Chapter 8 不幸な野盗

 カディルナの地東部の都市国家ガノン。

 そこの酒場でバルディ・ムーアの待ち人は待っていた。


「なかなか遅い用足しだったわね?」


 そう、その女性はバルディに言う。バルディは不機嫌な顔で答える。


「しかたねえだろ? 昔からの腐れ縁の危機だったんだから」

「ふ~ん。その昔からの親友さんは無事だったの?」


 その女性は、意地悪そうな微笑みで聞き返す。バルディは不機嫌そうな顔をさらに歪めた。


「親友って……冗談じゃねえぜ。セイアーレス大陸からの腐れ縁ってだけだぜ?」

「それにしては、その危機を知った時のあなたの顔、面白かったわよ?」

「ふん……言ってろよ」


 バルディは拗ねたような顔をすると、女性のとなりの席にドカリと座る。そして、


「……」


 一瞬、その女性の顔を見つめる。その行動に、女性は不思議そうな顔をして、


「何? 私の顔に何かついてる?」


 そうバルディに問いかける。バルディは答える。


「うん? いや……。そう言えば、あんたって弟とかいたか?」

「何よ突然に?」


 バルディは首をかしげてさらに問う。


「それじゃあ。黒髪で黒い瞳の騎狼猟兵に見覚えはあるか?」

「何それ? そんな珍しいものがいたの?」

「……。知らないか? ならいいんだ」


 バルディはつまらなそうに目を瞑る。女性は少し考えてから言った。


「そんな弟もいたかもしれないわね?」


 ――そう呟いて笑うその女性の髪と瞳は、

 アストと全く同じに真っ黒であった。



◆◇◆



 カシムの塔の戦いを終えた翌日、一晩アークの家に泊まったアスト達は、さっそくフォーレーンへの道を急ぐことにした。


「泊めていただいてありがとうございました」


 アストは出迎えに来たアークたちに頭を下げる。リンは手を振ってこたえた。


「いえ? 十分なお礼も出来なくて申し訳ないです。アストさん、貴方の道行に神々の御加護があるように祈っておりますわ」

「そうだぞ! もしよければいつでも泊まりに来るといい! 今度はあんたの姉さんと一緒にな!!」


 そう言ってアークが二カッと笑う。アストは笑って答えた。


「わかりました。姉さんが見つかったらきっと、また泊まりに来ます! それでは!!」


 アストは手を振りつつゲイルを操る。アークたちは……鉱山都市ロイドは見る間に遠ざかっていった。


「へんなおっさんだったね?」


 リックルがアストに向かって言う。


「まあ……な」


 アストは苦笑いしてそう答えた。


「でも……いい人たちだよ」


 リディアは笑顔でそう言う。アストはもう一度ロイドの方を振り返る。


(他大陸と異世界の違いがあるとはいえ同じ異邦人……。もしかしてこのソーディアン大陸には彼ら以外にも、異邦人がいるのだろうか? もしかして俺や姉の様な世界から来た者……、俺の両親もこの世界にいるのか?)


 そうして考えるアストの顔は、難しいことを考える時のように、眉間に皺が寄っていた。それを見てリディアが問いかけてくる。


「ねえ、お兄ちゃん? 大丈夫?」


 その問いにアストは不思議そうな顔で答える。


「何がだ? 俺は別に大丈夫だぞ?」

「お兄ちゃん……難しい顔をしていたよ? 昨日の夜のアークさんとの話を思い出してたの?」


 そのリディアの言葉に、アストは笑ってリディアの頭をなでる。


「大丈夫だよリディア。昨日の話とは関係ない、ただアークさんこれからも無茶しないだろうなって考えていたんだ」


 アストはあえてそう言って誤魔化した。


「そうなの? それは多分大丈夫でしょ? リンさんにあんなに一所懸命謝っていたし」

「ふむ……そうだな」

「ねえ……お兄ちゃん?」

「なんだ?」

「アークさんみたいに突然いなくなったりしないでね?」


 そのリディアの言葉にアストははっと顔をこわばらせる。


「約束して? 私を独りぼっちにしないで?」

「……」


 アストはため息を付いて――そして笑顔でリディアの頭を撫でた。


「大丈夫だよ……俺はどこにもいかない。俺は……リディアとずっと一緒にいるさ」

「本当?」


 アストのその言葉にリディアが笑顔になる。


「ああ、俺にとっての大切なものは……」


 アストは遠くの空を眺める。


(みんなこの世界にあるんだから……)


