第24話 サムジャと大神官

 大神官――セイラは確かにいまそう口にしたな。青いローブを羽織ったこいつがこの教会の責任者ってことか。


「アグール神官答えよ。聖女セイラが時間外に表に出ている理由を」

「ハッ! ハデル大神官にお答え致します。ここにいる冒険者が怪我をした子犬を連れてまいり聖女様に治療を強要し、聖女様も仕方無しに渋々この野良犬を治療した次第です。私は止めたのですがこの者の恫喝に近い物言いに聖女様は危惧しこのような真似――」

「デタラメをいわないでください!」


 ハデルという大神官にアグールが説明を始めたがとんでもない脚色が織り交ぜられた物だった。


 一体俺が何を強要したというのか。頼みはしたけどな。そしてセイラが即座に異を唱え補足してくれた。


「大神官様。シノ様が連れて参られた子犬は酷い怪我を負っておりました。そのまま放っておいては命に関わると判断し、私が自らの意思で魔法による治療を施したのです」


 セイラが説明を始めると聞いていたアグールが悔しそうに俯き拳を震わせていた。しかしこいつも下手な嘘をつくからそうなるのだと思うが。


「ここにいるシノ様は以前私が道で無頼漢に絡まれていたところを助けてくれました。間違ってもアグールが語るような人物ではありません」


 両手を広げてセイラが俺の人柄にまで言及してくれた。正直俺はそこまで立派な人物ではないしあまり持ち上げられるのも照れくさい。


「話はわかった」

「も、申し訳ありません。私がついていながら子犬などに聖女様の力を煩わせてしまい」

「アグール。例え犬であろうと生物の命は尊いものだ。それを軽んじるような発言は感心しないな」

「も、もうしわけありません大神官様!」


 アグールがペコペコと頭を下げた。俺に対する態度とは随分と違うな。相手の方が立場が上とは言え。


 とは言え、このハデルとかいう男は話がわかりそうだ。

 

 ただ、セイラの表情がどことなく晴れないな。


「さて、その方冒険者とのことであったな――ムッ?」


 ハデルが俺の前に立ち口を開く。その途中で視線が俺の刀に落とされた。


「……この刀が何か?」

「――いや、少々気になっただけだ。さて今も話した通り教会は命に対して常に平等。故に例え犬であろうと困っていれば分け隔てなく救済もしよう。とは言えここに来て治療を受けるものは全て教会に感謝し心ばかりのお礼をしてくる。これもまた事実。勿論それはあくまで本人の気持ち次第ではあるが、他の者が感謝の気持ちを表しているというのに犬だからと何もなくては公平性に欠くというものだろう。特に聖女セイラはまだ配属されたばかりとはいえすでに多数の民から信頼も厚い。皆が感謝し聖女からの恩恵を賜しものは例外なく礼を尽くしてくれるのだからそれを蔑ろにしては結果的にそなたの評判、ついては冒険者の評判にも影響が出るというもの。故に可能であればよく考えた上でどうすればよいか考えてみて欲しい」


 随分と長々と回りくどい言い方をしてきたが、要約すれば治療費代わりに寄付をしろということなのだろう。


「大神官様! 私はあくまで厚意でしたことなのです。お礼など考えておりません」

「セイラ、私は何も強制などしておらぬよ。本人の意思に任せるとそう言っているのだ」


 俺に気を遣ってかセイラがハデルに意見してくれた。だが、当然俺だってただで済まそうと思っていたわけじゃない。確かにセイラは俺が怪我をしたら治療してくれると言ったが何かを与えて貰ったなら対価を支払うのは当然のことだ。


「セイラ大丈夫だ。勿論俺もここまでしてもらって何もしないわけには行かないと思っている」


 昔の基準で考えるとこういった場合のお布施は一万から五万ゴッズ程度が相場だ。

 

 ただ今の相場が同じとは限らないしこれだけのことをしてもらったというのもある。丁度さっき仕事で得た報酬もあることだしな。


「では十万ゴッズを寄付しようと思う。受け取って貰えるかな?」

「そんなに! シノさん、そんなには……」

「いいんだ。これぐらいさせて欲しい」

 

 セイラが随分と恐縮している。これでここまで驚くということは相場はあまり変わっていないのだろうか?

