第1章「城塞都市」9


 正面から中央塔に突入したクリス、ルーク、ロックの三人は、エレベーターを無視して中央エントランスに向かった。

 エントランスに出た瞬間、大量の銃撃の歓迎を受ける。三階まで吹き抜けとなっているエントランスに、各階に分かれて敵兵がズラリと並んでいた。

「敵さん、戦力をここに集中したらしいな」

「レイルが突破するにもこのエントランスを通るぜ? どうするリーダー?」

「レイル、現在地は?」

『まだ地下だ。エレベーター前。敵は全滅させたが、ここから動けねえな』

「エレベーターの前か……敵は兵を集めるために電源は落としていないはずだ。レイル、エレベーターで上に行け。止められるまで粘ってから、それからは階段で向かえ。ここの奴らは俺らが相手する」

『了解』

「まーた多人数プレイかよ。ルーク、バラまくぜ?」

「よし! なら俺らは上で適当にバラまくから、リーダーに下で暴れてもらおう」

「任せろ」

 クリス達の後ろでエレベーターが稼動する。大型搬送用のエレベーターなので、昇降のスピードは遅いらしい。階を表す光は、きっと敵にも気付かれる。

 一瞬、敵の銃撃が止んだ。クリスはその瞬間を見逃さず、一気にエントランスの中央まで飛び込んだ。

 敵が慌てて照準し直す前に、鞘から刀を抜き放ち、腰のポーチからは札を取り出す。その札で刀を撫でると、刀身に炎の文字が浮かび上がった。

 照準を修正した無数の弾丸がクリスに襲い掛かる。

 クリスは役目の終わった札を投げる。すると札は炎に包まれ、その炎は一気に拡大した。

 炎の壁に護られたクリスは、炎が無くなると同時に敵陣深くに斬り込んだ。完全な接近戦に持ち込み、相手の発砲を封じる。

 後は気の向くまま、本能のままに無数の相手を斬り裂いていく。炎に包まれた刀はその鋭さを増し、本来ならば射程の範囲外の相手達も炎に包み焼き殺していく。楽しくて楽しくて、笑いが止まらなくなりそうになるのを、表情に出るだけに抑える。

 大陸北部出身のクリスは、北部地方特有の戦闘スタイルを持つ。手に持つ刃物は、名工によって打たれた“カタナ”。その片刃の長刀は、斬られた者の憎しみにより、刃こぼれすることのない永遠の殺戮兵器だ。

 腰のポーチに入れてある“札”は、北部に古くから伝わる『札術』によって様々な現象を巻き起こす。大陸に一般的に伝わっている『魔法』とは、また別のプロセスにより事象を具現化する。

 幼い頃より他人を喰い殺して生きてきた“鬼”であり、フェンリル最強の男。さすがに戦闘中に食事をするつもりはないが、溢れる欲求を我慢するのはいつも一苦労だ。









 殺した対象を喰らって“消す”ことに執着するクリスに対して、ルークは“残す”ことに美学を感じている。

 今日も自分で仕留めた相手を持って帰ろうと息巻いていたが、こう量が多いと気分が萎える。ヘルメットで顔は見えないし、身体つきも並の兵士といったところ。質より量なんて最低だ、とルークは呟く。

 ルークは二丁拳銃を巧みに操り、敵達の関節を撃ち抜いていく。ルークの周りには、両手両足の関節を撃ち抜かれ、動けなくなった兵士が多数。

 戦闘の質のみで選抜されたのが始まりの自分達のチームには、例えこの倍の兵力があっても勝てないだろう。二階を担当していたが、どうやらあらかた戦闘不能にしたらしい。

 ルークは周りを見渡し、目についた一人の兵士に近付く。笑顔のルークと目が合い、その兵士は顔を青くした。いや、元から出血で青かったかもしれない。

 相手のヘルメットを力づくで外すと、若く端正な男の顔が露わになった。遮光グラス越しで見た時よりも、断然好みだ。こいつを持って帰ることにする。

 ルークは腰のポーチから細いロープを取り出すと、兵士の関節の穴に通し始めた。全ての“穴”に通し終え、完全に自由を奪ってから一気に絞め上げる。傷口からの激痛と関節の痛みに兵士が絶叫する。それを見ながら、ルークは笑顔で言った。

