第62話

「あの……っ、ちょっと待って下さい?『存在を取り込んだ』―――って……」

「単純にして明確に言えば、私はルベリウスの“存在”を『喰った』のだよ。」

その『存在を取り込む』―――つまり『喰う』事により、紡げる存在のときも、そしてまた能力も強化増幅させる……それがカルブンクリスなる者の種属である―――『蝕神族しょくじんぞく』……


ただ……その種属は、これまでにも聞いたことがなかった―――

けれども、それは―――


「じ……情報の操作に統制―――!」

「よく気が付いた、さすがだね。」


褒められた―――とはしても、褒められた気がしない……シェラザードは、いつしか……そのひとの表情を見るのが怖くなり、視線を下方に落とすしかありませんでした。

しかも先程、自分は感情のままにこの女性……いや―――魔王に対し、不敬を働いてしまった……?


「(はぁ~)感心しかねますぞ、カルブンクリス―――」

「おや、そうかい?」

「いくら侍従長殿から―――『あなた様は、魔王としての恐怖・威厳と言うものがないのですから、少しばかりはそうした工夫をしませんと。』……とは、言われているにしてもだなあ……」


           は            い?


「え? え?? え???」

「けれども、ローリエの子孫君には効果覿面のように感じるのだけれどね?」

「あのう~~もしもし?どう言う―――ことなんでしょう??」

「ああ―――まあ……例の件は本当の事なのだ。 ルベリウスの“存在”を『喰べた』事も含めて……な、だがそれが総てではない―――その事実の一つとしてカルブンクリスが魔王に登極するに伴い、ルベリウスの圧政から魔族我々を解放したのも、また事実なのだ。」

「ただ……王女ローリエを失ってしまったエルフは、表面上としては現体制に従うようには見せてくれてはいるけれどね……内面的には、中々判り得てはもらえない―――その事は私も是非もないとはしているのだけれどね……。

大切な時期に、大切な者を喪失うしなった喪失感……それであるがゆえに、エルフは大きく歪んでしまった―――政治の中枢では民衆の知らない処で“悪徳”が蔓延はびこり……だにしても、自浄能力もないままに民衆は活かさず殺さずのまま飼われる、私も何とかしてやりたかったが、政権を発足させた当初の私には味方はいなかったのだよ。  まあ、そんな事は言ってしまえば私自身の弁護でしかないのだけれどね―――そうこうしている内に、ようやく一人の協力を得ることが出来た、その人物こそが―――【大天使長】ミカエルその人だ。」

「(えっ……)その人―――確か……ササラの、それにノエル様の生命を救ってくれた人ですよね?あれ……?けれど、なんで―――確かその人〖神人〗の派閥を纏める天使族のなかでも立場が一番偉いはず…………それが―――どうして……」

「フフフ……よくその事に気がついたね、君はどうしてだと思う?立場ある者が“眷属”とは言え獣人族の出産に立ち会っているだなんて―――ね……」

その途端―――言い知れない身震いが、シェラザードを襲う……

そう―――どうして“そこ”に気付けなかったのか……【大天使長】は派閥の“長”として眷属の出産に立ち会ったのではなかった、一緒にあの戦争を闘い抜いた“戦友”の一人として、出産に立ち会っていただけの話し……

そう―――つまりは…………

「『歌姫セイレーン』のミカさんが……ミカエル様!」

「あの人には、感謝してもしきれない……この身一つしかない私の為に方々にパイプを繋いでくれた、ニルヴァーナには『鍛冶師の噂』を―――ローリエには『私の庵の場所』を、そしてシェラザード、君には『城の外の世界がある』―――と、言う導きを……」


総ては一つに繋がっていた……シェラザードが憧憬こがれた存在も、シェラザードの先祖が為し得た所業も、そしてまた自分自身も―――そして今、自分が“ここ”にいる―――と、言う事実……


