所で観測されたPSI力場の残滓がシカバネ町の野良キョンシーの物と一致したとのこと。


 PSI力場とは超能力を発現したキョンシー達の指紋の様な物だ。能力発動後三時間程度で消え失せてしまう泡沫の残滓。一つとして同じ物は無い。


 シカバネ町の野良キョンシーとこの研究所で観測されたPSI力場が同じという事は、京香が訪れたあの日、野良キョンシーがこの場所に居たという証左だ。


 とはいっても京香にPSI残滓を観測する技能は無い。第二課と第三課の人員とキョンシー達が忙しなく焼け跡の中を駆け回る音を聞くばかりだ。


「ここを捜査するってのは分かるけど、何でアタシと霊幻も連れて来られるのかしらね?」


「まあまあ、京香さん暇じゃないっすか。護衛してくださいっす」


 やれやれと呟く京香へ黄緑色の蛍光色に髪を染めた青年――一昨年第二課に配属された幸原こうはら 幸輝ゆきてる――が黒ずんだパソコンらしき物を抱えて、まあまあと宥めに来た。


「それデータとか残ってんの?」


「ほぼほぼ無理っすね。イケるかねってヤツはもう一月前に回収してるっすから」


「ますますアタシ達が必要とは思えないわねぇ」


 京香はげんなりした。そもそも一ヶ月前に第二課と第三課が既にこの研究所を捜査しているのだ。粗方が焼け落ち、電子機器類は漏れなく全滅で、結局被害者達の体を取り返せなかった。


「最初はヤバイって思った研究所の職員達がさっさと逃げ出したんだと思ったのよね?」


「そうっすね。アリシアの姐さんもそう思っていたみたいっす。まあ、証拠隠滅にパイロキネシストのキョンシーで焼かせたんだろうって」


「割とメジャーなPSIだったのが災いしたわね」


 パイロキネシスは比較的発現し易いPSIであり、京香達は野良キョンシーとこの研究所を深く関連付けていなかった。百キロ近く離れた町にわざわざキョンシーだけで来る筈が無いというある種当たり前の思考が捜査を邪魔したのだ。


 固定観念を捨てなければと京香は自分を戒める。


『キョンシー相手に常識を持っちゃいけない』


 先輩はそう教えてくれたではないか。


 失敗の反省は後に回して京香は幸原へと問い掛けた。


「で、何処をのかは決めたの?」


「ぼちぼち、そろそろっすね」


 京香達が今更この研究所に来たのは、PSIによる事後調査を行うためだ。


 第二課が保有する最も高価で貴重なキョンシーである〝ワトソン〟の出番である。


 ワトソンはサイコメトリーを発現した壮年男性の見た目をしたキョンシーで、今霊幻と共に黒焦げに成った研究所の中を歩いている。このキョンシーの力を使えば、研究所に居た筈のパイロキネシストともう一体のキョンシーについて何か情報が掴める筈だ。


 京香と霊幻はワトソンの護衛に付いて来たのである。




「ここが発火源らしいっすね」


 一時間後、第二課と第三課は燃え尽きた研究所の発火源を突き止めた。


 この研究所には全部で三棟の建物があり、それぞれ地下二階+地上三階建ての棟を持っている。


 京香達が居るのは真ん中の二号館の地下二階の奥。火災の被害が最も強く出ていたとある一室だ。


 第三課が持ってきたライトに部屋が照らされる。部屋の広さは十畳程度。一部が溶けたベッドの金属パーツだけが置かれていた。


「んじゃ、ワトソン、この部屋読んじゃって」


「了解」


 幸原の言葉にワトソンは両手に着けていた真っ白な手袋を外し、 部屋の入り口側の壁へと両手を押し付けた。


 ワトソンのサイコメトリーは物体が記録していた光景を触れる事で脳に記憶する物だ。


 サイコメトリーは逆回しの録画撮影だ。一日を遡るのに三十分程度の時間が掛かる。


 この場で第二課第三課は二ヶ月前までの記録を取る事にしていた。


 記録完了までおよそ三十時間。


「暇ねえ」


 京香はシャルロットが入ったアタッシュケースを置いて、薄暗い部屋の中で眼を瞑った。

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