 アストは思う。もし、再会した姉が元の世界に帰りたいと言い出したらどうするかと。

 そうなったら自分は――

 その時こそ姉との永遠の別れになるのかもしれないとアストは考えていた。



◆◇◆



 アストがフォーレーンへの道を急いでいた時、その先の街道にある商隊が差し掛かっていた。


「もうすぐフォーレーンだな。とっとと酒場で酒を飲みたいぜ」


 商隊の護衛の一人がそう同僚に呟く。


「おい……気を引き締めろよ? ここ最近フォーレーン周辺では野盗が多いんだからな?」

「わかってるって……。しかし、海賊騒ぎでフォーレーンの力が衰えたとたんに野盗どもが大量に沸いたな?」

「まあな、世界滅亡は近いって……真面目には働くのなんて無意味だって、自暴自棄になって野盗に走る者はかなりいるしな」

「なんとも……困ったもんだな」


 護衛の二人はそう会話しながら、商隊の先頭を進んでいく。

 かれらの心配は――当然のごとく現実となってしまう。


 びゅん!!


 風切り音とともに矢が商隊の先頭を行く護衛の方に飛んでくる。

 慌てて避ける護衛達。


「敵襲? 野党どもか!!」


 その言葉に反応するように武装した集団が、わらわらと脇道の森から顔を出す。


「男は殺せ!! 女は殺すな!!」


 野盗の頭らしき男がそう叫ぶ。野盗どもは10人ほどの集団で襲い掛かってきた。


「ち……これはまずい……」


 その敵の数に護衛が舌打ちする。明らかに多勢に無勢だ。


 こうして、ここ数日で十数回目の野盗の襲撃が旅の商隊を襲った。

 彼らは、ガイン大橋を渡れず鉱山都市ロイドに回り道した旅人を目標に集団で襲って金品を強奪し、女性を攫っていた。この行為はフォーレーンの守備隊も承知していたが――。

 現在、海賊襲撃から復興中のフォーレーンには、そちらに兵士を回す余裕などなかったのである。


「くくく……。さあ! もっと稼ぐぞ!!」


 野盗の頭はそう言いながら凶悪な表情で獲物たちを見下ろすのだった。



◆◇◆



 その時、野盗の頭・ドルスは怒りに任せて部下を殴り飛ばしていた。


「てめえら!! 何やってんだ!! 商隊の一部に逃げられやがって!! 根こそぎ奪わなきゃてめえらの食いぶちもないんだぞ?!!」

「すいません。お頭……」


 部下たちはそう言ってドルスに頭を下げる。

 今現在、フォーレーン周辺は野盗の最高の稼ぎ場所となっていた。フォーレーン守備隊が都市の復興と警備にかかりきりで、周囲の野盗まで手を回せないからである。この時とばかりに野盗どもは、旅人を襲って様々なのもをせしめている。


「いいか? お前らみたいなろくでなしは、真面目に働いて稼いでる馬鹿どもから奪わなきゃ生きていけねえんだ!! 俺様はそんな不幸なお前たちのために、いろいろ指導してやってるんだぞ?!」

「へい……頭」

「いいか? 世界滅亡が近い今の世の中、真面目に稼ぐなんて言うのは馬鹿のやることだ。そんな馬鹿どもに自分の馬鹿さ加減を知らしめ、自分らの食いぶちを稼ぐのがお前らの仕事なんだぞ!!」


 それは、あまりに破滅的で短絡的な言い分である。

 結局ドルスは、頭の弱い立場の弱いものを率いて同じ弱者を虐げさせて、自分だけ言い目をしているだけに過ぎないのだが、頭の弱い野盗たちはそのうまい口車に乗ってしまっている。ドルスは性根の底から悪党であった。生まれは孤児で確かに不幸ではあったが、それを理由に他人を不幸にしていいのだと思い込み始めてから、その行為は悪辣を極めて言った。