魔界の王の前に、“いる”と言う事実―――


そして更には―――



#62;“勧誘いざない”の言葉



「へたり込んだままでは話しが出来ない―――立ち上がりなさい、シェラザード。」

少々命令口調であったものの、威厳がこもるその言の葉に従わざるを得ませんでした。

そしてまだ更には―――

「これから私は、君に対し“ある言葉”を投げかける―――が、即答はしなくて構わない。 シェラザード、この私のモノとなれ……この私の事をよく扶助たすけ、支え、私の政権の中枢を担い、根幹の一つと成ってもらいたい。」


それこそは『勧誘いざない』―――しかし、これほど強い言の葉の籠ったモノの羅列はるいを見ませんでした。

だからこそ、怖気づいてしまう―――

現政権の中枢を担える―――にしても、自分はエルフの王国『エヴァグリムの王女』……


そのを―――??


だからこそ、“危うく”――――――


「あ……あのっ―――そ……それは……」

「待て、『即答はしなくていい』と言われただろう?」

「え?あ……ああ―――……」

「ニル―――“それ”はやってはいけない、彼女の答えは彼女自身で出さなければならない。」

「いや……そうは申されましても―――折角ここまでの運びを、それも『グリマー』の可能性を秘め……」


「黙りたまえ、ヴァーミリオン―――口が過ぎるぞ!」


「こ……これは失礼を―――」

『出来ない』むねを返答しようとした時、すかさずフォローに入ってくれたヴァーミリオンでしたが、その事をあまり善しとはしなかった魔王―――確かにシェラザードが出しそうになった返答を遮ったかたちに見えてしまった為、“注意”を促せたまで―――でしたが……

それから程なくして語られそうになった“事実”……その事に、今度ばかりは看過出来ないとした魔王から厳しめの“叱責”が飛ぶ―――

そこでようやくにして覚った……目の前にいるのは、まさしく“知”も“勇”も兼ね備えた『魔王』であるのだと……


そして、その方から、『現政権』への“勧誘いざない”を受けてしまっ……た?


「“今”は、深刻に考えなくても―――受け止めてもらわなくても構わない、いずれが来たら返事をしてもらっても構わないよ。」

「えっ……でも―――」

「今の君は、多寡たかだか170歳かそこらだろう?そんな若い世代の芽を潰したくはない……だからでいい―――よく熟慮した上で返答をしてくれたまえ。」


          * * * * * * * * * *


こうして、“非公式”ながらも接見は終わりました。

けれどその庵から出てきた時、入る前とは随分と表情が変わっているエルフに対し……

「どうしたの?顔色悪いわよ?」

「えっ……?ああ……ああ―――なんでも……ないよ……」

いつになく、憔悴しきったかのような表情に心配する処となりましたが、その表情“一つ”をみても“ある者”は至れる……


「(どうやらその様子ですと、ある程度までは話されたようですね、それも魔界の治世……その根幹を担ってくれるように―――と。

確かにこの方は、エルフと言う種属の国家の未来を背負って立たれる方、そこを魔王の配下となるよう“勧誘いざなわ”れたのです、“その事”自体は大変よろこばしい限り―――ではありますが……

“次代の王”―――『女王』と成られる方にしてみたらその“勧誘さそい”はどうなのでしょう?さぞや驚嘆したに違い有りません―――さぞや迷い惑ったに違い有りません……“単一”の種属か―――それとも“総て”の種属を背負うか……その重圧は、説明しなくとも判る事なのですから……

だから、こう言われたに違い有りません―――


『結論を急ぐ必要はない』


今は、その頭に熱を帯びてしまっている事でしょうから少し冷ます期間が必要かも知れません、そうすればあなた様ならば気付くはず―――『結論を急ぐ必要はない魔王様からのあの言葉』―――その真の意図を……)」


【黒キ魔女】は―――ササラは、この庵内で何が話されたのかを知っていました。

なぜならササラもまた、“そう”だったのだから。

今代の魔王と同じ『師』を持ち、幼くして魔導に通じてしまったその畏るべき才を、今代の魔王が見逃すはずもない……

してや、その母親は魔王自身の“盟友”と一緒に、戦場を駆けたことのある“同志”……


そう―――ササラもまた、その返答こたえを『保留中』にしていたのです。






つづく

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