「エンディングⅡ:約束された未来へ」
「リィフ……
と、呪神ウグメは、納得したように頷いた。
――ここは、過去の世界。
百年と少し前の、呪神がまだ殺されていない世界。
次の世界樹の開花まで、もうあと一年を切ったくらいの頃である。
未来のウグメの力でこの地に降り立ったリィフは、真っ先に外洋に飛び出した。そうすれば脱出を阻止するべく、この時代のウグメが姿を見せる。だからまずは、そうするのが手っ取り早いと思ったのだ。
背中に羽を生やす方法も、飛び方も、体が覚えていた。
あの指輪が眠れる不死鳥としての力を呼び覚ましたからだろう。
森を抜け、真っ直ぐ海へ。
海鳥を追い越して水平線を目指す。
そしてウグメは目論見通り、すぐに姿を現した。
特に感動の再会というわけでもない過去の彼女の第一声は――物凄い嫌そうな顔をした「……何、おまえ?」だった。
「……【Law】、が、何、それ……気持ち悪……。見てると酔いそう……おえ」
「ひっ、ひどくない!? 初対面の人に向かって!?」
「……何その変な嘘? 初対面ではない。……私は覚えてないが、おまえは私を知っているはず。おまえの魂に私が触れた痕跡がある。なんで? どういうこと……? 何なのおまえ? 殺していいの? 私それでアウト判定喰らう? 微妙過ぎる……正直関わりたくない……帰って欲しい……」
「大半何言われてるのか分かんないけどそこまでボロクソ言うことなくない!?」
とにかく、とにかく、とにかく心底、本気で嫌そうな顔をするウグメを説得するのにざっくり一時間くらい費やし――それでようやく、彼女は私がどういう存在であるのかを、私の認識と同じであるかどうかはさておき、彼女なりに理解し、納得してくれたのであった。
「はぁ。何やってんの未来の私。意味分かんない。私が死ぬとか有り得ないじゃん……」
「本当に無理なの? 人間が、何らかの方法で呪神を殺すって」
「無理でしょ。……っていうか可能だとしても、そうだとは言わないけど。だってバレたら殺されるじゃん私」
「それはまぁそうだけど。可能かどうかだけでも」
「……………………」
己の命に係わる話である。ウグメは言い渋ったが、腕を組み、暫く唸り声を上げつつぐるぐると思考を巡らせた末、ついに言った。
「方法は、ないこともない。ただ……はっきり言ってその方法で死んだとしたら、私、マヌケ過ぎる。馬鹿なんじゃないの? 未来の私」
「そうなんだ……」
「本当に、馬鹿としか言えない。どっかの不死鳥みたい。少なくとも私は死なない。死ぬわけないでしょ。どいつもこいつも馬鹿ばっかり、馬鹿馬鹿しい」
「うーん……そうなのかなぁ……」
ウグメの思い当たる、人間が呪神を殺す方法とやらは。
どうやら相当、彼女にとってマヌケで有り得ないものらしくて。
だけど現実、このシマが解放された未来を知っている私としては、それで納得できるものではないのだった。
どうせ簡単にはいかないだろうと思っていた。
この難題を解決するために私は未来からやってきたのだ。
これから一生懸命、やれるだけのことをやっていくだけである。
開花のリミットまであと一年ほど。何とか、犯人を見つけ出して、呪神殺害を阻止してみせる。私の、幸せな未来のために――。
「――それにしても、どうしようかなぁ。ねぇ、本当に、ほんっっとーに、あなたを殺した犯人の手がかりとか、何もない?」
「ない。私を殺せる者がいるなんて、考えられない」
「むぅ…………」
無感情、無表情ながら――ウグメは言い放つ。
過去のウグメ、冷たいなぁ……。
未来で会った時はもう少し人間っぽかった気がする。
「私は誰にも負けない」
「でも、事実として未来のあなたが言うには、この時代で実際に殺されたって」
「それを私が言ったのなら、私は死んでいないんじゃないの? やっぱりおまえ、馬鹿なんじゃないの?」
「それはそうなんだけど馬鹿じゃないよ! 馬鹿馬鹿言い過ぎでしょさっきから! 馬鹿って言う方が馬鹿なんだよ!」
「――よし、できた」
「人のツッコミをまた綺麗にスルーしたねぇ……! 何ができたって?」
「あげる。おまえの気持ち悪い【Law】を何かこういい感じにする
