第5話:天使を狩るための
翌朝、いつも通り目覚めリビングに降りる。
すると当たり前の様にクロウが食卓で朝食を取っていた。
「なんで、普通に朝ごはん食べてるの? てか母さんにはどうやって説明したの」
「あ? 小せぇ事を一々気にすんじゃねぇよ。ちょっと暗示をかけただけだ」
クロウと話していると母さんがキッチンから声を掛けてくる。
「あら海翔、おはよう。あんたも早くご飯食べちゃいなさい」
「え、母さん。なにかおかしくない? なんの違和感も無いの?」
「朝からバカな事言ってるの。早く食べちゃいなさい。全く、ちょっとはお兄ちゃんを見習いなさい」
母親はため息交じりに朝食を食べている。
そんな事よりも今、聞き捨てならない言葉が飛び出した気がする。
ブリキ人形のようにカクカクと首を動かすと、クロウと目が合う。
「よろしくな、弟」
ニヤ付きながらクロウがこっちを見てくる。
「あぁ、うん。その暗示っていうのはちゃんと解けるの?」
「放っておいたら解ける。そんな事より早く飯を食ったらどうだ、学校とやらに遅れるぞ?」
時計を見ると確かに、中々際どい時間だ。
朝食を急いでかきこみ家を出た。
外に出ると今日も暖かい日差しが全身を包み込む。
歩きながら昨日の事を考える。
色々あったがまとめるとクロウ達七体の天使がカードを奪い合うバトルロワイヤルに海翔は巻き込まれてしまったらしい。
そう言えば海翔は普通に登校しているが大丈夫なのだろうか。
契約者が呑気に歩いてやがる。って襲われたりしないのだろうか。
いや、流石にそんな世紀末な出来事は起こらないか。
そんな事を思いながら、海翔は路地を歩く。
「――君。おーい中川君。聞いてる? ねぇ」
「うわっ! ビックリしたぁ」
考え事をしていたので全く気が付かなったが何回か詩織が話しかけていたらしい。
海翔が全く気付かなかったので「むぅ」と頬を膨らませ文句を言いたげな表情をしている。
「おはよ、中川君。難しい顔してたけど何か考え事?」
「いや、なんでもないよ。おはよう、遠藤さん」
昨日は黒い化け物と紫の天使に命を狙われて、助かるためにクロウと契約した結果、バトルロワイアルに参加させられちゃいました。
そんな事言える訳がない。
「そう? ならいいけど。今日、放課後、忘れないでね」
「勿論。忘れる訳ないよ。それよりごめんね、巻き込んじゃって」
「いいの、いいの。気にしないで。好きでやってる事だから」
和やかな雰囲気で通学路を歩く。
昨日、あんな非日常な出来事を体験してしまったからか、当たり前の日常がとても幸せに感じる。
「朝からお熱いねぇ、お二人さん。ここだけ真夏かい?」
後ろから澄ました感じの口調の男の声が聞こえてくる。
「何言ってるの慎吾」
「そうよ、加藤君。そんなんじゃないわ」
「なんで、そんな息ぴったしなんだよ......」
三人の間で笑いが起こる。
さっきは襲われるのではなんて考えていたが、すっかりそんな考えはどこかへ行っていた。
この短いけど幸せな時間をどうか大切にしたいものだ。
いつも通り授業を終え、放課後になると一斉に教室から人が消える。
海翔に準備を押し付けた斎藤剛も当たり前のように女子を数人はべらせ教室を出ていく。
「皆、やっぱり部活の練習とかで忙しいのかな」
詩織が出入口の方を残念そうに見る。
「そうなんじゃない。毎年気合入ってるし」
確かにこの学校の部活動による発表は毎年気合が入っている。
全国大会の常連である吹奏楽部の演奏会は整理券が配られるし、ダンス部の発表も長蛇の列が形成される。
学祭当日にはこの二つの部活に所属している生徒はプロ顔負けのスケジュールで動く。
それに、学祭発表をきっかけにスカウトされる生徒もいるらしい。
なので毎年、クラス発表には皆興味が薄いので、なぁなぁで終わることが多いのだ。
実際海翔のクラスもそうなっているのだが。
「それじゃ、早速準備始めようか」
海翔が指示を出しながら準備を進める。
やはり、二人で作業をすると効率が全然違う。
昨日の倍、いやそれ以上のスピードで作業は進んだ。
