第2話 狐の嫁入り①


 翌日。土曜日。


 昨日の出来事は記憶に新しい。だから俺はまだ引きずってしまっていた。具体的に述べるとクラス全員から一斉に悪口を言われる夢を見て飛び起き、起床後も気分が優れなくて何もする気が起きず布団にくるまったままでいる。


 ボーっとスマホを眺める。さっきから引っ切り無しにプッシュ通知が届いていた。

 鳴神たちとのグループlineの会話だ。


 鳴神。クラス一のイケメンで目立っている中心人物。バスケ部所属で次期部長と目されている。成績も良くて非の打ち所がない。そんな鳴神と同じくバスケ部の主力でワイルド系イケメンの森、部活には所属していないが学年一の成績でメガネが良く似合うクール系イケメンの吉良、そして俺の四人のグループ。


 いつもだったら必ず会話に参加するのだが、そんな気は起きず、プッシュ通知に表示されるチャットの序盤数文字だけを眺めて交わされている会話の内容を想像するだけ。

 スマホの電源落とそうかな。そう思ったときだった。


『あんた今日ヒマ? どうせヒマでしょ? 十二時にここに来なさい』


 そんな通知が、鳴神たちの通知に混ざり込む。

 なんだ今のは。あんな話し方するやつ俺の知り合いにいたっけ。

 すぐにlineアプリを開き、新着通知のアイコンを確認。

 HIMEというアカウント名。盛りに盛った自撮りアイコン。

 ひめ。その名がついた生徒はうちにクラスに一人しかいない。


 愛野姫乃(あいのひめの)。


 昨日、校庭で出会った少女。いや、彼女に少女という表現は似合わないか。女王、とかがしっくりくる。

 メッセージの下に位置情報が添付されている。名称無し。どんな場所か分からない。


『行けるけど、ここどこ?』


 返事はすぐに返ってきた。


『カフェ。そこで昨日のことについて話したいんだけど』


 やっぱり昨日のことか。

 俺も気になっていた。鳴神と同じくクラスの中心人物の愛野さんがなぜあんな顔で雨に打たれていたのか。

 指定された場所はやや遠い。電車を乗り継ぎ、駅から徒歩移動で合計五〇分近くはかかる。


 重い身体を強引に動かしてベッドから抜け出す。支度しなきゃ。

 軽く身だしなみを整えて家を出る。

 電車を乗り継いでカフェの最寄駅に到着。スマホアプリのナビゲーションに従って歩く。やたら入り組んだ道でナビが無かったら自力で辿り着けないような場所にあった。

 一〇分前に集合場所のカフェに着いた。空地のようなスペースにぽつんとあるログハウス風の外観。ツタが絡まっていてファンタジー味があり、今にも妖精がひょっこり顔を出しそうだ。


 まだ愛野さんの姿は見えない。時間ちょうどに来る系の人かな。

 待ち合わせ時間ぴったりになっても愛野さんは来ない。

 lineの連絡も無い。アクシデント? 心配になってきた。

 集合時間を一五分過ぎたところでline電話をかけようとスマホを取り出したら、愛野さんが急いだ様子も見せずゆったりと歩いて来た。


「遅れたわ。行きましょ」


 手入れの行き届いた茶髪はストレートに流され、魚の群れのように規則的に揺れる。

 化粧やマニキュアもばっちりキマッている。肩や脚は肌が露出していて、ある種攻撃的だが、そんな恰好が恐ろしく似合っていた。


「お、おう。連絡来なかったから心配したんだぞ」

「そういえば送ってなかったわね」


 返答しながら愛野さんは俺の横をすり抜け店内へ。

 この感じの悪さ、教室にいるときと同じだ。

 愛野さんは目鼻立ちが整っておりスタイルも抜群。鳴神と同じく勉強も運動もできてスペックは申し分ないんだけど、如何せん態度が大きくキツい印象を受ける。

 だからこそ昨日余計に驚いた。愛野さんが弱っている姿に。


 愛野さんの後を追う。

 ドアを開けるとカランコロンと軽快な鐘の音が響いた。

 外観に見合った内装だ。木材の温かみを感じる。暖色系の照明、樹木を模した緑の装飾が天井にあって、まるで森の中のお茶会に参加しているような。


「良いカフェだな」

「でしょ? ここ、お気に入りなの」


 愛野さんは真っ直ぐ奥の二人席へ。

 今更ながら俺、愛野さんと普通に話してるな。不思議な気分だ。

 うちのクラスでは男子グループと女子グループの絡みはそこまでない。記憶にある限り愛野さんとまともに会話したのは今日がはじめてだ。


 愛野さんの対面に腰かける。

 俺と目を合わせようとせず、ジッと下を向いていた。

 気まずい。どんな言葉をかけたらいいんだ。いきなり昨日のことに言及するか? 地雷踏まないか大丈夫か?

