「ユハビィとアーティ」
ここは、人間が住める島ではないのかも知れない――
アディスは率直にそう思った。見上げても尚、全貌の掴みかねる大トカゲをその目に映しながら。
世間一般では確か恐竜と呼ばれる類の生命体である。
大昔に絶滅したと聞いていたが、どうやらこの島ではまだ生き残っていたらしい。
まぁそんなこともあるだろう。太古のロマンだ。未確認の大型生物はきっとまだどこかに存在している。たまたまそれがこの島だったというだけの話。
「あー……図鑑では緑か黄土色だった記憶があるが……どうやら真っ黒が正解だったようだな?」
『グルルルルルル……』
「……とか言ってる場合じゃねぇえええ! フライアを守れギグラッ!!」
「
「おまえ今絶対にルビを有効活用しただろ!? 知らんけど!!」
「心・技・体、健全な精神は健全な肉体に宿る――筋肉とは心だ!」
「うぜぇ! さっさと行けッ!!」
剥き出しの大きな牙。その奥から零れる涎と唸り声。そして巨木のような前足は、ギグラを退却させるのに手間取るアディスの目の前に降って来るや、凄まじい音を立てて砂浜を抉ってみせた。
あんなものに踏まれた日には身体が二次元になってしまうこと請け合いだ。すぐさま
心なしか黒い外皮が、甲虫を通り越して甲冑のように見える。
ばきばきと木々を踏み倒す姿は、さながら鋼鉄の戦車だ。
「がんばれー、アディスー!」
「それ今夜の晩御飯にしましょう、絶対に逃がさないで下さいねーっ」
「筋肉! 筋肉だぞ、船長!」
「いい御身分ねあんたら!!」
ギグラと合流し、安全な小型艇から応援の声を上げる残りの面々。全くもって自分たちの船長を心配する素振りの見えないところが気になるが、とりあえずそこにいれば戦闘に巻き込む心配はないだろうと前向きに解釈しておく。
次々繰り出される無慈悲のスタンプ攻撃から、アディスは浜辺を転がるように逃げ回る。このサイズの怪物との連戦など人生初。これは骨が折れるどころの騒ぎじゃない。下手したら全身バッキバキになるし、最悪胃袋の中でシチューになってしまう。それだけは避けなければ。
呑気な声援を背に、アディスは大トカゲの側面に回り込む。トカゲ自身の腕を死角に使い、懐まで飛び込むが――その時、アディスは驚愕の光景を見た。
「ああああああああっ、落ちるぅぅうううううう! アーティさんのばかああああああああ!!!」
「……なんということでしょう!!!」
――大トカゲの背中の上に、緑色の髪をした元気の良さそうな女の子が、しがみついているではありませんか。
「いやそれどういう状況ッッ!?」
並大抵のことでは驚かない自信を備えつつあったアディスさえ、ツッコミを禁じ得ない状況がそこにはあった。
こんな大きなトカゲが普通に現れたことはこの際どうでもいい。
どうしてその背中の上に、か弱そうな女の子が一人でしがみついているのだ。
今にも振り落とされそうになりながら、それでも懸命に耐えているその忍耐力は評価したいが、それはそれとしてさっさと助けなければ。
……だが、そう思うならば彼は大トカゲの懐に飛び込むべきではなかった。知らなかったのだから、今更言っても仕方ないのだけれど。
「ふぇっ、ひぎゃああああああっ!?」
懐への侵入者に対応するべく、全身を派手にくねらせ方向転換する大トカゲ。少女は、その反動でついに滑り落ちる。
それに気付いたアディスは弾かれたように飛び出すが、回り込む大トカゲの鋭い牙は空中で合流しようとする二人の座標を正確に捉え、一石二鳥の構図を完成させていたのだった。
(……ッ……あったま良いなこのトカゲッッ!!)