 

「…………」

 

 ただ何故かハデルは受け取ろうとしない。どうしたんだろう?


「……アグール」


 ハデルはアグールを呼び何やら耳打ちした。


「はい。おいお前、ちょっとこっちへ」


 大神官に何かを言われた後アグールが俺を手招きする。よくわからないが一旦彼についていく。教会の陰に入ったところでニコッと微笑み。


「そんな端金でどうにかなると思ってんのかテメェはあぁん?」


 かと思えば態度を一変させ睨みを効かせてきた。

 正直教会に属する神官の顔じゃないが、どうやら提示した寄付金では足りなかったらしい。


「聖女様の御心を甘くみてんじゃねぇぞ! 桁が一桁違うんだよ桁がよぉ!」

「ガルウゥウゥウウ!」


 更に胸ぐらまで掴んできたから頭の上に乗っている子犬が唸り声を上げている。態度がそこらのチンピラと変わらないから不信感を覚えたのだろう。


「大丈夫だから」

「クゥ~ン」


 頭を撫でてやると落ち着いた様子で俺の顔を舐めてきた。唸り声を上げたのも俺を心配してくれたからかもしれない。優しい犬だ。


「ふん、誰彼構わず吠えるとは飼い主と一緒で礼儀のなってない犬だ」


 アグールが悪態をつき、そして高圧的な態度で接してくる。


「それで、どうするつもりなんだ? とは言え冒険者にそこまでの稼ぎはあるとは思えんしな。もし支払えないと言うのなら特別にその刀――」

「わかった。つまりこれでいいんだな」


 アグールが何やら得々と話していたが、支払えない額ではない。お布施としては高額な気もしないでもないがセイラの力がなければ間違いなくこの子犬は死んでいた。


 命の対価として見れば決して高くはない。支払える余裕がある以上素直に応じることにする。


「へ? え、た、確かに金貨で百万ゴッズある……」


 アグールが数えて間違いないことを確認してくれた。これで問題はないな。


 そして俺が戻るとセイラは不安そうな顔を見せていた。ハデルは難しい顔をしている。


「百万ゴッズ支払っておいたぞ。これでいいんだな?」

「え! ひゃ、百万!?」


 俺が話すとセイラが仰天し、ハデルがアグールを睨んでいた。何だ? まさかこれでもまだ足りないなんて言わないよな?


「お、お前! そういうことは気軽に話すもんじゃないんだよ!」


 すると前に立ったアグールが狼狽した顔で文句を言ってくる。支払いをしたがそうか教会としてはあまり金額を公にしたくないのか


 一応は寄付金って扱いだからな。面倒なことだ。


「どういうことですか大神官様。百万ゴッズだなんて高すぎます!」

「誤解をしないでくれ。私は何も強要したつもりはない。あくまで百万という金額は彼の気持ちだろう」

「確かに子犬の命を救ってもらったことはありがたいと思っているしな。だからセイラも気にしないでいい」


 金額があがったのはアグールの言動があったからではあるが相場がそうだと言うのだしな。


「でもさすがに」

「セイラ。私は金額についてあれこれ言うつもりは無いが誤解は避けるように言わせてもらえば、ここにやってくる人々がそれぐらいの金額をお布施として置いていくのは事実だ」

「ですが、それはその多くが貴族や裕福な商人だからではありませんか」

「たまたまそうだというだけだ。それに裕福だからこそ日頃からストレスを抱えていたりで体に不調を訴えることが多いとも言える」


 よくわからないが、とにかくこの金額は不当というわけでもないのだろう。

 

「話はわかった。俺も別に返せと言うつもりもない」

「理解してくれて何よりだ。しかし、君はまだ若いのに随分と稼いでいるのだな。よほど優秀な冒険者なのだろう」


 ハデルが急に笑顔になった。お布施を支払ったからだろうか? 正直急に褒めてきてもちょっと戸惑うな。


「ただそれだけに看過できない問題がある。君の持っているその刀だが、どうやら呪われているようだ。それは君にとって災いにしかならない。だから教会で預かり浄化してあげよう」


 するとハデルが突如俺の刀を指差してそんなことを言い出した。呪われてる? この刀が?

 

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