このペースならもしかするかもしれない。
「ねぇ中川君。一つ聞いてもいい?」
黙々と作業を進めていたためシンとしていた教室に突如詩織の声が響く。
「なに? どっか分からない事でもあった?」
お互い作業の手を止めないまま会話する。
「いや、そうじゃないんだけど。なんで、ここまで一生懸命に出来るの?」
「一生懸命……? 僕はそんな気はないんだけれどね。でも誰もやらないんなら誰かがやるしかないんじゃない?」
「ううん、私が聞きたいのはなぜ『僕が頑張る』って方向に考えられるのかって事。今回だってどうせ、斎藤君に押し付けられたんでしょう?」
「……うん。だけど、頼まれたら断れないのは僕の性分だからね。それに、僕は僕のやったことでだれかが喜ぶならそれでいいと思うんだ。もしも他人からそれは損してるぞ、って言われてもね」
「それがただ利用されているだけだったとしても?」
「うん。というかどうしたの急に。風邪でも引いた?」
海翔が冗談で言うと詩織は一瞬暗い顔をしていた様に見たが、すぐいつもの笑顔で「そんな事ないよ、ありがとう」と、とても元気のあるように見えるポーズを取った。
「そっか、今日は十分進んだしこれくらいにしておこうか」
二人で並んで大きく伸びをする。
「やっぱり結構大変だね。こんなに工作したの小学校以来かも」
「確かにね。僕もそれくらいぶりかも」
二人で片づけを始める。
今日の成果をロッカーに並べると教室の一面はすっかり山奥の喫茶店の雰囲気をかもしだしている。
今日も外はすっかり日が暮れてしまい真っ暗だ。
外に出ると冷たい風が吹いている。
校門の方へと歩いていくと、門の前に赤い髪の男が立っていた。
服装は一般的な物になっていたが間違いない、クロウだ。
「外国の人かな。道に迷ってるのかも」
詩織は小走りで近づいて行く。
「あ、ちょっ待って」
クロウが失礼の無い対応をするとは思えなかったので、海翔は制しようと思ったがギリギリ間に合わなかった。
「こんばんは、なにかお困りごとですか?」
「あ? 何だお前、あっちいけ」
案の定、クロウは話しかけて来た詩織を心底迷惑そうにあしらう。
全くこいつはもうちょっと愛想よくできないのだろうか。
と、思いはしたが口の中でとどめた。
「ごめん、遠藤さん。そいつは僕の知り合いなんだ」
「え、中川君の?」
詩織は海翔とクロウの顔を交互に見る。
「おい、海翔。てめぇどんだけ待たせやがる。たったと行くぞ」
海翔は何か待ち合わせでもしてたっけと思い、考えを巡らす。
いや、確かに待ち合わせはしてなかった。
「え、何か待ち合わせしてたっけ」
「してなくても俺が待ってんだから来いよ」
なんて無茶苦茶な奴だ。約束してないのに察せなんて流石の海翔でも無理だ。
「ええと、中川君。こちらの方は?」
この横暴っぷりを見て少し困惑した表情で詩織は言った。
「ああ、ええと、う~ん......。そう! 親戚だよ。海外からうちに遊びに来てるんだ」
「あ? おい、俺はお前の兄貴.....」
「親戚なんだ」
クロウが何か言おうとしたがより大きな声でかき消す。
「そっか、親戚さんかぁ。私は遠藤詩織よろしくね」
「ふん。クロウだ」
なぜか威張るクロウ。
「それじゃ、また明日ね、中川君」
「あ、うん。またね」
小さく海翔に手を振り、詩織は帰ってしまう。
ちゃんと親戚だと思ってくれただろうか。
「おい、海翔なにしてんだ。たったと行くぞ」
クロウは海翔の肩を小突いてスタスタ歩いて行ってしまう。
「さっきから行くって何処へ?」
先々歩いて行ってしまうクロウを追いかけながら気になっていた事を聞く。
「決まってんだろ。カード集めだ」
「カード集め? もしかしてもう、誰かに仕掛けに行くの?」
「違えよ。今行ってもカードが足りねぇんだよ。あ、別に今行っても勝てないって訳じゃねぇから」
海翔は勝てないなんて誰も言ってないんですけどと言いそうになったが、いらない事を言うとまた文句を言われるので、グッと堪えた。
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