――紙一重だ。やることは単純だが、どれか一つでも誤れば死ぬ。
まずは空中で少女を掴み、引き寄せる。その反作用を利用して攻撃の予備動作を兼ねつつ方向転換。そしてあの大きな牙が到達するよりも速く、迫るトカゲの額に魔剣を突き立てる。最後の一手は早くても遅くてもいけない。相手の力をも利用したカウンターでなければ、あの巨大クジラの時のように黒い外皮を貫くことは恐らくできないだろう。それはまさしく刹那の攻防。瞬き一つ分のズレさえ、認められない。
(――だが、俺には出来る。……やれるだろ、俺ッ!!)
どの分野であれ、持つ者と持たざる者を分断する最後の一線というものがある。
それは、『成功のイメージ』。あらゆる難局においてさえ、それを成し遂げる未来の自分の輪郭を完璧に描き、そんな景色を強引に手繰り寄せる予知の如き先見。これを持つ者に、持たざる者は決して敵わないのだ。
アディスの全身に刻み込まれた歴戦の経験値が蒼き一筋の光となって、閉ざされた猫箱の向こうで無限に揺らめく不確かな未来予想図を貫く。
射抜いたのは、望む結末ただ一枚。
それ以外の全ての幻想は掻き消え、跡形も残らない。
持つ者の前に、未来は揺るがないのだ。
そんな絶対のイメージが、彼を望む未来へと
「ちょうどいいや。そこのおまえ、オイラの足場になれ」
「は……?」
……いったいどこから降って来たのだろう、その少年は。
不安定極まりない空中という舞台にありながら平然とアディスを踏みつけ、大トカゲに突っ込んでいく――その姿はまるで空を歩いていくかのように軽やかで。
「おー、まだちゃんと生きてたな。オイラちょっとだけ心配したぞ」
「ひとでなしぃぃいいっっ! 死んだら呪ってやるぅぅぅううっ!」
けれど、そんな軽やかさはすぐに激しさへと変わる。
少年の首に巻かれていたマフラーが、僅かな時間を費やすこともなく、赤と青の『腕』に変化した。その一部始終を視界に捉えていたアディスですら、時間が数秒飛んだのかと錯覚したくらい、それは突然の変化だった。
……だが、速いのはさらにそこから。もはやアディスの目にすら、捉えられたのは無数に描かれた赤と青の光の軌跡のみ。交錯する幾何学模様の残光に貫かれたトカゲの怪物は、一呼吸の後、いくつかの肉塊へと姿を変え、崩れ落ちていく――。
爪だ。
鍵爪がある。マフラーが変化した腕の先に、まるで鳥類の足のような形状の。
その攻撃力は……魔剣精製で生み出される圧縮された魔素の剣とは、一線を画す。
もはや魔法などではない。そういう次元の攻撃力ではない。一目見て理解する。あれは――神器だ。……それも、たぶん、かなり上位の……!
アディス一家の誰もが、人生で初めて目視した神の力。
船からそれを見ていたフライアたちも同様に、ただただ驚愕、絶句する。
……そして眼前に砂浜が見えた辺りで、アディスは自分が踏み台にされ、地面に激突寸前であったことを思い出した。受け身など、間に合うはずもなかった。
*
「よう。誰だか知らんけど、ナイス踏み台だったな。才能あるぞ、おまえ。うんうん」
頭から砂浜に突き刺さっているアディスに、彼を砂浜に突き刺した張本人である少年は、気さくに声をかけた。
口調も態度も極めて温厚で、悪意の一切が感じられない。他人を踏み台にしたことに対して、心底、悪気の欠片も抱いていない様子である。
その隣でマフラーにぐるぐる巻きになって藻掻いている少女がいることについても、全く気にしている様子がない。客観的に見てとんでもないサイコ野郎がそこにいた。
「アーティさんアーティさん! 助けてくれたのは感謝してるんですけど! 絡まってるんですけど!!」
「そうかそうか、絡まっちゃったかー。可愛いなぁおまえは」
「え、えへへ。そうですか? 可愛いですか?」
「あぁ。可愛さ十割引きだ」
「十割も!? やったー!」
「なくなっちゃってんじゃねーか可愛さがよ」
全ての可愛さが割り引かれ何も残っていない可哀想な少女が何も知らずに喜んだ辺りで、砂浜から抜け出したアディスがツッコミを入れる。
