第13夜 こんな悪い子、見たことない!

 皆さんこんばんは。

 枕崎まくらざき純之助です。


 今夜のお題ですが……実はこれ、僕が小学校4年生の時に担任のH先生から言われた言葉です。

 初めに断っておきますが、僕はちっちゃな頃から悪ガキでもなければ、15で不良と呼ばれたこともありません。

 もちろん夜の校舎窓ガラス壊して回ったこともなければ、盗んだバイクで走り出したことだってないんです。

 それでも僕はある日、担任のH先生を烈火のごとく大激怒させてしまったのです。

 その事件についてお話ししましょう。


 そもそも子供の頃の僕は、楽しくなると周りが見えなくなる悪いクセがありました。

 後先考えずにその場その場の楽しさに熱中してしまうお馬鹿さんでした。

 そのせいもあってH先生には特によく怒られました。

 

 ある時など図工のグループ作業中に僕は自分の席を離れ、他のグループの友達との話に夢中になりテンションが上がってしまいました。

 そこでいきなり後ろから固いもので頭を叩かれ、カッとなった僕は思わず振りむいてこう言いました。


「イテーなぁ!」


 しかし後ろに立っていたのが、ホウキを手に持ったH先生だと気付き僕は青ざめます。


「イテーなぁ、じゃないだろ!」

「す、すいませ~ん」


 ホウキので頭を叩かれた僕はそそくさと退散して自分の席に戻ります。

 H先生はベテランの女性教師で、声も良く通り、貫禄かんろくがあります。

 でも僕は別に先生を困らせてやろうとか、反抗してやろうという気はこれっぽっちもありませんでした。

 楽しくやっていると、いつも先生に怒られてしまう、といった感じです。

 いや、もちろん自分が悪いんですよ。

 先生に怒られて当然というアホな振る舞いをしていたわけですから。


 その後もH先生には授業中に怒られて何度も廊下に立たされました。

 でも僕ときたら廊下に立たされているというのに、落ちている消しゴムを見つけたら我慢できなくなってその消しゴムで同じく廊下に立たされている友達とサッカーを始めてしまい、さらにH先生に怒られるという始末。

 もうほとんど動物です。

 動く何かを見たら追わずにはいられない猫も同然です。


 そんな感じでH先生から目をつけられていた僕はある日、ついに先生を決定的に怒らせる事件を引き起こしてしまいます。

 その日、授業を終えた後の放課後、僕を含めた数名の生徒が居残りをさせられていました。

 書道の課題が終わらず、残って半紙に筆を走らせていたのです。


 そこで作業中に僕は不注意で墨汁ぼくじゅうを机から落としてしまいます。

 落ちた墨汁ぼくじゅうふたが弾みで開き、床に黒々としたすみがぶちまけられてしまいました。

 盛大に広がる黒い染みを見て僕は思わず声を上げます。


「あああああっ! やべぇぇぇぇぇっ!」


 先生に怒られる!

 あせった僕はあわてて雑巾ぞうきんを持ち出します。

 同じく居残りをさせられていたクラスメイトのY君が、親切にもバケツに水をんで来てくれました。

 しかしこのバケツが僕の思考を狂わせます。


 水でらした雑巾ぞうきんで床をくのですが、古い木の床には多くの傷やへこみがあり、そこにすみが入り込んでしまって落ちません。

 これはもうラチがあかない。

 そう思った僕はバケツを手に持つと、床に向かって水をぶちまけました。

 そしてビショれになった床を必死に雑巾ぞうきんでこすります。


 阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図であるはずのその場でしたが、ここまで来ると逆に何だか楽しくなってきました。

 皆、ワーワーと騒ぎながらどこか楽しそうです。

 集団トランス状態です。

 Y君などは雑巾ぞうきんくのを早々にあきめ、何を思ったか靴下くつしたで床の上をヒャッハーとすべり始めました。

 こうなるともうダメです。

 いや、もう本当にね、自分でも思いますけど、子供の頃の僕は後先を考えずに衝動的に動いてしまう痛い子でした。

 