「いや、食えって言われても、何も見えないんだけど」
「良い食べっぷりだ。そんなに腹が減っていたのか?」
「もう食べちゃったの私!?」
会話の流れに身を任せている間に、意図せず呪われた神に何かされてしまった……。
何をされたんだ……全く自覚が湧いてこない……。
「気持ち悪いおまえに、ちゃんと名前を与えた」
「気持ち悪くないもん。名前?」
「今日からおまえは、『
「何だかよく分からないけど、分かったよ……」
「はいかイエスで答えろって言ったよね馬鹿」
「はいはい!!」
「2回も答えてくれるなんて感激だ、ロゼロゼ」
「変なあだ名までつけてくれて私も感激だよ……」
本気で心の底から気持ち悪そうな顔をしているのが、少しでもマシになるならばと思い、私はその得体の知れない注文を了承する。……するとその瞬間から、ようやくウグメの表情が、普段通りただの無表情に戻ったのだった。
「よし。スッキリした。あぁ気持ち悪かった。吐くかと思った。何でおまえみたいな奴がこの世界にいたんだ。これでよい。秩序は保たれた。おはよう世界、君は救われた。よかったな本当に」
「名前一つで大袈裟なんだねぇ、神様って」
「全ての終わりに、残るのは名前だけだ」
「あぁそれ、何だっけ。昔の偉人の。テイラー=リンドヴルムの言葉だ」
「奴は宇宙艦隊を率いて私に挑み、そしてこの海に散った。敬う気持ちがあるなら祈ってやればいい。きっと奴の魂も浮かばれよう」
「晩年、消息不明ってそういうことだったの………………」
そういうわけで、私の名前はリィフから、ロゼになった。
恐らく、ウグメは与えたのだろう。この時代に役割を持たず、台詞も、出番も無く、観覧席に座席すら用意されていないはずの私に……そこにいても良いという、権利を。今はまだ分からないけれど、何となく。それが彼女の言う、【Law】なのだということが、うっすらと感じられたのだった。
私の、不死鳥としての新たなる肩書き。
『
それはまだ、この世界の誰も知らないはずの存在。
七翼の王の、本人さえも知り得ぬ、八番目の翼。
その正体は、隠していかなければならない。
新たな名前で。新たな未来を切り開くのだ。
「――見たところ不死鳥と言っても、おまえの中身はほとんど人間と変わらない。せいぜい気を付けろ。でないと、死ぬぞ。普通に」
「分かってるよ、自分の身体だもん」
今の私にできるのは、せいぜい翼を生やして空を飛ぶ程度。他のちゃんとした不死鳥のように、鳥と人の姿を行き来したりだとか、まして他者の命を奪って自分の寿命に加算する力なんて無い。
正体がヒトではないというだけ。姿も能力値も、平均的な人間と変わらない。
この時代に存在したという自衛組織、セイバーズの戦闘員の中に混ざれば、間違いなく平凡を絵に描いたような成績を叩き出せることだろう……。
「強くならなきゃ……とは思うんだけど。時間、ないよねぇ……」
「人の子は、配られたカードで戦うのみである」
「神様みたいなこと言うね」
「神様だからな」
配られたカード、か。
今の手札はとても少ない。
私の不死鳥としての最大の権能は今、この瞬間も、この世界そのものを欺くのにリソースのほぼ全てを使用し続けている。
この身に僅かに残された力だけでは、せいぜいほんの少し人に気付かれ難い程度の隠密効果しか発揮しない。
実に地味で、何とも心許ないカードだ……こんなのでどうしろと言うのだろうか。
「もうちょっと派手な能力があればなぁ……」
「十分派手なんですけどー!?」
「わひゃぁッ!?」
己の非力を嘆いていたら、急に下(海面)から人魚が飛び出してきた。
誰だっけ。そうだ、メロウだ。呪神は、ウグメだけではないのだった。
「ロゼちゃんのそれは! 時を遡る力と組み合わせれば歴史改変すら可能な力なんですけど!? 要らないなら私が欲しいんですけどーっっ!!」
メロウは駄々っ子のように喚き散らす。なんだこの神……。
「だってそれはつまりアレじゃないですか。いわゆる探偵権限に匹敵する、犯人の資質! 計画された事件を起こすまでは主人公にすら妨害されない能力ッ! 対象を必ず殺す力ッ!!
