第69話 サムジャと領主の娘

 奴らが刀が呪われていない証明をしてみろと言うから、毒を自ら食べて平気なことを伝え、ハデルが何も言えなくなったわけだが。

 

 そこに女の子の声が響き渡り、ダミールの様子に変化が生じた。


「な! ミレイユ、それにメイシル――何でこんなところに!」

「うん? ミレイユだって?」


 ダミールから発せられた名前を耳にし、オルサが反応を示した。その目はギルドにやってきた二人の女性に向けられている。


「パパ知っているの?」

「あぁ。俺の記憶が確かなら、あの少女は領主であるマルキエル伯爵の娘だな」

「そういえば、領主には目に入れても痛くないと言う愛娘がいるという話でしたね」


 なるほど。確かダミールはマルキエル伯爵の弟らしいから、ミレイユは姪にあたるわけか。


「何でこんなところに、ではありません。勝手に騎士を連れ出して冒険者ギルドにまで……そんな話、私は聞いていませんよ!」

「馬鹿な。何故わざわざそんなことをお前に言う必要がある!」

「お言葉を返すようですが、確かに現在貴方様は領主代理ということにはなっております。しかし、いくら代理とは言えどんなことでも好き勝手して良いというわけではありません。このような大事をなされるなら、旦那様の唯一のご息女であるミレイユ様に相談するのは筋というものでしょう」


 俺は、そうなのか? という目をオルサに向けた。


「伯爵は奥さんを早くに亡くしてしまっているからな。ミレイユ嬢は一人娘であるし、そうであれば確かに全く話を通さないというのは問題あるだろうな」


 なるほど。代理になれたから好き勝手やっていいというわけでもないか。


 しかし冷静に考えてみればそれもそうか。いくら代理とは言え騎士を好き勝手動かされたりしたら危なっかしくて仕方ないだろう。


「大体この騒ぎは一体なんなのですか! 一体どういう了見で騎士を動かしたのか、説明を求めます!」


 ミレイユが指を突きつけカイエルに言い放つ。眉を怒らせ、かなり鬱憤が溜まってそうにも思えた。


「それについては私から説明致しましょう」

「……また貴方ですか――」


 ハデルが前に出てきた。ミレイユの声からはどことなく辟易といった様子が感じられる。


「事の発端はこのギルドにあります。先ず――」


 ハデルはミレイユに対して事の顛末を話して聞かせたが、その内容はギルドが全て間違っていて杜撰だという事と、そして俺が真犯人であるという根も葉もない虚偽を含めたものだった。


 こいつらはこの期に及んでよくそんなことが言えたものだな。


「話はわかりました。先ずシノ様がお持ちの刀という武器が呪われているというのは事実でしょうか?」

「今も言いましたが確率は高いと」

「お嬢様は貴方には聞いていませんよ」


 ハデルが説明を続けようとしていたが、メイドのメイシルがピシャリとそれを跳ね除けた。その毅然とした態度は見ていてスカッとする。


「さっきも話していたが、シノの刀が呪われているなんてのはそこの二人の妄言でしかない。大体今まさにこの刀が凄い力を持った業物だと証明したばかりだしな」

「そうでしたか。ならば間違いないでしょうね。この度はこちらの不手際で誠に失礼いたしました」

「な、何勝手な真似をしている! 謝罪などありえんぞ!」


 随分あっさりとミレイユは自分、というよりは代理を名乗っているダミールの非を認めてくれた。


 もっとも当の本人は納得がいっていないようだが。


「そもそも事件は解決したと言っているのにギルドに文句をつける意味がわかりません」

「だからそれが嘘だと!」

「何故ですか? 先程の話を聞いてみても嘘だと言い切るほどの根拠があるとは思えませんでしたが? ジャックという男が犯人である可能性の方が十分に高いでしょう。鑑定結果も出ているといいますし」

「しかし、鑑定はあくまで鑑定。それだけをうのみにするのは危険です」

「だからこそ、これからギルド側で調査をすすめるのですよね?」


 ダミールとハデルが必死にミレイユに説明するが、ミレイユは二人の話を全く信用する気がないようだ。とてもいいことだと思う。


「勿論。鑑定はあくまで一つの目安。ここから足取りや行動などを追う作業が残っているからな」


 なるほど。確かに鑑定だけでは実際に行為があったのかまでは追えない。そのための裏付けが必要ってわけか。


「ならばその間だけでも、サムジャの冒険者は勾留する必要があるでしょうな」

「そんな馬鹿な話があってたまりますか。認めませんよ」

「し、しかしもし被害が出たらどうするつもりだ!」


 随分と食い下がるが、俺がやったという証明も出来ないのに、これ以上何を根拠にするつもりなのか。


「はぁ、疑わしいと言うだけで証拠もなく捕まえていては疑われる方もたまったものではありません。父とてそのような真似は一切したことがありませんよ。それに、今の話では疑っているのは叔父とそこの大神官だけではありませんか。そんなことで捕まえて勾留するなどという乱暴な話認めるわけにはいきませんね」

「くっ、貴様、今の私の立場がわかっているのか!」


 ギリギリと歯ぎしりし、指を突きつけダミールがいいのける。


「貴方はただの代理です! それ以上でもそれ以下でもない。もっとも貴方が適任かどうかは既に怪しく思っていますが」

「な、何? どういうことだ?」

「ここで申し上げて宜しいので? そうですかわかりました。メイシル」

「はい――」


 今の自問自答。全くダミールに遠慮する気がない姿勢だな。とてもいいことだ。


「ダミール様。私が独自に調べたことではありますが、貴方の素行には色々と問題がありますね」

「なんだ、と?」


 ダミールは平静を装っているが口調には焦りが感じられる。


「貴方様には大きな借金がありますね。しかもその内容は闇カジノの利用によるもの。しかもそれもあり、どうやら裏の組織の連中からも激しい取り立てを受けているとか」

「な、な……」

「おかしいと思ったのです。これまで一度たりとも顔を見せたことがない貴方が急にお父様の下に訪れたことが。しかも父様は貴方からお金をせがまれていたそうじゃありませんか」

「既に一度断られていることということもわかっております。そしてその直後に旦那様は病が悪化しています。これは一体どういうことでしょうか?」


 今の話にギルド内が騒然となった。内容があまりに黒い。俺なんかよりずっと怪しいだろうこの男――

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