 ドルスは自分こそが誰よりも不幸なのだと信じて疑わなかった、そして自分は周りに世間に復讐する資格があると考えていた。だから、自分より立場の低いものを操って世間へ復讐を始めた。それこそ、自分より不幸なものがいる証拠なのだが、そんなことドルスは考えもしなかった。


『世間には俺に対する負債を返す義務があるのだ』


 それこそが彼の行動原理であった。

 だから彼は今日も口に出す。


「ああ……お前らみたいな馬鹿を指導しなけりゃならんなんて。何と俺は不幸なんだ……」


 その不幸は、彼の中では世の中の誰よりも下だった。目前で死んでいる商隊のメンバーよりも――である。


「おい!! てめえら、さっさと残骸を隠せ!! 次にここに差し掛かった連中に俺たちのことを気付かれたら、また逃げられるだろうが!!」


 そういって、ドルスは部下を殴りとばす。

 部下たちは大人しくそれに従い、商隊襲撃の証拠を隠滅していった。


「さて……次の獲物バカを待つぞ?!」


 証拠隠滅を終えた部下たちを満足げに眺めたドルスはそう言って森の中へと姿を隠す。

 今日はあと三回は商隊を襲う算段であった。


「……」


 ドルスと部下たちが静かに森に身を潜めていると。

 三人の旅人がその場所を通った。


 その一人はロバに乗った無色の民であり、残りは巨大な狼に乗った人間と黒の部族の女であった。

 ドルスはそのうちの黒の部族の女に目を付けた。


「ほう……ありゃなんともうまそうなスケだな……。俺の十五人目の女にふさわしいぜ……」


 そう言ってその女を見て舌なめずりするドルス。しかし、それに対し部下が言う。


「いや……あれはまずいんじゃ? あのデカい犬みたいなの、黒の部族の大銀狼ですぜ? 騎狼猟兵なのかも……」


 その部下の言葉に、ドルスは青筋を立てて怒った。


「何言いてんだ!! 騎狼猟兵の一体程度なんだってんだ!! もし強くてもお前らが何とかすんだよ!!」


 その剣幕に部下は謝ることしかできない。


「すみません頭……」

「いいか?! 次の獲物はあの旅人に決めたぜ!! あのスケを俺様のモノにする!!」


 そう言って、まくしたてるドルス。そして部下に命令を下す。


「弓矢で奴らの足止めをしろ!! 絶対逃がすなよ!!」


 こうしてドルスたちはその旅人を次の獲物と定めた。

 その未来がどのようなものか知りもせずに――。



◆◇◆



 アスト達がフォーレーンへ続く街道を進んでいると、不意にゲイルがその場に止まった。


「どうした? ゲイル……」

「くうん……」


 ゲイルは前足で地面を掘ってからアストを見つめて小さく唸る。

 その動きにアストは真面目な表情になった。


「血の匂い?」

「……わう」


 そのアストの言葉にゲイルは、再び前足で地面を掘るポーズをする。


「ここで……血が流れたのか……。それもかなり最近……」

「え? それって……」


 そうリディアが呟いた時、


 びゅん!!


