「ウグメの正体」
「――つまりてめぇが死ぬと全ての終わりで、それはそれとしてアーティを村に連れ戻したくて俺様との仲を取り持とうとした、と」
「はいっ、ざっくりいえばそんな感じになりますね!」
――ウロノス宅。
超巨大シマモノ出現事件から数日後、改めて挨拶に訪れたユハビィを東国風の客間に迎え入れたウロノスは彼女のとりとめのない話を要約すると、話が伝わったことに満足げな笑みを浮かべる彼女の額に、強烈なデコピンを見舞ったのだった。
「ぐあぁぁぁぁあああああああああああッッッ、いだいッ、いだいっぃぃぃぃいいひぃぃいいいいいいッっっ!!!!」
「おう、俺様は偉大だ。しかしそう感極まって泣き叫ぶんじゃねぇよ。照れるじゃねぇか」
「あ゛にすんですかッッ、ワタシが死んだら駄目なんですがッ!?!?!?!?」
「感嘆符がうるせぇな。あんまジタバタ転げ回ってっとぱんつ見えるぞ」
「ご心配どうもッ、ワタシのスカートは鉄壁なので絶対に見えないからご安心下さいッッ」
「確かに見えねぇなどうなってんだそれ……」
――それから再び座布団に座り直し、湯呑みに残った緑茶を一気に飲み干したユハビィは、改めてウロノスに向き直る。
「それを今日になって報告に来たのも、その女王権限ってやつか」
「まぁ、そんなとこです。あの日の時点で、ワタシにこれを報告する権利が無かったので。本当に結構、ヒヤヒヤだったんですよ。何か一つでも間違えてたら、今頃は…………」
「俺等は女王様に試されていた、ってことか」
「たぶん、ワタシも含まれてたんですけどね」
女王の器たるユハビィを通じて、シマの意思は全てを見ていた。
その顛末次第では、この箱庭を終わらせることも考えながら……。
「こことは違う枝の話ですけど、ワタシが村を捨てて、女王として森で暮らす
「ま、部外者の思惑なんざ俺様の預かり知るところではねーんだがな。アレはアレで、アトリィの忘れ形見だ。戻って来たなら、ちゃんと面倒見てやるのも吝かではねぇよ」
「もう殺し合わないで下さいね?」
「向こうから仕掛けてくるなら、保証はできねーな」
言葉とは裏腹に、楽しそうな口調である。
本気で殺し合うわけでなければ、じゃれ合うのは好きにすればよいとユハビィは思うのだった。結局のところ男同士なんて、それで案外上手くいくことも少なくはないのだから。
「で、その肝心のあのガキは今どこで何してんだ」
「あー………………えっ…………と、ですねぇ…………」
*
「ははははははははッッ、強いなおまえ。流石のオイラもここまでとは思わなかったぞ!」
「いい加減にしないか。おまえじゃ私には勝てないよ。なぜなら私はおまえより強いからだ」
「俄然、やる気が出てきたな……フル出力で行くぞ、サポートしろ歪」
シマの沖合。何もない海の上に、激しくぶつかり合う二つの影があった。
片方は、アーティだ。創世神器を惜しみなく振るい、シマからの脱出を試みている。
相対するは当然、呪神ウグメ。赤と青、二つの腕を無表情で捌き続ける。
かれこれこの戦いが始まってから一時間ほど経つのだが、どちらにも疲弊の色はなく、衝突は激しさを増すばかりであった。
『いやいやいやいや! やる気があるのはいいんだけどさっ、これやっぱ勝てないよアーティ! 出力が違い過ぎて創世神器の方が保たない! あっちの気まぐれ一つで、いつぶっ壊されてもおかしくないよッ!?』
「ん? それは向こうがその気なら最初からそうだったぞ。折角遊んでくれるみたいだし、もうちょい色々やってみようぜ? 例えば――」
「……む」
直情的なアーティの動きに緩急がつき始める。
ここまでの力押しのスタイルは一変、予測困難な変幻自在の軌道を描き出す。
もっともウグメは相手の動きを見てから対応しているだけであり、今のところ予測というものをしてすらいないから特に関係はなかった。
どんなヘンテコな動きをされようと、それが原因で結界を通り抜けられるようなことは絶対にない。
「「必殺ッッ、アーティ分身!!!!!」」
『!?!?!?』
「!?」
突然、アーティが増えた。
増えたように見えた、とかではない。
普通に増えて、二人になった。
確か東洋の島国に隠れ住まう伝説の一派、ニンジャなる者たちが用いる怪しげな術――『ニンジュツ』なる魔法の中に近い技があったとウグメは記憶している。
アーティの勝利条件は、ウグメを倒すことではない。
このシマを包む断絶結界の外に出ることだ。今までは特に外の世界に興味がなかったから試みなかったというだけで、例えば歪が外に出たいという気持ちを持っているならば、それは十分、彼が実践に移る理由に足る。
