「ワタシのために」



「――村長はいるか」


 そう言いながら庭先に姿を見せたのは、ヒトツメ病院のアルギウス副院長だった。

 携えられた小包みに、奇抜な覆面が素早く振り向いて反応する。


「おう、おせーぞアル坊。ようやく完成しやがったか」

「ふん。文句ならば技術開発部に言うのだな。いったい何を作らせたのだ」

「あん? 聞いてねぇのか。端的に言やレーダーだよ」

「……海上で遠方の敵を補足する海軍の技術か?」

「あぁ。この魔導具はヒトツメ病院に備わる魔法効果の一部と共鳴し、遠隔で再現する。つまり森に入ったセイバーの位置を、ヒトツメ病院のオペレーションルームまで戻らなくても捕捉することが可能ってわけだ」

「馬鹿な……このシマで採掘可能な鉱石でそんな高度な魔導具など作れるはずが……」

「そりゃ並の人間が掘れる範囲での話だろ。俺様は別だ。ま、流石に量産は無理だがな」

「…………」


 ウロノスは早速その魔導具を取り出し、微量の魔素を注ぐ。

 袋から出された時はただの小綺麗な小石だったが、魔素を吸った瞬間に小さな魔法陣を展開し、ウロノスの右手に一つの魔法を発生させた。

 この便利な魔導具があれば、森で遭難したセイバーをより効率的に救助することも可能だろう。しかし今日、この道具はそれとは真逆の用途に用いられることになる。


「……さて。行くぞミカゲ」

「やるのだな」

「あぁ。やるぞ」


 すなわち――



「狩りの時間だ」





 *





「森に入ってくれたのは好都合だったな。下手な嘘で心を痛めずに済んだ」


 ウロノスに連れ添って森に入ったミカゲは、不意にそんな、心にもないことを口にした。

 日々が何の意味もない虚言に塗れた男である。

 今更に傷つくような良心など、何処にもない。

 それはウロノスもよく知るところで、だからこれが彼なりの、場を和ませようとする下らない雑談であることはすぐに理解できた。


「今更そんな言い訳が要るタマかよ、ジジイ」

「……私はプロだからな。与えられた仕事は全うするとも。私の平穏な生活のために必要であるならばどれほど道徳に反しどれだけ心を痛めようとも必ず成し遂げてみせるさ」

「はっ。頼れるねぇ。俺様より弱い時点で、どうせ出番はねーけどな」


 手の中で光る小さな石が、狙う少女の位置が森の奥であることをウロノスに教えてくれる。

 途中までは移動していたようだが、今は止まっているということまで詳細に伝わってくる。

 順調に行けばもうあと少しでたどり着けるだろう。



 イルフェとの初任務から数日が過ぎ、既にユハビィも、ヒトツメ病院とのを済ませている。

 よってヒトツメ病院に備わったにより、森林区の中に限り、彼女の位置情報を捕捉することが可能となっていた。

 これは本来なら負傷して動けなくなったセイバーを救助するためのシステムなのだが、まさかこういう使い方をすることになるとは夢にも思わなかった。

 ウロノスが、技術開発部に作らせていたこの石は、そのシステムに簡易的にアクセスすることができる魔導具である。

 彼の計画はこの石の完成予定日に合わせたものだった。まさにその当日に先手を打たれたのは、果たして何の因果だったのだろうか――その答えも、向かう先にいる少女に聞けば、すぐに分かるだろう。

 しかし同時に、そんな下らない質問をするよりも先に、その首を刎ね飛ばして、それで終わりだ――とも考えていた。

 手加減はしない。

 ……否。できない。

 なぜなら相手は『器』。

 そして恐らく『創世神器』とも相対することになる。


 隙など与えれば、むしろ死ぬのは――






「――死ね、クソ野郎」







 *




 ウロノスが覆面をしている理由はいくつか耳にしているが、そのうちの一つには、アーティとの交戦の可能性を想定していたからというのが、もしかしたら含まれていたのだろうか。