「そんなの手に入れてどうするの……絶対ロクなことしないじゃんこの神……」
「しっ、心外な……! いつもよりもスリルを感じる遊びをするのに、ちょっと利用したりするだけです……悪いことになんて使いません!!」
「何、スリルを感じる遊びって……」
「ロゼロゼは知らなくていい。おまえは健全に生きろ」
「……???」
「あーっ! グメちゃんひどいっ、私のことはあだ名で呼んでくれないのにっ、なんでロゼちゃんはもうあだ名なの!? ずるい! ずーるーいー! ぐーめーちゃーんーっ!!」
「そのグメちゃんっていうのやめて。私はウグメ」
「いやだーっ、思い出してグメちゃん、昔みたいに私のことをメロたんって呼んでーっ!」
「何を言っているのかサッパリ分からない。ごめんねロゼロゼ。五月蠅くて気持ち悪いのがセットで」
「五月蠅くて気持ち悪いのっ!?!??! がぁ、ん…………そんな…………ひどい………………ぶくぶく……」
あまりに衝撃的で粗末な扱いを受け、メロウは海中に、泡となって沈んでいく……。まさに人魚の末路だった。なんでそう思ったのかは知らない。
「呼んであげたら……? メロたんって」
「嫌よ気持ち悪い。馬鹿じゃないの?」
「かわいそうなメロたん……」
仕方ないので、代わりにそう呟くロゼだった。
ここにいる者たちは、誰も知らない。
メロウがどれだけ喚こうとも、ウグメがもう、それに微笑んだりすることがないということを。
このウグメが、かつてのようにメロウの『友達』であるような素振りを見せることは……もう二度と、決してないということを。
それは未来のウグメが、歴史の終端に触れ、致命的な風穴の開いてしまった世界を閉じるために、同一時間軸上に連なる自らの力の全てを集め、自分自身を、結界を維持する楔にしてしまったからだ。
それによって必要最低限の記憶と人格、戦闘能力を残し、それ以外の全てを使い果たしてしまった。
だからもう、あのウグメはこの世界の何処にもいない。
彼女は人知れず、閉じられた箱の中で、永遠の眠りに就いている。
そのことを……誰も知らない。
だから。
それはそれで幸せなこと。
知らなければ……誰も、傷つかないで済むのだから……。
「――それじゃ、せいぜい頑張れ、ロゼロゼ。おまえの『可能性』、私に見せてみろ」
「ぐーめーちゃーん!! わたしにも頑張れって言っぶぎゃふっっっごほぁっ……」
「失礼、ヘンなノイズが入ったわ。機材の調子が悪いのかしらね」
「あの……今、メロたんがオナカに風穴開けて沈んでいきましたけど……」
「神はあの程度では死なない」
(悪魔だ……?)
……かくして
犯人の手がかりも、惨劇の回避方法も、何一つ分からないまま――新たな名前と、呪神の一方的な期待をその肩に背負って。
「おまえなら大丈夫。そんな気がする」
「はぁ。まぁ……頑張りますよ。私だって、取り戻したい未来があるんだから」
――そう、大丈夫。
――いつか、彼女は辿り着くだろう。
彼女の望む未来に。
彼女の願う結末に。
僅かな奇跡の確率に、彼女はきっと勝利する。
それが彼女の、翼の魔法。
独りではない。
助けはきっとある。
それが
***************
実績を達成しました。
◆歴史の改竄者
◆八番目の不死鳥
◆メロたん貫通事件
新規ルートが解放されました。
『ルートXX』へ接続します。
***************
◇◇┐◆
『ルートXX:咲き誇る世界樹』
◇◇◇
――かつて。
あの絶海の孤島は、立ち入れば二度と外には出られないところだったという。
今は定期便がひっきりなしに出入りしている、ただの観光地だ。誰でも入れる。簡単に出られる。漁業と観光で成り立つ、小さな町がある普通の島。
私はそこに、三年振りに帰る。
懐かしい海の匂い。潮風に髪を靡かせて。甲板で、船と並んで飛ぶ海鳥たちの声に囲まれながら。
「んんんーーーーーーっ、懐かしいなぁ。変わってないなぁっ」
前に来たのは、修学旅行の時だったっけ。
現地の人の家に、ホームステイをして。島の歴史を見たり聞いたりという、体験学習が主な目的だった。
