第25夜 捨てられたクマ

 皆さん、こんばんは。

 枕崎まくらざき純之助です。


 つい先日の話なのですが、僕がつとめている会社のビルから道路をはさんだ向かい側にあるアパートのゴミ置き場に、クマが捨てられていたんです。

 クマと言っても本物のクマじゃありませんよ。(当たり前だ)

 ぬいぐるみのクマです。


 でも、メチャクチャ大きなクマのぬいぐるみだったんです。

 多分、成人男性と同じくらいの背丈せたけのあるクマで、着ぐるみとして人が中に入っていてもおかしくないほどでした。

 ゴミ捨て場に捨てられたそのクマはブロックで仕切られたスペースにギュウギュウに詰め込まれるように収まっていて、その両手は両サイドの仕切りブロックに置かれています。

 ちょうど人がヒジ置きに両手を置いて、イスに深く腰掛こしかけているような格好かっこうでした。


 その姿を初めて見た時、僕はおどろきと同時に物悲しさを覚えました。

 まるで自分の死期をさとった老人が、お迎えが来るまでの残りわずかな時間を過ごしているかのように見えたからです。

 このクマにとってのお迎えはゴミ収集の車がやって来る時でしょう。


 そしてこのクマが捨てられたゴミ置き場が、僕の職場の窓からよく見えるんです。

 仕事中はよくその窓の前を行ったり来たりするので、どうしてもそのクマの姿が目に入ってしまいます。

 窓際を通る度についつい捨てられたクマをチラチラ見てしまうんですね。


 クマ。

 君は今どんな気分なんだい?

 捨てたご主人をうらんでいるのかい?

 それとも、もう全てをあきらめて終わりを待っているのかい?


 僕はクマが生まれてからここまで歩んできた道をあれこれと想像します。

 初めてご主人の元へとやって来た時はメチャクチャ喜ばれたんだろうね。

 チヤホヤされて、たくさん抱きつかれて。

 そのモフモフとした肌触はだざわりでご主人をなぐさめたりしたんだろうね。

 時には機嫌きげんの悪いご主人に八つ当たりされたこともあるのかな。

 何年の間ご主人と一緒に過ごしてきたか分からないけと、こうして捨てられる時が来てしまったんだね。


 などとおかしなことを考えてしまいますが、もちろんそのクマは生き物じゃありません。

 ぬいぐるみはただの物質です。

 でもゴミ置き場に捨てられて、他のゴミをあさりに来たカラスについばまれたりしているのを見ると、何だか切ない気分になるのはどうしてでしょうね。

 人間や動物の姿をしたぬいぐるみに人は少なからず感情移入をしてしまうからなのですかね。

 結局、その日はゴミ収集はありませんでした。


 翌日。

 朝から冷たい雨が降り続けていました。

 ゴミ捨て場に置き去りにされているクマはずぶれです。


 全身を雨に打たれながら昨日と変わらぬ姿勢で前を見続けるクマの姿に、僕は思わず目をそらしました。

 せめてゴミ収集の日の朝までご主人といられれば雨にれずに済んだのにな。


 翌日は僕が在宅勤務でしたのでクマの様子は分かりませんでしたが、翌々日に出社した時にはもうクマの姿はありませんでした。

 旅立った後だったのです。

 僕は思わず窓辺に立ち止まり、クマが座っていたゴミ置き場をじっと見つめました。

 

 クマ……行ってしまったんだね。

 ひとしきりそんなことを思うと、それからすぐにクマのことは忘れて、仕事に戻りました。


 日々の暮らしに追われる中でやがてクマのことは忘却の彼方かなたに消えていくでしょう。

 だから何となくですけど、クマがそこにいたことを何らかの形に残しておきたくて、今夜のとりとめのない話になりました。


 ちなみに僕は子供の頃、クマのぬいぐるみを持っていました。

 名前はクマちゃん。

 そのままですね(笑)。

 僕はクマちゃんが大好きで、クマちゃんの鼻にいつも自分の鼻をこすりつけていました。

 そのせいでクマちゃんの鼻はすっかりすりむけてしまっていました。

 

 母と一緒に買い物に行く時も、クマちゃんを持って行きました。

 誤って水たまりにクマちゃんを落としてしまった時は、洗ってくれるよう母に泣いて頼んだものです。

 そんなに大好きだったクマちゃんなのに、気付いたら家から無くなっていました。

 多分、ボロボロになったので捨てられてしまったのでしょう。


 今回のゴミ置き場のクマに僕がずいぶんと気を取られたのは、そんな過去の思い出があったからかもしれませんね。

 今、自宅には家族が持っているぬいぐるみが多数あります。

 そんなぬいぐるみ達を出来る限り大事にしてあげたい。

 そんなふうに思いました。


 皆さんも大事にしているぬいぐるみや人形はありますか?

 ゴミ置き場にいた大きなクマが安らかに眠れるよういのりつつ、今夜のお話を終えたいと思います。


 皆さん、おやすみなさい

 いい夢を。

 またいつかの夜にお会いしましょう。


 クマもおやすみ。

 ゆっくり眠るんだよ。

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