 ミカゲはその激戦の光景を辛うじて目で追いながら、そんな突拍子もないことを思っていた。


 ユハビィを追って森の中を走っていたら、いきなりアーティが現れて襲い掛かって来たのがほんの数十秒前。

 どうやって突然目の前に現れたのかを思い返してみると、そういえばあの瞬間、自分は瞬きをしたなというのが思い当たった。草木を分けて走っていたから、落ち葉が顔に当たって、反射的に目を閉じたのだ。その刹那のタイミングを見計らって飛び出してきたのだとしたら、なんという凄まじい反射神経と行動速度なのだろうか。そんなの、人間に可能な動きではない――とまで、思っていたのに。


「いや、なぜそこで反応出来るのだ。今の動きは絶対に有り得ないだろウロノス――」


 ミカゲの思っていた『人間』という生物の限界は、どうやらもう少し高いところあったらしい。

 ……もう少しどころか、だいぶ、先が見えないくらい、と言った方が正確なのかも知れないが。


 確かに覆面をしていれば、いつ瞬きをしたのかは悟られない。

 戦闘中でもアーティに隙を突かれることはないというわけだ。

 なるほど実に合理的――な、わけあるか。


 アーティが強いのも、ウロノスが強いのも、どちらも知っていたつもりだったが。

 眼の前で行われている戦いは、その前提を遥かに覆す規格外な内容であった。


 創世神器、【探求、結束、或いは掌握クルーエル・アームズ】――アーティが装備するマフラーが変化した巨大な、赤と青の、二つの腕。血のように赤い腕はひたすらに破壊を求め、木々の合間を駆け抜けるウロノスを追いかけて豪快に木々ごと薙ぎ払っていく。樹木如きの質量では止まらない圧倒的な暴力。さらにその指先は鳥類の足のように鋭く湾曲した爪の形で、掴まれれば一巻の終わり。そうでなくても触れただけで引き裂かれ、全身まとめてバラバラに切断される光景が目に浮かぶ。

 ――しかし、それほどの攻撃力がすぐ近くで暴れ回っているというのに、ウロノスはといえばその全てをただ身体能力だけで回避し、こともあろうに、手に持った剣でちょくちょく反撃まで挟んでいる。何でそんな真似ができるのか、まるで意味が分からない。

 とはいえそれでもやはり反撃は容易には通らない。

 破壊的で破滅的な赤い腕の対になるように、青い腕が鉄壁の防御でその全ての攻撃を撃ち落とすからだ。

 あまりの速度のためにもはや同時に行われているかのように錯覚するほどのウロノスの連続攻撃を、これまたほぼ同時に展開されているかのような無数の防御で、徹底的に、一つたりとも通しはしない。

 残像で何十本にも増殖したように見える青い腕が空を覆い隠す異常な光景の中で踊り狂う二つの影をただただ追いかけるだけで、ミカゲの体力は削られ続けていた。


「――よぉッ、元気そうじゃねぇかクソガキ!! 会いたかったぜッ!?」

「ああ、お陰様で元気だったよ。オイラはできれば、会いたくなかったな――!」

「招待状出したのてめぇだろが! ツレねぇこと言うなよなァッ!!」


 ――そしてそれだけの戦いを繰り広げながら、お喋りまで交わす余裕があるというのが、一番理解できなかった。

 何なのだあの男は。意味が分からないのはいつものことだし、それは前提として理解はしていたはずだが。今日、その認識は大幅に更新される。

 いくら強いからと言って、創世神器と渡り合うような者を人間と呼べるわけがない……。

 やはりウロノスは、正真正銘、化け物だったのだ。

 そういえばシマに住み着いているという正体不明の不死鳥(※キリム)を討伐したとかいう噂も、ひょっとしたら真実なのかも知れない。不死鳥が村に来るようになって、本当は人間に対しそれなりに友好的だということが発覚したため、「実はウロノスは不死鳥とは戦ってはいなかったのではないか」などと言われていたはずなのだが……。


だと? 猫かぶりやがってよ! 俺のことブチ殺したくてウズウズしてたみてぇな目ぇしやがって!!」

「否定はしない。そんなに死に急ぎたいなら手伝ってやるよ」

「ははッ! 上等だぜ行くぞオラ!! これならどうだ!?」


 ――『斬刀流、百蕾びゃくらい』――!


