第1章「城塞都市」12


 頭を抱えて絶叫するヤートにレイルは駆け寄る。

 クリス達が壊した機械は全体の八割。今のこの空間は、エラーと消えたモニターのせいで、赤と黒の光に満ちている。

「ヤートさん!! しっかりしろ!!」

 コンピューターのエラーを解消しようと、彼の脳は百パーセント以上で稼動している。このままでは彼の身体が危ない。おそらく肉体を護る機能は、エラー処理の二の次であろうことは安易に想像出来る。

「ちくしょー! どうする……」

 レイルはコンピューターのエラーと、人間の暴走とは何が違うかを考える。

 “人間の暴走”には自身の雷を流し込み動きを奪えば済むが、彼の場合は“普通の人間にコンピューターが埋め込まれている”のだ。

 “超人的に強い人間”とはまた別のカテゴリーだろう。だが、自分には雷撃を操るしか特殊な力はない。

――『人間とは不思議なもので、不可視なる現象には疑念が生じるものなのだよ』。

 あのいけ好かない科学者の声を頭に反芻する。

「そうか……見えてないだけで、今も繋がってるんだよな」

 レイルはニヤリと笑うと、剣を鞘に戻し意識を集中した。自分の中にしっかりと充電を行ったことを確認してから、優しくヤートの顔を両手で持つ。

 彼の瞳に、レイルの姿が映る。瞳の奥の青き光が腹立たしい。

 レイルは少しヤートから離れると、自分達を包むように雷撃のカーテンを作り出した。ヤートの動きが完全に止まる。

 コンピューターネットワークということは、つまり電気のネットワークだ。電気を同じ電気で遮断することによって、強制的にシャットアウトしたのだ。

 ヤートの身体が崩れ落ちる。レイルはすぐに受け止めようとしたが、体格が違い過ぎるためにふらついた。脚に力を入れて立ち直す。それから彼を肩に背負うようにして引きずりながら可能な限り走る。

 背後のエレベーターは爆発により既に落ちている。もうレイルの逃げ場は窓から続く岩石の階段しかない。だがその階段も、いつまで持つかわからない。術の魔力の供給源が足りないのだ。科学者達を捕虜にするのを考えると、かなりシビアな時間制限だ。

「それでもまぁ、出来ないとフェンリルじゃねーよなぁ」

 レイルは強い視線で眼下を見つめる。その眼にあるのは、仲間達への強い信頼だけだ。









「おそらくこの辺りです!!」

 先を走る白衣の男が興奮したように大声で言った。科学者達の“本当の逃走ルート”は商業区なんて近場ではない。

「この魔法陣のようですね。確かに転送の術式が書かれています」

「フェンリルもまさか、私達がここから転移するとは考えていませんよ」

 ゼウス計画を発案した時から、城壁内にこういった緊急用の脱出ルートを用意していた。

 この国の軍事力では、まだ最先端の技術を使いこなせないことはわかっていた。だからこそ、ブレーンである自分達の身は自分達で守らなければならない。と、言う“彼”の意見に従うしかない。

 二人が術の発動の為に、三角形の模様の隅にそれぞれ立つ。後は自分が立てば、終わり。本当に、終わるのだ。

 自分の笑顔が引き攣っているのを、自分だけがわかった。気を抜くとすぐにでも痙攣を起こしそうな自分の顔の筋肉に驚く。最後に、自分にも人間らしいところがあって良かったと思った。

 彼は満足そうに目を閉じると、ゆっくりと呪文を唱えた。三人の立つ魔法陣の中心から、一対の漆黒の翼が現れた。

「科学者にとって自分の作品は、我が子よりも大事なものだ……」

 翼はどんどん大きくなり、ついには三人を包み込んだ。

「絶対に渡さんさ……私はお前の罠にかかってやった……ゼウスは覚醒したのだ。天空ではなく地を味方につけてな……アレグ――」










 岩石で出来た階段を走り降りていたレイルは、遥か前方に巨大な漆黒の翼が出現したのを見た。禍禍しい無数の羽を撒き散らしながら、その翼は科学者達を飲み込んだ。

 何かの転送魔法かとレイルは疑ったが、その翼は彼らをあの世に送ってしまったようだ。後に残されたのは白い骨だった物の残骸のみ。黒き翼はすぐに掻き消え、少し遅れてレイルがその場所に着いた時には、魔法陣すら消えていた。