アトリィはシマから出ることよりも、シマの内側に興味を示していたけれど。一方のこちらはまさか、ここまで容易く呪神に挑んでくるような愚か者であったとは――ウグメはほんの僅かに、口元を緩ませた。
「面白い。今まで相手にしてきた中では、あの赤毛の魔女に次いで面白いな。だからもう少しだけ遊んでやろう。増えてどうする? 増えたら私を突破できるのか? だったら最初から村人100人集めて突撃してきた方が効率的ではないか?」
「オイラは一騎当千だから、二人なら2000人相当だぜ。100人の20倍だ。効率的だろ?」
「なるほど一理あるな――【理外術:
「!? ぐぇッッッ……!!!!!」
ウグメが不意に、何もない虚空に平手打ちをしてみせると――二人に分身したアーティの二人分の頬が全く同時に引っ叩かれ、片方は木っ端微塵に消し飛び、もう片方は海面に突っ込んで水しぶきを打ち上げた。
「これで2000人分か。確かに効率的だったな」
超高速の見えない遠距離攻撃だとか、そういう次元のものではない。
あの刹那、ウグメの平手打ちの攻撃判定がアーティの顔面の位置に存在していたのだ。
流石は呪神。理外の存在。自ら盤上に並ぶ駒でありながら、同時にその駒を操るプレイヤーでもある超越者。盤上に設定されたルールを踏み越えて外部から攻撃を書き加えるなど、造作もないということだ。無論、ある程度の制約はあろうが――盤上の駒に過ぎない者を相手取るにあたって、そんなものに僅かな不自由さも感じてはいまい。
出目が気に入らないならいくらでも、結果が確定する前に振り直しを行える。
あれは、そういうバケモノなのだ。
そういうバケモノが、自身の現身として置いた駒なのだ。
正面から戦って倒すなど、尋常の沙汰では絶対に有り得ない。
水没したアーティは水面に顔を出さず、そのまま海底に着地すると全速力の遊泳を開始する。
あくまで結界の外に出ることが勝利条件である。場所は問わない。ならばこのまま海中からの突破を試みる。創世神器、赤と青の双腕の膂力は、ちょっとした
海中でそんなことをすれば当然、巻き起こるのは凄まじい水の爆発だ。かつて呪神メロウがフェルエル救出の際に海面をぶっ叩いた時のように、その場を満たしていた数千万トンの海水が弾け飛び、それらはアーティの位置を隠す目くらましとなった。
……いや、目くらましに意味などない。
ウグメは光でモノを見ていない。彼女は瞳を閉じたままであろうとも、アーティの位置など補足している。盤上の駒が見ている景色など、所詮は増やした視覚の一つ。盤外のプレイヤーの目を誤魔化すなど、この世の誰にも不可能なのだ。
「愚直。愚直、愚直、愚直――だがッ、創世神器の使い方はそれが一番、正しい。それをされれば私とて、第七界域級魔法を行使せざるを得ないというもの。その愚直さに敬意を表し、私も愚直にやらせてもらおう――【理外術:
再び、ウグメが何もない空間を、今度はその左手をもって掴む。
……瞬間、アーティの首が全く同時に、何もない空間によって掴み上げられる。
「あまりうろちょろするな、アトリィの忘れ形見。自然は大切にしないとダメだぞ、この悪い子め」
「う、お、ぉ、ぉ、ぉぉ、ぉおおおおおぉぉおおおおおおおッッッ!?!?!?!」
ウグメはそこから、掴んだ何もない空間を野球の投球フォームめいた動作によって思い切り、ただただ力任せに、ぶん投げた。
アーティは一切、誰からも触られてなどいないはずなのに、投球されたボールのように吹っ飛んでいき、シマの岩壁に激突する。
『ぐぇ……あ、アーティ、……アーティ!? 大丈夫かい!? 意識はあるかい!?』
「ん、余裕。痛くも痒くもねぇよ」
『いやいやいや! 凄い強がるね!? だいぶ削られてるのに! もうやめようよアーティ! こっちが何をしても必ずそれ以上の力で返されるじゃん!!』
「あぁ。多分、そういう能力なんだろうな。だんだん分かってきた。ウグメの正体が」
『し、正体……っ……?』
「創世神器の一つ一つに、神の力と特別な魔法が宿ってるみたいに……同じく神によって配置された呪神という駒にも、特別な魔法が与えられてるはず。使い方や、使い手次第で、強くも弱くもなる、おかしな魔法が宿ってるはずなんだ。あの空間を弄る理外の魔法とはもっと別の、視えない魔法が」
『…………僕らの神器の、意思を打ち込む魔法みたいに……? ウロノスが持つ妖刀の、意思で斬る魔法みたいに?』
「強い意思で願いを実現する、事象の装飾、或いは改変を行う魔法。たぶんウグメのは…………最初から、あいつ自身が言ってた通りの魔法なんだろうな」
『言ってた、通りって…………』
