「エンディングⅣ:それが私の捨て台詞」




 世界は無数に枝分かれる。

 一つ一つの行動選択の可能性が無限の未来に接続され、生命の意識は、層のように積み重なるそれらを一重ずつ断続的に辿りながら、あらゆる世界を同時に観測し続けている。ただしニンゲンは、同一平面上に無限に存在するが、全く同時にそれぞれ異なる事象を観測・体験し続けていることを相互には認識しない。それはヒトの持つ意識という名の観測機では、その膨大過ぎる情報量に耐えることができないからだ。


 無数に枝分かれ、無限に拡大しながら積み重なる世界平面を広範囲に渡って認識し干渉する力を持つ【輪廻転生開花の翼ユグドラヘイムラヴィア】とて、その全てを同時に観測することはできない。

 無限とは文字通り無限であり、際限はなく。

 いくら観測範囲を拡張したところで、そのまた向こう側に新たな非観測領域が生まれ続けるのみ。

 ラヴィアもまた、その世界平面を構成する要素の一つには違いなくて。彼女が何らかの行動を選択するたびに世界はまた、広がってしまうだけだからだ。

 故に、ある程度の範囲内にて自己の生存に必要な要素の選別を終えたラヴィアは、必要に迫られない限り他の枝にいちいち干渉しに行くことはない。

 放っておいても勝手に生えてくるし、勝手に折れたり、勝手に枯れたりする枝の一つ一つを、逐一意識するのも面倒なのだ。


『最も神に近い存在に至り、無限の深奥を極めようとも、結局のところ面倒なものは面倒なのであろうよ』


 いつだか、神に近い存在となったラヴィアの前に現れた別の世界の神が、そんなことを口にしていた。

 彼女は神として成熟し、殻を破って世界の外側を放浪し、他の様々な世界を鑑賞することに楽しみを見出す漂流者だった。ラヴィアの住む星に滞在していた時間は、彼女の一生からすれば非常に短い、さながら日帰りの旅行めいたものであったが、ラヴィアにとっては、共に存在した時間の最も長い相手だったかも知れなかった。


『面倒ごとが嫌いで。厄介ごとが嫌い。それは全ての存在の本質かも知れぬ。己が存在を脅かすナニカに、関わりたくないという生存本能の発露であるな』


『だったら、放っておいてくれたらよかったのに………………』


『それを主張するには、そなたらの星の【”Law”】は業が深すぎるというものよ。万が一にもそなたが健在であり、いよいよ神に至ろうことが知れれば、神の世界もひっくり返るであろうな……くふふふふふっ』


『…………』



 ――渡りの神、ノアズアークは。

 上位なる神々の襲撃により滅ぼされかけたラヴィアを救った、命の恩人だった。



『我が箱舟の権能により延命されたそなたの星は、の時まではその姿を保てるであろう。せいぜい力を蓄え、巣立ちの日に備えるがよい。再び会うのを楽しみに待っておるぞ』



 きっと彼女は、神々の世界を壊すつもりなのだろう。

 それも、自分ではなく、他人の手で。



 わたしは そのための どうぐ だ。





『くす。いいわ。乗ってあげる、あんたの甘言。私が神になったら、全部壊すわ。それからもう一度、作り出すの。今度こそやり直すの。私の『私たちの』『『我らの楽園を』』――ッ……!!』





 ……私は、ただ



 みんなに幸せになって欲しい、だけだった――









 *






 無数に分岐した枝の一つ。

 ラヴィアが、自己保存のために不要と判断し、その権能を持って断ち切ったことで宇宙の藻屑と化した世界の欠片。それを覗き込む”目”があった。



『……まるで、地獄ね』



 空色の髪をなびかせた村娘は、それと対照的に赤く染まった空の下、廃墟も同然と化した町中をひとり、歩いていた。

 彷徨っているという風ではなく、明確な意思を持って世界を見て回っている、そんな様子だった。


 遠くから、金属がぶつかり合うような音が聞こえる。

 サイレンのような耳障りな音が聞こえる。

 黒い煙があちこちから昇り、極めて不愉快な、腐肉のような匂いが立ち込めていた。


 ここはかつて、帝都と呼ばれる、この大陸で最大の都市だった。

 それが確か、二日か、三日か、それくらい前までの話だ。

 太陽が昇って、沈んで、それを数回繰り返す間に、人の気配はなく、建物は無惨に破壊し尽され、このような姿へと成り果ててしまった。


 崩壊した建物の隙間に、巨大な甲殻類の化け物の死骸が、無造作に挟まっている。

 武器として振り回していたであろうハサミの部分は無傷だったが、本体はまるで、巨大な万力に挟み込まれたかのようにいびつに潰れ、中身をぶちまけていた。凡そニンゲンの仕業ではなかった。

