第18話 滝落とし①

 大団円を迎えたはずの日。それからたったの一週間後。俺と愛野さんは、またあのカフェで顔を突き合わせていた。お互い険しい表情で。

 連絡を取り合ったのは土曜の夜。ほぼ同タイミングでのlineのやりとりだった。


『話したいことがある』


 心臓が止まりそうになった。

 もし、俺が思っていること、言いたいことが同じだったら。

 早くそれを確かめたくて、きっとそれは愛野さんも同じで、だから一時間も早くこうして向かい合っている。


「どう? 調子は?」


 愛野さんがスマホをいじりながら短くそう尋ねてくる。


「相変わらず絶好調だよ。だって鳴神たちのグループにのなくてはならない存在になれたんだよ? 昨日だって皆で遊んだし。最高の気分だよ。愛野さんは?」


 俺にできる一番良い笑顔を浮かべてそう言い放つ。


「あたしもよ。教室では常に四人一緒にいるところ、あんたも見てるでしょ。以前にも増してそれぞれの部活に顔出すようになったし、個々とも仲良くなってるわ。不満無し文句無しのさいっこうな状況よ!」


 テンション高く語尾を強めてへらっと笑う。その愛野さんらしからぬ媚びたような、作ったような笑顔が、俺の中の懸念、その確信を強めた。


「それで、そんなさいっこうの状況の愛野さんが俺を呼び出した理由は? 近況報告じゃないんだろ? そんなのもう俺たちに必要ないはずだし」

「先に呼び出したのはあんたでしょ。あんたのが一秒送信早かった」

「誤差だろ」

「誤差だとしてもあんたのが早かったのは事実よ。先にあんたから話しなさい。絶好調で最高の気分のあんたがあたしを呼び出した理由は何?」


 その一秒の差をここまで恨んだことがあっただろうか。

 瞑目。深呼吸。

 お互い何となく分かってる。言ってしまったらここまで保ってきた安寧が崩れることを。それをさっきの態度で確認し合った。

 それでも、だとしても言わなければならないと半ば使命感に駆られたからこそ今ここにいる。


「俺が呼び出したのは、愛野さんと藤堂さんたちの関係性には根本的な見直しが必要じゃないか、と感じたから。俺の目にはとても不健全な関係に見える」


 愛野さんは表情を変えない。スマホをいじり続けている。


「確かに愛野さんは藤堂さんグループに戻れた。でも、以前とは全く違う形で。あからさまに下に見られてる。俺が昔自主的にやってたパシリを、愛野さんは命令されてやってる。購買で何々買ってきて~みたいなよくあるやつから、当番の肩代わり、押し付け、そういう細かいのが沢山。友達って対等な存在のはずなのに」


 最初は上手くいっているように見えた。でも、縫い合わせた糸が徐々にほつれるように、小さな悪意が顔を覗かせた。それはどんどん広がりつつある。


「じゃあどうしろって言うのよ。拒否したらまた嫌われる。ハブられる。仲間に入れてもらえなくなる。忘れたの? あたし、藤堂たちの部活を手伝うことで信用を取り戻したのよ? その延長みたいなものでしょ? 何がいけないの?」


 いけないよ。だって愛野さん、戻れて幸せなはずなのに、痛む傷を我慢しながら笑ってるように見えるんだもの。そう言おうとしたが、ヒートアップしてきた愛野さんが被せてくる。スマホをテーブルに置き、こちらを見据えてくる。


「大体ね、その、友達は対等ってセリフ、あんたにこそ言ってやりたいんだけど。あたしから見て今のあんたと鳴神たちの関係は歪よ。歪ってかキョロ充時代と一緒か下手をすれば悪くなってる」

「んなわけないだろ」


 さっきまで愛野さんのことを考えていた思考力が、一瞬にして自分の内側に向けられる。

 そんなはずはない。今のままでいいんだ。十分だ。恵まれてる。現在の関係性こそ今俺が構築できるベストなんだ。余計なことを言おうとするな。やめろ。聞きたくない。


「あんたさ、イジられキャラの範疇超えてオモチャになってるのよ。ピエロって言い替えた方がいいかしら。尊重されてない。それこそ下に見られてる。最近の鳴神や森のあんたに対する言動、思い出してみなさいよ。やれブサイクだの空気読めないだのイタいだの。言いたい放題よ。それであんたが喜んでる振りしちゃうんだから余計に言われる。鳴神達の鬱憤晴らしに最適の存在になっちゃってる。サンドバッグ状態よ」

「違う! そんなことない! 俺は鳴神グループの一員だ!」

「気づきなさいよ! キョロ充のときよりはグループ内に入りこめてるだろうけど、キョロ充のときよりよっぽどタチの悪い立場になってるってことに!」

「愛野さんこそ認めろよ! 俺じゃなくてむしろ愛野さんの方がキョロ充になってることに! キョロ充どころかただのパシリだよ!」


 真正面からにらみ合う。お互い顔を真っ赤にして息を荒げていた。


「……話し合っても無駄なようね。帰る」

「勝手にしろ」 


 愛野さんは乱雑にお金を置き、足早に去っていった。

 一人になり、熱が冷めてくる。

 言い過ぎたかもしれない。物事を直球で言うな、正論をそのまま言うと相手は気分を害する可能性がある、と愛野さんにアドバイスしたのは俺じゃないか。

 でも向こうも直接的な言葉を叩きつけてきたのは同じだ。

 こんな終わり方になってしまったのは後味が悪いけど、向こうは向こうでこれから勝手にやってくだろう。俺も今のままでいい。今が心地良い。だから現状を変える必要はないんだ。

 袂を分かった。それだけだ。それだけ。

 残りのコーヒーを一気に飲み干し、テーブルに散らばったお金を集め、レジへ。

 百円足りないじゃないかバカ。


 ◇◇◇◇◇◇


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