 だけど、この楽しさの裏で事態は恐ろしい結末へと向けて坂道を転げ始めていたのです。

 僕の通っていた小学校の建物は当時とても古く、床にわずかな隙間すきまがあったんです。

 そこに水をぶちまけるとどうなるのか。

 ええ。

 もちろん水が床下に浸水します。


 実は僕らが大騒ぎを繰り広げていたのは2階の教室だったのですが、その階下である1階の教室では先生たちの会議が行われていたのです。

 そして恐ろしいことに床下へと浸水した墨汁ぼくじゅう入りの水が、1階の天井からポタリと落ちたらしいのです。

 しかも……会議中だった校長先生の頭の上に。

 会議の席は大騒ぎになったことでしょう。


 もちろん会議に出席していたH先生はすぐピンときたらしく、鬼の形相ぎょうそうで教室に怒鳴り込んできました。

 それがあまりに恐ろしかったのか、僕にはそこから家に帰るまでの記憶があまりありません。

 でも、僕って悪い意味で怒られても引きずらない性格(要するに反省しない最悪のタイプ)だったので、家に帰る頃にはケロッとしていました。

 もちろん学校でそんなことがあったことは親には話しません。

 怒られますから。


 しかし、事態はそれでは収まりませんでした。

 夜、自宅に電話がかかってきます。

 怒りに燃えるH先生からでした。

 僕の母親が電話口で平謝りをしています。

 その時にH先生に言われたらしいのです。


「私は長いことを教師をやっていますが、枕崎くんのような悪い子は見たことがありません」


 H先生、僕のせいでおそらく学校で校長先生にこってりしぼられたのでしょう。

 怒り心頭でまくしたてます。


「枕崎くんみたいなタイプは家で御両親の前ではいい子にして、外で発散するんでしょうね。お母さんはお子さんが学校でどんな様子かご存知ですか?」


 しかしうちの母親が言います。


「すみません。先生。この子はどうしようもなくて、家でもそんな風に怒られてばかりなんです」


 その話に先生はあきれ返って絶句します。

 そう。

 僕って裏表のない子だったんです。

 片方でお行儀ぎょうぎよくして、もう片方で悪行、なんて器用なことはできません。

 時と場合をわきまえず、いつでも自分を貫きます。(要するにアホ)

 今回のことも床を汚した墨汁ぼくじゅうを拭き取りたい一心でやったことで、決して墨汁ぼくじゅうテロで教員会議を混乱におとしいれるつもりだったわけではありません。


 その夜は正座で父親のお説教を受け、こってりしぼられました。

 だけど、僕はH先生には感謝しています。

 先生が胃の痛む思いをしてまで僕を怒ってくれたおかげで、僕は「救いようのないアホ」から「ギリギリセーフのアホ」に昇格することが出来たんです。


 大学の卒業論文もギリギリセーフ(卒業自体がギリギリセーフ)。

 アパートのガス漏れ事件の時もギリギリセーフ(命がギリギリセーフ)。

 僕の人生いつもギリギリセーフ(人としてギリギリセーフ)。

 でもこの4年生の時にH先生が叱ってくれたせいでその後の僕はいい子になりました。

 5年生の時に『体育館マイケルジャクソン・ダンス事件』を起こしたり、6年生の時に『生徒会室立てもり僕らの70分戦争事件』を起こしたりしましたが、おおむねいい子でした。(アホ)


 でもこの時にたくさん怒られた経験がなければ、僕は後々にもっと困ったことになっていたでしょう。

 身内以外で自分を真剣に怒ってくれる人の存在って実はありがたいものなんですよね。


 皆さんにはいますか?

 真剣に自分のことで怒ってくれる人。

 そういう人がいたら、ぜひ大事にして下さい。


 さて、そろそろ夜も更けてまいりましたね。

 またいつかの夜にお会いしましょう。

 おやすみなさい。

 今宵こよいもいい夢を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る