「くっそ……てめぇ、よくも俺を踏み台にしやがったな……」
「待ってくれ、話を聞いてくれ。悪気は無かったんだ。本当なんだ信じてくれ。この目を見てくれ。これが嘘をついている人間の目か?」
……そう言って少年はマフラーを自在に操り、そこで絡まっていた少女の顔を突き付けて来た。
いや見るのおまえの目じゃないのかよ。
困るんだよ無関係な第三者の目を見せられても。
くりっとした丸い目だなとしか言えないんだよ。
「どうなんだ。感想を言え。うちのユハ子の目をじっくり見て、どうだ、どう思った?」
「どう思えば正解なんだ」
「そうやって人間はすぐに答えを求めようとする!!」
「特大のブーメラン投げるのやめろ! 誰なんだよおまえは!?」
「オイラか? オイラはアーティさんだ。森の賢者と呼ばれたい……」
「願望なんだ……」
「そういうおまえこそ何者だ? オイラのファンか? 悪いが写真はNGだぞ。安売りはしないタイプだからな。まぁどうしてもというなら既にさっき踏み台にした時、背中にサインを入れといてやったからそれで我慢しろ」
「あーーーッ!? マジだこいつッ!? マジかこいつッッ、俺の服にうわよく見たらすげぇ繊細な刺繍!! かっけェ!! 売り物になるレベルッ!! 何こいつマジで!!」
ジャケットの背に、「アーティさん」という刺繍が施されていた。職人芸だった。確かに安売りなどされようはずもない完成度だった。服のデザイン性が大幅に向上し、一瞬にして都会派ファッションの雰囲気を放ち始めている。あまりに出来がいいので頭ごなしに否定できない。感謝すら覚えた自分が悔しい。
「くっ……マジで何者なんだおまえ……。いったいこの島は何なんだ!?」
「お。知りたいのか……この脱出不可能な絶海の孤島に秘められた、聞くも涙、騙るも涙の真実の物語を……」
「騙るんじゃねぇ、語れ」
「なぜ分かった……。まさかおまえも『観測者』なのか……」
「なんか知らんけどおまえならそう言ってそうだなって思ったんだよ!」
「なんと……分かり合ってしまったというのか。どうやらオイラたち、前世ではソウルブラザーだったようだな」
「そうかもね! もう否定しねぇよ! どうでもいいからざっくり教えてくんないこの島のこと!?」
「えー? それはどうしようかなぁ、うーん……」
アーティと名乗った少年は、そこで少し考えるような素振りを見せる。
そして、にこりと笑いながら、とんでもない言葉を口にした。
「いやー、流石にそれはめんどい。あっち行けば村があるから、そこで変態覆面クソ野郎にでも聞け」
「は……?」
「オイラこう見えて忙しいからな。もう帰る。じゃな」
「いやいやおいおい! ちょっと待っ――」
直後、彼はユハ子なる少女と、トカゲの肉塊の一つを持ち去り、腕マフラーの凄まじい膂力によるとんでもない跳躍で、そのまま森の彼方へと消えていく。
残されたアディスたちは、残されたトカゲの肉片と、飛び去った少年の方角を交互に見比べながら、暫くその場で、立ち尽くしているしかないのであった……。
「えぇー………………?」
*
後日。
【森林区】。
登頂すれば【居住区】にある村を一望できる大きな山。
その中腹に人知れず建てられた、小さな小屋にて。
「――それでですね。アディスさん御一行様はとりあえず、あのおっきい船で暮らすみたいですよ」
「ふーん。それはよかったな。だが、本当にそれでよかったのかな……ククク、後悔しなければいいがな」
「何言ってるんですか、良かったんですよ。自分でそう決めたなら。それでですね、それからですねー、えっと何でしたっけ?」
例の二人。ユハビィとアーティは、昨日の残りのトカゲ肉を煮込んだスープを囲みながら、談笑に耽っていたのだった。
二人が一緒に住み始めたのは、いつからだったか。
もうじき一年は経つかも知れない。
小屋に先に住んでいたのがアーティで、そこに後からユハビィがやってきて今の形になった。
出会ったのは森の中――で、いいのだろうか。薪にする予定で持ち帰った倒木の中からユハビィが生えて来たのが全ての始まりである。