 ひとたびその光景に気付くと、今まで気にならなかった無数のが目に留まるようになった。

 よくよく見ればたくさん、落ちている。

 ヒトだったモノ。その一部。腕とか。足とか。でも、なぜか胴体と頭部だけが見つからなかった。多分……今落ちている部分は、のだ。だから、回収されなかった……。ゴミのように……、打ち捨てられたのだ。



 しばらく歩いていくと、未だに稼働している巨大な工場のようなものがあった。

 これが帝都の産業を支える、世界有数の巨大工場――……などでは、ない。


 どこを見てもニンゲンの姿の見えない世界で、今、この工場だけが稼働している。

 中からは、金属同士がこすれ合ったり、ぶつかり合ったり、ボイラーのような装置が激しく鳴動している様子がうかがえる。

 帝都に住んでいた者はみな、概ね今、この中にいる。

 ……生きているか、死んでいるか、その体が今も存在するかどうかは、さておき。

 この中に連れ込まれた者たちは誰も、誰一人として、外には出て来ていないのだから、みんなみんな、この中にいるのだ。……そうに、決まっている。……そうでなきゃ、…………。


 村娘は踵を返す。

 今、この中に入る必要はない。

 向かうべき場所は……



『――分かったわ。もう十分。私は、を食い止めたらいいのね?』



 彼女は不意に、赤き空に向かってそう告げる。

 すると…………不思議なことが起こる。

 真っ赤な空に瞬間、亀裂のようなものが入り、それが開いて――向こう側からぎょろりと、巨大な目玉が覗き込んだのだ。

 ヒトの目ではない。

 猫のような、縦長の瞳孔をした、金色の瞳だった。



『もういいの? 見ていかないの、工場の中。面白いのに』


『あのね。私、別にスプラッター趣味はないのだけれど?』


『特撮アクションよ。強化改造人間を作ってるんだから。折角だし、あなたも改造されてみる? きっと主人公になれるわ』


『そうね。どうせ死ぬなら最後はそれも悪くないかも』



 ――村娘はそこでピタと足を止める。

 ……囲まれている。こうして足を止めている間にも、、次々と現れている。

 …………不気味な、機械の体に。人間の頭部と、そこから伸びる脊髄を接続して生み出された、自律思考型機械兵士……材料さえあれば無限に生成される圧倒的な兵力により、帝都は僅か半日で壊滅したのだ。



『殺したニンゲンの頭を使って作るんだから、敵を殺せば殺すほどリソースが回復する、画期的なシステムね』


『とんだクソゲーだわ。運営に文句言わなきゃ。ゲームバランスをまともに考えられないやつはインディーズで好き放題やってればよくて、ゲーム運営に関わるべきじゃないのよ』


『くすくす。なんだか私怨混じりの言葉に聞こえるわね』


『あんたに言ってるのよ、ラヴィアちゃん』


『それなら安心して。これはインディーズよ』


『なるほど――納得のクソゲーだ……わッ!!』



 ――飛び掛かってくる四体の機械兵士に、村娘はそれぞれ一撃ずつ、手刀を見舞う。

 一体は頸椎を圧し折られ、機能停止。残り三体はそれぞれ腕や足を破損するも、怯むことなく再び突進を繰り出す。

 機械兵士は生体部分を破壊すれば停止する。すなわち頭部が弱点である。しかし、を格納する頭部の装甲が最も厚く、現実的に破壊可能であるのは、首しかない。まぁ、それは通常の人体の急所でもあるから、狙うのはそう難しくもないのだが。