その時、泊まらせてもらった家族とは、今でも連絡を取り合っていて。
それから大学に進学して、数年勉強に明け暮れて――進路が決まって落ち着いた夏休みに、私は気分転換に、その人たちに会うべく、島への一人旅を決めたのだった。
「……なんていう筋書きじゃ、駄目かなぁ? ふふ」
思わず尻尾が揺れてしまうのを、抑えられない。
だって私はこれから、初恋の人に会いに行くのだ。
その家族と連絡を取り合う仲が続いていたのも、はっきり言えばその人との繋がりを断ち切りたくなかったから。また遊びに行くねなんて手紙でいつも言っていたのも、口実を作るため。それだけのこと。
実は進路も、この島に住む方向で既に準備が進めてある。
まだ誰にも言ってないけど。言う必要もないし。だって恥ずかしい。色んな選択肢があって、たくさん迷って、その中から一生懸命考えた末にこの島を選びました、みたいなそういう空気が欲しい。なので、これはまだ秘密。
「ふへ……にへへ……」
周りに人がいないのをいいことに、気持ち悪い笑みを浮かべる私を、海鳥たちは果たして怪訝そうな顔でもしながら見ていたりしたのだろうか。好きに見ればいい。鳥なんかもう怖くない。好きなだけニャアニャア鳴いて、魚でも食ってろ。
なんて思っていたら一羽の鳥が急に飛び掛かって来て、私の麦わら帽子を掻っ攫っていったのだった。
「ぎゃあっ! こらぁ! 返せーーっ!!」
よく目立つ狼の耳が風に晒される。別に隠している意図は無いが、今日のコーデは帽子まで込みで選んできたので、それが無くなると途端にアンバランスになったような気がして落ち着かなかった。
帽子を加えた鳥はそのまま何処かへ飛び去って行く。
私の声など無視して、何処までも、自由に、青空の彼方へと。
まったくもう。
……今日は特別に、見逃してやるか。
港は目前に。
長々とした桟橋には、出迎えの人々が集まっていた。
その中に二つの、変わらない面影を見つけて、私はようやく島に帰って来たという実感を得る。
ほんの数日滞在しただけなのに、まるで帰郷のような、おかしな感覚。まぁでも案外、そういうものなのかも知れない。
「何せ、百年も待たせてしまったからな……」
……?
「これにて、我の役目も終わりである。ご苦労であったな、我が器よ」
これより先は、おまえたちの物語だ。
さらば、我が最後の器。
好きに咲き誇り、その命を謳歌せよ。
愛し、愛され、どうか幸せに。
さようなら……最後の私。
「……うん。さよなら、ラヴィア。……あなたもどうか、幸せに」
……?
――私はいったい、何を口走っているのだろう……?
白昼夢でも見たのだろうか。甲板に出て来る前は船室で居眠りしていたから、その時に見た夢の記憶が何かの弾みで溢れて来たのかも知れない。
そう思うと、次第にそれは記憶の中から消え去って。
今、自分が何かを呟いていたことに気付いたことさえも、最後には抜け落ちてしまうのだった。
ただ……頭の中から消えてしまったそれが、とても大事なものだったことだけは、不思議とその後もずっと覚えていた。
そして……それを覚えているだけで良いのだということも……何となく、分かるのだ。その程度の、本当にささやかな夢の存在だけでも、忘れてしまわなければ……それでいいと。
奇妙な体験だったけれど、不思議と嫌な気分にはならなかった。
むしろ、さっきよりも前向きな気持ちになったような――そんな感覚が、体の中に残っていた。
――だから私は元気よく船を降りて、出迎えてくれた二人の胸に、精一杯、飛び込んでいくのです。
「――ただいまっ、二人とも!!!!」
そうしたら、二人もまた同じように、笑って受け止めてくれて。
その笑顔はまるで、何百年分もの慈しみに満ち溢れていて。
そして、そんな私達を包み込み、まるで祝福してくれているかのように。
島の世界樹は、美しく。
黄金色に煌き、咲き誇っていたのでした。
【エンディングⅡ:約束された未来へ】
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