比喩ではなく本当に生えて来たのか、それとも単に中に隠れていたのか、或いは閉じ込められていたのか。真相は誰にも分からない。
何故ならアーティは物事を複雑に考えない。樹から少女が生えて来たところでそれはそれとして受け入れるし、興味が無ければ詮索もしない。一番変わっている自分のことを棚に上げ、『木から生えてくるなんて変わった女もいるものだな』くらいにしか考えないのだ。だから物事の理由なんていちいち気にしないし、調べもしない。
ただ、そんな彼ではあるが、意図せず生えて来たキノコみたいな奴とはいえ拾った以上は最後まで面倒を見るのが人情というものだろう、などということを考えたりはした。
なので最初は言葉すらろくに話せなかったユハビィの世話を続け、僅か半年で、一人前の島ガールへと成長させたのだった。島ガールが何なのかは誰も知らない。
その後、村にある診療所――ヒトツメ病院で見てもらったところによれば、記憶喪失であることが判明した。
過去の記憶が欠落している点を除けば、ほぼ間違いなく普通の人間である――とのことだった。
ちなみに、村に行ったのは後にも先にもそれっきりである。
その後はずっと山小屋で暮らしていた。
アーティは村のことを悪く言ったりはしていないが、あまり関わりたくないようだった。
「――海じゃなくて、村に住めばいいのにな。弱っちいんだから」
「海の上の方が落ち着くんですって。探検隊……じゃなくて、冒険家だって言ってましたよ?」
「似たようなもんだろ。ん? てことは今頃はシマの探索でもしてるのか? あんまり山の中をうろうろされたくはないなぁ」
――例の大トカゲを追いかけていた先で見掛けた冒険家たちの顔は、アーティには思い出せなかった。一瞬だけ踏み台にした記憶はあるが、踏み台にくっついていた顔のことなど、いちいち覚えてはいない。アディスという名前も、さっき聞くまで普通に忘れていた。そういえばそんなやついたっけ、くらいの関心度だった。ソウルブラザーとは何だったのか。
興味のないことは本当に何も覚えないアーティとは対照的に、ユハビィは記憶喪失ではありながら物覚えが良く、あの一瞬の出来事の間に出会った彼らの顔はしっかり覚えていた。
しかもあの後彼らの船に遊びに行き、親睦を深めて来たらしい。大したコミュ力である。
ユハビィの話で分かったのは、とりあえずあの連中が悪い奴らではないことだけだ。
そこまで分かっていれば十分だろうと、アーティは思う。それ以上の情報は要らない。悪ければ関わらないようにするだけだし、悪くなければどうでもいい。それだけのことなのだ。
「はぁ……うらやましいですねー。船に乗って、いろんなところに自由に行けるのは」
「それももう二度と不可能なんだなって思うと、涙が禁じ得ないよな。ハハハ」
「笑っちゃってるじゃないですか。笑うとこじゃないですよ!」
「涙は明日にとっておけ」
「深いようでよく分からないこと言いましたね?」
「言葉の深さなんて、受け取ったやつが勝手に決めることだよ」
「それは本当に深い言葉かも知れないですね?」
トカゲ肉のスープをおかわりしつつ。
中身のあるようなないような、気ままな雑談はずっと続く。
無口で不愛想な外見や表情とは異なり、アーティは割とよく喋る方だった。よく喋る割に肝心なことを言わないタイプだった。対するユハビィもお喋りが好きで、中身はあってもなくても気にしないタイプだったので、相性は抜群なのだった。中身がない会話だけで、平然と五時間くらい話し続けることもある。それも二人が最高に噛み合っているからこそだろう。
この島からは出られない。だからこのままずっとここで暮らすのだ。でも、全然それで構わない。アーティと共に気ままに暮らせるならばそれ以上の望みなど無い。離れ離れになることなど考えられない。そうユハビィは思っていた。
記憶を失い、混乱していた自分を助けて、守ってくれたアーティの役に立つことが自分の使命なのだと――そう強く思っていたのだった。