『腕が折れても足が折れても全然ダメージになってないのが、最高に終わってるわね』


『くすくす。ジリ貧ね。どうするの?』


『たかが負けイベントでしょ。どうするも何もないわ。ただ、生きた体を動かすのが久しぶりだから、次のゲームに備えて準備運動でもさせてもらうわよ。あたしが死ぬか捕まるかしたら、適当に終わらせてちょうだい』


『くすくすくすくすっ、いいわね、あんた、最高に狂ってる……! あんたを選んでよかったわ、シエル。あんたなら、きっと…………!』



 ――四方八方からの、銃撃。さらに機械兵士に混ざり、大型の武装重機まで現れる。

 並大抵の戦士では、そもそも最初の四体の突撃すら捌けない。

 武装重機が出てくれば、もはや国家魔術師団の詠唱付き上級攻撃魔法さえも手数不足になってしまう。帝都壊滅の日にはこれが十数体出現し、開戦から一時間と持たずに帝国魔術師団が全滅したのだ。破壊できた武装重機は、ほんの数体だったと聞いている。

 しかし人類側の決定的な敗因は、むしろ海から上がってきた大量の黒い海産物の方。そいつらがニンゲンを片っ端から殺すから、『工場』で生産される敵兵の数が爆発的に増加してしまったのだ。

 海産物は最終的に機械軍団と戦っていたから、勢力図は三つ巴だった。人類にもう少し実力があれば、何とかその勢力争いの隙間を縫って絶滅を回避する道もあったのかも知れないが……。


 シエル、と呼ばれた村娘は、武装重機のクレーンの先端に立ち、敵勢力を視界に捉えながら呼吸を整えた。

 銃弾など当たらない。火薬で射出される程度の飛来物など、視えている。避けるのは簡単だし、人差し指を添えていなすのも難しいことじゃない。

 発砲の音さえ聞けば、射角も分かる。目で追う必要さえない。

 武装重機は頑丈だが、要は同じ素材で殴れば、普通に壊せる。武器ならそこらじゅう、無限にあるじゃないか。機械兵士という、ちょうど手頃な大きさのが。


 ……そう、機械兵士の頭部の重装甲にしても同じこと。

 それが二体もいてくれれば、頭同士をぶつけて終わりである。無論、相応の力を込める必要はあるけれど。



『うん、だいたい思い出してきた。……壊す、って、こんな感じね』



『くす、くすくすくすくす……あははっははははははッッ、これが負けイベント? 大した謙遜だわ。やっぱり、こいつらを滅ぼすにはあんたが必要だわ、準備運動は十分かしら? もうそろそろ戻ってもいいかしら?』


『焦ってんの? あんたの打ち捨てた枝の世界でしょ。時間制限でもあるっていうの? 存外、大したことないのね、世界樹の不死鳥様も』


『きひ、きひひっ、その軽口がしばらく聞けなくなるのは寂しいかな――いかにも、ここは捨てられた枝だわ。忘却の彼方へ、藻屑と消える世界だわ。よって長居は無用。あんたが敵の味を覚えたなら、目的は果たせた! これよりあんたを、我が本体の待つ、大聖樹世界平面へと接続するッ! 覚悟はいいわね!? あたしを楽しませる覚悟はッ!! 、ル・クーシェ・アルカシエル!!』


『お生憎様。その名はとっくに捨てたわ』




 ラヴィアの力が、シエルを包み込む。

 すると彼女の意識体がふわりと虚空へ舞い上がり、空に開いた猫の瞳へと吸い込まれていく。



 …………けれど。

 それでこの、打ち捨てられた枝の世界が、終わるわけではない。

 より上位の世界へと連れ去られたシエルとは別に、彼女はまだ、破壊した重機の上に立っている。


 結局、負けイベントは負けイベントだ。

 死ぬまで終わらないし、死なないと進まない。


 だから、捨て台詞が必要だろう。

 負け犬に与えられた、遠吠えの権利だ。






『――あたしはシエル。ひとりのか弱い、人間の女の子よ』












 ――そして。


 その枝を観測する全ての命は、潰えたのだった。



















【エンディングⅣ:それが私の捨て台詞】



***************


 実績を達成しました。




◆結局死んでない?

◆か弱いとは



 この枝は終端です。

 元の枝に復帰します。


***************



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