「お前はこれから、死んでからも俺の人形になるんだ。人形なんだから、動く自由があるわけないだろ?」

 ルークの使う銃は、かなり小型の弾丸を撃ち出す。貫通した人間に糸を通すためだ。

 家には沢山の人形達のコレクションがある。女に興味はない。自分だけの為の“場所”がないから。綺麗な男だけ、いれば良い。ルークは兵士を見下し、ニヤリと笑った。








 クリスとルークの戦いを、文字通り高みの見物をしていたロックは、後ろを振り向いた。

 エントランスを眺める為に冊にもたれていたロックの後ろには、ライフル弾によって穴だらけになった死体達が転がっている。重力場によって三階まで一気に飛び上がり奇襲をかけたら、ほんの数分で勝利してしまった。

「あー、やっぱり男しかいなかった。ルークもリーダーも楽しそうで羨ましー」

 大袈裟な溜め息をつきながら、ロックは無線に問い掛ける。

「レイルー。マジで僕、欲求不満になっちまうよ」

『エレベーター死守してくれてありがとー。ムラムラするなら、そこら辺の野郎爆破しとけよ』

「今の気分は女なんだよなー。この仕事終わったら激しいの一発頼むよ」

『生きて帰ったらいくらでもヤってやるよ』

 レイルの返しに、ロックはとりあえず満足。目の前に転がる兵士の頭を蹴りつけながらタバコに火を点ける。

「そういやお前、今どこなの?」

『最上階のラボ前』

「はえー」

『科学者共が立て篭もってんだろうな。さっさと済ませてかえ――』

 無線から耳をつんざく爆音が轟き、レイルの声が聞こえなくなる。

「――おい! レイル!? どうした!?」

 必死に呼び掛けるが応答がない。

『レイル、しくじったのか?』

 無線からルークの声が飛び込んできた。少し焦りの見える口調だ。

「知らねえよ。ルーク、とにかく逃走経路を確保しろ。アイツに限って死ぬ訳がねえ」

『……ああ、そうだな』

『ロック、早く降りてこい。お出迎え、第二弾だ』

「了解リーダー。僕とリーダーが引き受ける。ルーク、任せたぜ?」

 そう言いながら、ロックはヒラリと一階に降り立ち、クリスと共に入り口まで戻った。

 そこには無数の四足歩行型の機械兵器が展開していた。虫のような形と数に、ロックは思わず眉をひそめる。一つ一つは平均的な大人程度の大きさで、装備も平凡な機関銃や小型のレーザーガンだが、なにしろ数が多い。ところどころで暴走して同士討ちになっているのを考慮しても、突破にはかなりの時間が必要だろう。

「ロック、俺が前に出る。後ろは任せた」

「了解。あのボディだと、おそらく斬撃は厳しいぜ?」

「お前こそ、ライフルで仕留められるのか?」

「そりゃあ……これくらい対処出来なけりゃ、フェンリルなんて名乗れねえよ」









 エレベーターを降りたすぐ前が、透明のガラスで仕切られたラボへの入り口だった。大人三人が横に並んでも余裕を持って通ることの出来そうな白いスライド式のドア以外は、ガラスの壁のおかげでここからでも中の様子を覗くことが出来る。

 周りの床や壁まで不気味なまでに白いので、レイルはあまり好きではない軍の病院を思い出した。

 ガラスを隔てた向こう側、まるで円卓のようなテーブルに、四人の男がついている。そのうち三人は白衣を着ていることから、この国のブレーンである科学者達であることが伺える。そしてもう一人は、先程レイルを商業区まで送り届けてくれた親切な軍人さんだった。

 出来れば、全員捕虜にしたい。ここに来るまでの間、あの三人以外の科学者の姿を見ることはなかった。信じられないことだが、この国の高度な科学技術は、あの三人の頭で支えられているということだ。

 ロックに状況を報告しながら観察を続けていると、レイルは不意に、科学者の一人と目が合った。優しい笑顔とは裏腹に、目だけは笑っていない。

 レイルがしまった、と思った時には、周囲が爆炎に包まれた。ガラスを隔てた向こう側には、爆風すら通さない。

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