第78話 サムジャとマスカと格上と

 こっちは任せろ――そんな頼りがいの感じられるセリフを口にはしたが、マスカとてこの相手に楽に勝てるとは思っていなかった。


 暗黒姫の異名を誇るこの女は間違い無しに強敵だ。そもそもレベルだけで見ても十近い開きがある。


 だが、だからといってマスカがこの状況でおめおめと引き下がるわけにもいかない。それにそもそもで言えばマスカの狙いはこの邪教の信徒達だ。


「少しは楽しませてくれるかしら?」


 暗黒美将――常に攻撃に暗黒を纏わせることが可能。それがこの天職。邪神が与えし闇の天職だ。


 その顔には天職に相応しい暗黒めいた微笑を貼り付け続けている。


「暗黒――」


 次の手が来る――マスカの視線は自然とその手のひらに向けられた。


「尾蹴!」


 だが、違った。蹴りだった。腰から回転する蹴り、それが暗黒色の尾のように変化し周囲を薙ぎ払う。


「くっ!」


 尾の一撃が横から叩き込まれた。ダクネイルの笑みが深まる。だが、マスカは踏ん張り攻撃を完全に防いだ。


「ふふ、流石千面。天職は仮面舞闘士だったかしら? 交換が早いわねぇ」

「……ふん」


 ダクネイルの言うように、マスカは仮面を咄嗟に切り替えていた。マントの中には大量の仮面を隠し持っている。その中の一つ――鉄仮面。


 この仮面によりマスカの防御力が劇的に向上する。尾の一撃を叩き込まれても耐えられたのは仮面の効果だ。


「私の暗黒を受けてもペナルティなし? 便利な仮面ねそれ」


 ふふ、とダクネイルが邪悪な笑みを零す。暗黒姫の攻撃は受けると暗黒の力に侵される。毒や呪い程の持続性はないが、暗黒によって一時的に戦闘力が減少する。動きが鈍くなり攻防ともに弱体化するのだ。


 戦闘中でのこの弱体化は厳しい。特に今回のようにステータス面で相手の方が格上な場合は特にだ。


 マスカは相手の攻撃を一発でも受けるとかなり不利になる。だからこそ他の信徒をシノやルンが相手してくれているのは助かる、とも言えるが、ただこのダクネイルの牙がいつ二人に向いてもおかしくないという危うい状況でもある。


 相手の意識は常に自分に向けさせなければいけないだろう。


 様々なことを考えつつ、マスカは次なる仮面に手を付けた。


「また妙な仮面を取り出したわね」


 緑色の奇妙な仮面を顔に嵌めた。仮面がやたら大きく上半身が仮面によって隠れてしまっている。


「サラマンダーーーー!」

「へぇ――」


 マスカの隣に火蜥蜴が現出し、ダクネイルに向けて炎を吐き出した。マスカを呑み込むほどの火球――着弾し派手な爆炎が点を貫くように伸びた。


「ふふ、今のはちょっと良かったかもね」


 だが、炎が収まった後でもダクネイルはそこに平然と立っていた。


(ダメージがない? いや、いくらなんでもそれは――)


 サラマンダーの今の一撃はかなり強烈だった筈だ。しかし、実際ダメージはなさそう見える。ただ、よく見ると彼女のドレスと肌はしっとりと濡れていた。雨も降っていないのにだ。


「暗黒氷笑――」


 ダクネイルの笑顔が凍りついた。文字通り顔が氷に包まれたようになり、かと思えば地面が凍てつきながらマスカに迫ってくる。


「サラマンダー!」


 炎の壁が立ち上がり氷の進撃を妨げる。だが炎の熱で氷が溶け、白い煙が立ち込めた。それでわかっった。さっきの火球はきっとこの氷で防がれたのだろうと。


 そして今は逆に相手の氷を炎で防いだ形だが、しかしその副産物によって視界が狭まってしまう。


「しまった視界が――」

「残念だったわね暗黒刃掌!」


 煙で視界が妨げられたその時、いつの間にか背後に回り込んでいたダクネイルの手刀がマスカの胸を貫いた。


「意外とあっさりだったわね?」


 しかし、すぐにダクネイルの表情が変わる。なぜなら突き刺したはずのマスカの姿が霧のように掻き消えたからだ。


「これは――ッ!?」


 ダクネイルが首を巡らせると背中に数枚のカードが刺さっていた。


ファントム怪人の仮面だ――」


 そこには奇妙な金色の仮面を被ったマスカが立っていた。そして指をパチンッと鳴らすとカードが爆発しダクネイルからかすかな呻き声が上がった。


「どうやら最初にダメージを与えたのは私の方なようだな」

「いいわ、貴方思った以上ね――」


 




◇◆◇


「チッ、いまのを避けたか」


 くるりと俺を振り返り悔しそうにヴェムが言う。


 しかし背中からあんなに大量の蛇を放つなんてな。だが今のでこいつが蛇使い系の天職だというのがわかった。


 実際そういう天職は存在するがこいつは闇の天職持ちだ。当然ただの蛇使いではないだろう。


 とは言え、蛇であるならこいつは毒や病の類を有した蛇を操っている可能性が高いか。


 それなら、今度はこちらからいこうと仕掛けにいった。踏み込み、抜刀! 奴の脇腹に刃が食い込んだ、筈だが奇妙な感覚だ。本体を切った感覚がまるでしない。


「お前が切ったのは所詮蛇の皮一枚でしかないんだよ」


 蛇の皮――全身が蛇によって守られているということか?


 その時、数匹の蛇が纏めて伸びてきて何箇所か噛みつかれてしまう。


「そいつは猛毒だ! もうまともに動けないだろうよ!」


 そしてヴェムが俺に向けて近づいてきたわけだが――

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