 風切り音とともに数本の矢が森から飛んできた。


「!! 襲撃か!!」


 アストは素早くゲイルを操って矢を避ける。リックルも何とかロバを操って、後ろへと下がる。

 その矢が合図であったかのように、森の中からわらわらと野盗たちが現れる、その背後にはドルスがいてアストに向かって叫ぶ。


「おい!! そこの小僧!! 命が惜しかったらその女を置いていけ!!」


 その言葉にリックルが反応する。


「え? 私が狙い?」


 その言葉にドルスは怒鳴る。


「てめえじゃねえよクソガキ!! なにが悲しくてめえみたいなちんちくりんを獲物にせにゃならんのだ!!」

「む……ちんちくりん」


 リックルはドルスの言葉にムッとした。

 アストはドルスに向かって言う。


「それじゃあ……俺の後ろにいる娘の事か……」

「その通りだ!! とっととおいて逃げれば死にはしない!!」

「それは……」


 次の瞬間、アストの目は獲物を見る狼の目になった。


「お前を許すわけにはいかんな……」


 ドルスはそのアストの豹変に気づいてはいない。

 ただ、愚かな獲物が抵抗しようとしていると、嘲り笑うだけであった。


「おいてかないのか? ならば死ね!!」


 ドルスは部下たちに命令を下す。


「男は殺せ!! 女は殺すな!!」


 その言葉に、ドルスの部下たちは一斉にアストの周りに殺到する。

 その数ゆうに十人を超えていた。


 しかし、アストは冷たい目でその野盗たちを見下ろすだけだった。


「おい……貴様ら……それ以上近づくなら……」

「え?」

「死ぬと思えよ?」


 アストはその言葉と共に腰の刀を抜く。同時にゲイルは牙をむいて威嚇した。


「な?!」


 その行動に狼狽える野盗たち。それをドルスは安全な後方で怒鳴りつける。


「なにやってる!! 相手は一騎だやっちまえ!!」


 その言葉に野盗たちは意を決して、アストに向かって襲い掛かっていった。


「警告はしたぞ……。ここからはお前らの自業自得だ……」


 そうアストが言った次の瞬間、


 ザク! ズバ! グシャ!


 アストに襲い掛かった野盗のうち六人ほどが血しぶきをあげて宙を舞った。


「な?!!」


 それはあまりに無謀な戦いだった。

 騎狼猟兵は、騎馬騎兵十体を相手に戦えるほどの戦闘能力を有する。それを歩兵10人ほどで制圧するなど初めから無理なのだ。

 不幸な野盗たちは、アストの刀を、ゲイルの牙を受けて砕けながらその場に倒れた。


「ああ!!」


 あまりのことに野盗たちがアストに背を向けて逃げようとする。


「いまさら逃げるな!! 野盗ども!!」


 そう言ってアストは地面に突き刺さっている野盗の矢を引き抜いて、自身の狼上弓につがえて放つ。

 風切り音をあげて飛翔した矢は、野盗の肩に命中した。


「逃げたら打ち殺す……」


 アストは冷たい目で野盗たちを見下ろす。その目を見て完全に戦意喪失した残りの野盗は、地面に這いつくばって命乞いを始めた。


「な、バカな……」


 その光景をドルスは信じられないものを見る目で見た。

 そして、しばらく後退った後、部下を置いてさっさと逃げ出したのである。


(クソ!! なんて不幸だ!! こんなことになるなんて!!)


 そう心の中で叫びつつ逃げようとするドルス。でも狩人であるアストは獲物を逃がさなかった。

 再び野盗の矢を引き抜いて、狼上弓につがえるアスト。それをドルスの消えた森に向かって放ったのである。


「ぎゃ!!」


 森の中から悲鳴が上がる。その矢はドルスの脚に的確に命中していた。


「く……畜生……」


 足を引きずりながら逃げようとするドルス。そのもとにアストがゲイルに乗ってやってきた。


「おい……」

「ひい!!」


 アストの言葉にドルスは狼狽える。そして、慌てて言い訳を始めた。


「ま……まて……俺は……。仕方がなかったんだ!! 俺は生まれから不幸で……こうしないと生きていけなかった!!」

「不幸だと?」


 アストはドルスのその言葉に冷たい目で睨む。


「今のこの世の中でもまじめに働いてる人はいる……。そんな人々から奪うことが、仕方なかったというのか?」

「……こうしないと生きていけないんだから仕方ねえだろう?! どうすりゃよかったんだ!!」


 ドルスのその言葉にアストは絶対零度の目で言い放つ。


「お前の過去がどうだろうが……。そうしないと生きて行けなかろうが知ったことか!

お前は他人を傷つけて不幸にして利益を得ていたんだ!! 断罪されるのは当然の報いだ!!」

「うぐ……」

「お前がもし、周りに不幸をまき散らさないと生きていけないのなら……。今すぐ首を切って死ね!! 貴様はこの世界にとって不幸でしかない!! ……でももし、この世界で生きていたいのなら……。不幸だなんだ……、こうしないと生きていけないだ……、そんな言い訳をほざかず、命がけでまじめに生きろ!! この世界のみんなはそうやって生きてるんだ!! お前にできないわけがないだろうが!!」


 アストは叫ぶ、ドルスはただ項垂れるだけであった。


 こうして、ひそかにフォーレーンの北で暴れていた野盗が退治された。

 それはフォーレーンを襲う不幸のほんの一部ではあったが、フォーレーンにかかわる人々を元気づける役には立ったのである。


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