「……」

 肩に背負ったヤートの重さすら忘れ、レイルは現場を目に焼き付ける。

 何かが妙だった。

 魔法陣が消えているので確証はないが、あれは確かに召喚魔法だった。精神体を魔力によってこの世に具現化する高等魔法。使役するに足らない術者による暴走事故に、この光景はよく似ている。

――それに、あの翼は……

 レイルがそこまで考えた瞬間、周囲にけたたましいエンジン音が鳴り響いた。









 その車は氷の道を走っていた。

 背後からとてつもないスピードで追い掛けて来る機械達を荷台の男二人が迎撃している。運転席では漆黒の髪の青年――ルークが一点を見つめたまま運転していた。

「ルーク!! このままだと少し角度が足りねえぞ!」

 後ろからしつこく追ってくる機械達――飛行用のジェットが装備されているとは思わなかった――をライフルで撃ち抜きながらロックが叫ぶ。

「わかってるよそんなこと!! あの踊り場みたいなとこを旋回する!」

 今三人が乗る車が走っている道は、ルークが作り出している。氷結系魔術を使わせれば天才的なルークには、空気中の水分を凍らせて道を作ることなど朝飯前だ。

 ロックの指摘通り、あの踊り場――漆黒の翼が出現したポイントには、この角度のままでは少し高さが足りない。だがこれ以上の角度だと、この車だと登れなくなる。なので一度旋回することにしたのだ。

「リーダー……あの翼、どう思う?」

 ロックは、隣で荷台に上がって来た敵を斬り落とすクリスに問い掛ける。

「召喚魔法だろう……なかなかの魔獣だ。科学者程度では何人居ようが使役は難しいな」

「現に暴走してたからな」

「ああ、だが妙だ。暴走だけで終わるはずがない」

 クリスは上の踊り場を見上げる。彼の鋭い深紅の瞳が、更に険しくなる。

「もう一波乱あるだろう。気を引き締めて行くぞ」

 ロックは静かに頷いた。三人を乗せた車を追い越すように、機械達の群れが勢いを増した。









 踊り場を取り囲むようにして浮遊している機械達。完全に囲まれたこの状況では、いくらフェンリルの一員といっても動きが取れない。

「……うっ」

 背中で低い呻きが聞こえたので、レイルは後ろを振り向いた。背負った状態なので顔を合わすことは出来ないが、整った息遣いが頬に当たって安心する。

「大丈夫か? ……正気、か?」

 レイルは体勢は変えずに問い掛ける。

「……俺は、どうしてた?」

 弱々しいヤートの返事。

「あんたは"覚醒"して科学者達を逃がす為の階段を作った。だが、科学者達は召喚魔法を失敗して死んだよ」

「召喚魔法……? 失敗……だと?」

 痛む頭で考えているのか、ヤートが呻くのがわかった。

「まぁ、あんたには内緒のプランがあったんだろ?」

 顔を背けたままレイルは呟く。あの召喚魔法の翼は、かなりの魔力を秘めていた。上手く召喚出来ていれば、自分達でも無傷で帰ることは厳しかっただろう。

「召喚獣も生贄の代わりに科学者共を連れてったみたいだし……」

 そこでレイルは自分の言葉に違和感を覚えた。

 煩いエンジン音が、完全に耳に入らない。代わりに聞こえてくるのは、足元から響く羽音――

「――くそっ!!」

 レイルはヤートを背負ったまま跳んだ。

 体内で作り出した雷を足に走らせ、跳躍力を高めることで、レイルは重りを背負った状態でも平均的な建物二階分程度なら軽く跳び上がることが出来る。ここまで早くこの場所に辿り着けたのも、この特異体質のおかげだ。

 レイルがさっきまでいた地面から、漆黒の翼が生えてきた。

 空中に逃げた二人を追うように伸びる翼に、機械達は銃撃を浴びせる。翼に無数の弾丸が突き刺さり、焦げた臭いが漂う。暴走機械もたまには役に立つものだ。

 レイルが一瞬油断した瞬間に、翼の片翼が迫ってきた。

 身動きのとれない空中。ヤートを放り捨てれば反撃出来る。

「ちっ!!」

 レイルはヤートを守る為に、翼の打撃を自分の体で受け止めた。体全体に焼かれるような痛みを覚える。

 翼に殴られたレイルは、そのまま階段に落下する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る