「あいつ、よく言ってるだろ。あの平坦な口調と表情のせいで、単なる無意味な煽りとしてスルーされがちだけど」
『…………まさか、そんな……』
――『いい加減にしないか』
――『おまえじゃ私には勝てないよ』
――『なぜなら私は』
「……たぶんあいつのは、意思で勝つ魔法だ。シマの外に誰も出さないという、確固たる決意。その覚悟が強いほどに、あいつはどんな競り合いにも、絶対に勝つ。その魔法が生み出す勝利という事実で、全ての現実を上書きする。あいつが本来、どんなに貧弱であろうとも、負けることがない。どんな相手よりも、必ず強い。……それがウグメの、正体だ」
――なぜなら私はおまえより強いからだ。
「恐れ入るぜ。つまりあいつに勝つには、あの無表情の鉄仮面を引っぺがして精神的な動揺を叩き込むしかねぇ。意思で勝つ魔法を弱体化させて、機能停止に追い込むしかねぇ。なのに――」
「……ご明察。同じ神器の魔法の担い手として、おまえならその結論に辿り着くだろうなとは思っていたよ」
岩壁にさかさまに張り付いたままのアーティの前に、ふわりとウグメが姿を見せる。
その表情は、このじゃれ合いが始まった時から僅かにも乱れていない。強いて言えばこのじゃれ合いを少しだけ、満喫していたかのような充足感が垣間見える。
……厄介だ。
ウグメを倒すにはその表情を呼び起こして動揺させるくらいしかないというのに。
仮にその鉄仮面を剥がしたところで、恐らく露見するであろう彼女の持つ感情は、より強い敵と戦う喜びくらいしか……ない。
「こいつには、誰も外に出さないっていう、決意と覚悟しか無い。それ以外が空っぽなんだ。……いっそ全部空っぽなら、決意と覚悟さえ残ってなかったなら、誰も苦戦しなかったのにな」
「私自身も深く把握してはいないが。こことは違う枝の世界の私が、何かしたらしいな。その余波で私は、こうなったとメロウは言っていた。それがなければ私ももう少し、人間的だったようだぞ」
「だが、むしろおまえには好都合だったろうな」
「あぁ。誰も出さない。絶対に逃がさない。私には、それだけがあれば十分なんだ。それが一番、強い私だからな」
こんなにも。
…………こんなにも、……勝てないと思ったのは、生まれて初めてだった。
アーティは岩壁に埋まった半身を引きずり出し、ちょうどいい窪みとなったところを足場にして二つの足で立つ。
「で、まだやるのか? 私としてはもう少し遊んでもいい気分なんだが。いい気分が過ぎて、次はその創世神器を壊してしまわない保証もないがな。ふふふ」
「そこまで言われて誰がやるかよ。おまえの正体が分かって、オイラも満足した。もう帰るぜ」
今はとりあえず、ウグメに勝てないことを理解した。
それで十分だ。最初から勝利条件は、ウグメを倒すことではない。
あくまでも重要なのは、シマの外に出ること。外の世界を歪に見せてやることなのだから。
「また気が向いたら来るよ。外に出るのを、諦めたつもりはないからな」
「そうか。ならばいつでも来い。私は逃げも隠れもしないからな」
***
**
*
「――てな感じで、ウグメさんとバトってまして」
「マジで何やってんのあのクソガキ…………」
ウロノスは覆面に包まれた頭を抱え、大きなため息を漏らす。
創世神器という危険極まりないアイテムで無遠慮に戦いまくるとどういうことになるのか、先日の件でアーティも重々承知しているはずなのに。
何ならあの『オバケ』も、そういった大き過ぎる力が呼び寄せてしまったものである可能性だってあるというのに――いや。
それでも尚そんな真似ができるということは、その可能性がないことをアーティだけは知っているのかも。
まるで何かに取り憑かれたかのように振る舞った、アーティのイマジナリーフレンド、歪。
まるで憑き物が落ちたかのように彼女が元に戻ると、その直後に現れたという『オバケ』。
呪神を何だと思っているだの、これで私の勝ちだのという発言は果たして額面通りに受け取ってよいものか――
「やぁやぁ、困ってる顔だねぇウロノス」
と、その時だった。
「覆面越しにも表情を読まれるなんて、ガラになく動揺しているじゃないかウロノス。僕で良ければ、なんでも相談に乗ってやるぜ? 何せ僕は――」
白い髪。黒い角。赤い瞳。
ウグメのそれと似た、程よくボロボロの白装束――
「君の大親友だからね」
呪神ヨハネ(人間形態)は、最初からそこにいましたと言わんばかりに壁際に寄りかかった姿勢で、笑顔で挨拶をくれるのであった。
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