 どう話しかけるか決めあぐねていると、愛野さんが急に顔を上げ、自身の髪をクシャッとつかんだ。


「あームカつくムカつくムカつく~! 確かにあたしも悪かったけどさぁ! たった一回の失敗で今までの積み重ねたもの全部無くなっちゃうの!? それおかしくない!?」

「ごめん何の話?」


 落ち込んでるかと思ったら怒り狂っていた。おそらく昨日あった出来事に関連したこと言ってるんだろうけど事前情報ゼロだから意味が分からない。


「昨日見たでしょ。あたしのなっさけない泣き顔」

「それはまぁ、うん」

「あんたも似たような顔してた」

「色々あったんだよ」

「でしょうね。お互い教室で何かしらあったんでしょうね。見ちゃったのなら、見られたのなら、何もしないわけにはいかないでしょ」

「つまり?」

「誰かに吐き出したいからあたしの話を聞きなさい」


 ともすれば金髪にも見えるくらい明るい茶髪をかき上げ、ツリ目から繰り出される鋭い視線を俺に向けてくる。


「何でそんなに上から目線なんだよ」 

「あんたが教室でいつも鳴神たち相手に三下ムーヴしてるから自然に上からになっちゃうのよ」

「っ。三下ムーヴなんてしてない、と思うけど」


 即座に否定できなかった。昨日のことがあったから。


「あんたもあたしの話気になってるんでしょ?」

「そりゃあまあ」

「だったら大人しく聞きなさい。……昨日、あんたが教室追い出された後にね」

「ちょっとその追い出されたって表現やめてくれない?」


 その表現は今の俺に効く。

 昨日、鳴神たちの話を結果的に盗み聞きしてしまう前、鳴神、森、吉良が部費の運用について話したいから部外者の俺は帰るよう言われたのだ。鳴神と森は同じバスケ部だから分かるとして、吉良は数字に強いから残ったとのこと。吉良は各教科成績トップでもちろん数学も学年一位なので納得せざるを得なかった。


「事実でしょ? 実際鳴神たちのあんたに対する印象って」

「聞きたくない! 正論は時に人を傷つけるんだぞ」


 つい声を荒げてしまった。愛野さんはズバズバものを言う。それは教室でも同じでいつもハラハラしている。怒りを飲み込んでいたクラスメートも多かったんじゃないだろうか。


「分かった分かった。それで、あんたが出て行って、しばらく経った後、鳴神グループとあたしたちのグループで話す流れになったのよ。珍しいことにね。んでさらに珍しいことに恋愛の話題になったわけ。それでクラスの誰々は誰々のこと好きそう~とか、何々部の誰々と誰々が最近付き合いはじめた~とか、そういう他愛ない感じで最初は話してたんだけど、ネタが無くなったせいかあたしたち自身について話し始める流れになっちゃって。だけど皆上手くぼかすのよこれが。でも中には分かりやすいのがいてね。森とハザマっち。森はハザマっちのことが好きなのが態度とか言動、視線でバレバレだったし、ハザマっちが鳴神のこと好きなのは前々から知ってたのもあって細かいサインに気付けたし、もどかしいったらなくて。つか普通に皆気付いてたでしょ」


 ハザマっちという単語に一瞬、ん? となったが、愛野さんのグループの一人、女子陸上部所属、ムードメーカーの間(はざま)さんのことだと気付く。

 あと、俺に思いっきり森や間さんの想い人バラしちゃってるけどいいのか。そういうのっておいそれと他人に言うものじゃない気がするけど。


「だからつい言っちゃったのよね。森に、あんた脈無しだからとっとと諦めて次の子探しなさい。ハザマっちは鳴神のこと好きなんだから、って」


 うわぁ。思わずそうやって声が出そうになった。それはダメだろ人として。


「んで、森はガチギレするしハザマっちは泣き出すしでもう地獄絵図よ。何か鳴神も一緒になって怒り出すし、ふかみんや藤堂からすごい睨まれるし。それで、藤堂から、もうウチらに関わらないでって言われちゃってさ。要はグループからハブられたってこと。信じらんない。たった一回やらかしちゃっただけで今まで過ごしてきた時間全部消されるとか」


 それは一発アウト級の失言だろ、と思っても言えなかった。口調こそ普段通りだけど話し方に抑揚があまりつけられてないし無表情だしで、今は刺激しない方がいいということは俺にも分かる。最初は怒ってたんだけど徐々に弱っていって、今じゃムカつくムカつくとボヤいていた姿は見る影もない。


「そっか」

「そっかって、他に何か気の利いたこと言えないの?」

「気の利いたこと言って欲しいのか?」

「べっつにぃ」


 なんだコイツ、ってセリフを飲み込むために貧乏ゆすりをしてしまった。

 落ち着け。愛野さんも自業自得とはいえ傷ついているんだ。優しくしてあげなきゃ。


「ごめんな。俺あんまり言葉を使うのが上手くなくて」

「それは知ってる。クラスでも割と的外れなこと言ってたりするし。あーこれからどうやって教室の中で過ごせばいいのよ~」


 愛野さんはテーブルに突っ伏してしまった。

 そんなに的外れなこと言ってたかな俺。全く覚えがない。


「俺も月曜日から教室でどうやって過ごそう。今までみたいに振る舞える気がしない」

「そうだ。あんたも何かあったのよね。聞くから話してみ」


 突っ伏した状態から顔を傾け横顔だけ見せ、こちらを見上げてくる。

 存外優しい声音に戸惑う。動揺を外に出さないよう、こっそり深呼吸した。


「宿題のプリント忘れたの思い出して教室に戻ろうとしたんだけど、漏れ出てきた会話の中にちょうど俺の名前が出てきたから咄嗟に隠れてさ。それで、聞いちゃったんだ。鳴神と森と吉良が俺について話しているのを。話の内容は――――」


 昨日の出来事を反芻する。なるべく正確に伝わるように、細部までじっくり。


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