「!!!!」


 斬撃など届くはずもない距離で唐突に行われたウロノスの

 意味も意図も分からない。……しかしアーティは己が身に迫る危機を敏感に察知し、本能的に青き腕で防御を行う。

 ――瞬間。

 を前提として割り込ませた青き腕が、まさにその想定と寸分違わぬ位置で凄まじい衝撃を受け、弾き飛ばされる……!


「がっ……!?」


 ――ありえない。

 ――届くはずがない……!

 ……いや、違う。駄目だ。

 今は計算外そんなことを気にしている場合ではない。

 観測された事実は単純にして明解だ。

 のだ。

 理由などどうでもいい、

 だから、ここからはそれを前提に戦いを組み立て――


「――もいっちょ行くぜ。『百蕾びゃくらい』ッ!」


「!!」


 ウロノスの姿がない。

 声が聞こえたのは明後日の方角。

 見失った? なんという速度……!

 咄嗟に声の位置から逆算した方角へ防御を試みる――が……!!



「――った……!」


 ――二発目はフェイク。

 初撃で印象付けた強力無比の遠隔斬撃を捨て石に、ウロノスは防御のために振り向いたアーティに対し、さらにその背後を完璧に奪い去る。

 アーティは強い。創世神器を扱っているからというだけではなく、素の戦闘力も決してウロノスに劣っていない。ミカゲでさえ目で追うのがやっとのウロノスの攻撃にしっかり反応できているのがその証拠だ。

 

 単独でどれだけの実力があろうとも。

 創世神器の力で、実質、ウロノスを上回る実力を持っているとしても。

 実戦経験というただ一点において、彼はあまりにも、


 

 ミカゲはそれを確信した。

 しかし彼の刀の切っ先がアーティの体に触れるか否かの刹那。


 ……アーティは、極限まで圧縮された時間の世界で、さながらゆっくりと、振り向いてウロノスの顔を見つめ返す。

 

 

 そう、目で語るかのように――深淵の如き深い、赤い瞳が、ウロノスの姿を完璧に包み込む。


 ……このままぶつかっていたら、果たして最後に勝ったのはどちらだったのだろうか。

 結論から言えば、二人がぶつかることはなかった。

 あと少しで、どちらか片方の思惑が成立する――その直前。

 が二人の間に生じて、そこに激突したウロノスが、自身の放った斬撃の反動でだいぶ遠くの方まで吹き飛ばされ。アーティもまたその壁に頭を強打して、地面に墜落したのである。


 そして、慌てた様子で茂みから飛び出してきたのは。



「はぁっ、はぁっ、あ、危なかった……!」



 渦中の人物。

 このシマではフェルエル以外で唯一、緑色の髪を持つ少女――



「何を……はぁっ、……。何をやってるんですかっふたりとも!! お願いですから、ワタシのために争わないでくださーい!!!」



 ユハビィ、であった。



 *




 話し合いをするのなら、テーブルは必要だ。

 当然、椅子も人数分必要だろう。

 観戦したい人がいるかも知れないから、その分の椅子も並べておこう。


 足元の草は綺麗に刈り取って、置くのは真っ白な丸テーブル。

 それを覆うように、綺麗な半球状の屋根を立てれば、そこはまるでちょっとしたお茶会の舞台のよう。

 きっと話は長くなる。ならばお茶も必要だ。茶菓子もあった方がいい。

 さぁ、お客様をお迎えしよう――



「――というわけで、アーティさん。村長さん。痛いのは駄目です。怪我をするのもさせるのもよくありません。言いたいことがあるなら思う存分に語らって、言葉で決着をつけちゃって下さい! ワタシとミカゲさんは、観戦席で見守っていますので!」



「「――いや、どうしてこうなった???」」











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