ところが。
「そうだ。いい機会だしおまえも村に行け、ユハ子」
「え?」
急にアーティが、そんなことを言い出した。
台本にそんな台詞ありましたっけ? と、わけの分からないことを口走りそうになるくらい混乱したユハビィは、目をパチクリしながらアーティを見つめているしかない。少なくともユハビィが持っていた台本には無かったのかも知れない。アーティがそんなことを言うなんて夢にも思っていなかったことだけは間違いない。
「いい年した女の子がいつまでもこんな山奥で暮らしていちゃいけません。いい加減、村に行って、ちゃんとした結婚相手を見つけて来なさい」
「いやいやいやええええええ!? 何でですかアーティさん! 何で急にそんなこと言うんです!? ワタシとアーティさんは二人で一つみたいなとこあるじゃないですか!! 神と神じゃないですか!! これからも一緒に宇宙を創っていきましょうよ!?」
「駄目だユハ子。終わっちまったんだよ、オイラたちのGIGは……」
「そっ……そんな……!! ワタシの燃えたぎる
「それは庭の雑草にでもぶつけておいで」
かくして、ことのほかあっさりとユハビィは捨てられることになり。
必要最低限の荷物と一緒に、翌朝、村へと送り届けられたのだった。
「あ、アーティさん……」
村の入り口まで見送りに来たアーティは、しかしそれ以上、一緒についてくる気配が無い。
まるで彼だけは村に入ることの出来ない呪いが掛かっているかのように。
実際はそんな呪いは無いのだが、しかし思い返してみると、アーティはあまり村には行きたがらなかった節があったと、ユハビィは気付く。
もしかしたら過去、何かあったのかも知れない。
村から離れ、たった一人、山奥の小屋で暮らしているなんて――冷静に考えるとやっぱり、かなり不自然だ。……アーティが強過ぎるせいで、今まで全く気にならなかったけれど。
「元気で暮らせよ。ユハ子。オイラと一緒にいたら、おまえは幸せになれない。オイラじゃ、おまえを幸せにできないんだ。だから、フフッ……ここでサヨナラだ……!!」
「アーティさん……っ……それどこまで本気で言ってるんですか……!? 普通にちょっと分かんないんですけど!?」
「何も言うなユハ子……! 別れは、えっと、なんか新たな出会いとかの始まりなんだ。……出会いと別れを繰り返すたび、人は強くなっていくんだよ……! じゃあな……アディオーーーーーーーーース!!」
「アーティさんッ!? アーティさーんッッ!! ちょっと笑っちゃってるじゃないですかやっぱり! 何だその大根芝居!? 待って下さいアーティさーーーーーーーーーーーーーーんっっ!!」
妙な効果音と共に走り去っていくアーティを、しかしユハビィには止めることは出来なかった。
アーティの態度から察するに本気の行動でないことは分かるが、彼の一度始めた悪ふざけに対する一貫性には、実際なかなか侮れない部分がある。
もしかしたら本当に、これからは村で生きていくしかないのかも知れない。
今から小屋に帰っても、きっと敷居を跨がせてはくれないだろう……。
「ひぇぇ……これはちょっと、ワタシも予想外の展開……どうしよう……?」
今日まで一度も考えたことのないアーティとの離別に直面し、ユハビィはしばらくの間、村の入口で立ち尽くしているしかできないのだった……。
月は昇る。
星は巡る。
それが、とても当たり前のことであるように。
シマは今日も、呪いによって閉ざされている。
呪い解くことには、多くの痛みを伴うだろう。
その痛みが、さらに多くのものを引き裂くだろう。
どんなにささやかな幸せも。
神の夢見た理想郷でさえも。
それでも。
呪いはいつか、解かれなければならない。
彼女が目指した、未来に向かうために。
これは、翼を広げ、楽園を巣立つ雛鳥たちの物語。
枯れてしまった世界樹が、再び咲き誇るための……旅の記憶。
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