内閣府危機管理局(4) 忍び寄る危機

 高校生の時の痴漢被害の悔しさから、赤城は大学では護身術のためにと合気道部に入った。合気道を始めたのは遅かったものの、根っからの真面目な性格のために少しずつ昇級し、四年生になる頃には赤城は有段者になっていた。また、そのころには引っ込み思案な性格も影を潜め、気が付けば合気道部の主将を任されていた。

「黒田さんは、柔道や空手の経験はありますか?」と赤城が聞いた。

「柔道は警察学校で少しやりましたが、段位は持っていません。お恥ずかしい話ですが、未だに白帯です。それから、空手は習ったことがありません」黒田が情けなさそうに答えた。

「ですが・・・・・・」と続ける黒田に、「それでは、お先に失礼します」と、まだ何か言いたそうな様子の黒田を無視して、赤城は足早に内閣府危機管理局をあとにした。

 赤城が一人暮らしをしているマンション近くの最寄り駅に着くと、時計の針は既に十二時を廻っていた。いつものように改札を出ると、昼間の喧噪けんそうは既に無く、駅前の人通りは少なかったが、深夜営業の飲食店やコンビニエンスストアの明かりが赤城に安心感を与えた。

「遅くなっちゃったなぁ」思わず独り言が口をついて出た時に、赤城は敵意に満ちた視線を背後から感じたような気がした。

 赤城は直ぐに振り返ったが、それらしい人影を見つけることはできなかった。「気のせいかな。たぶん、重大な初仕事のために緊張しているのだろう」と心の中で自分に言い聞かせながら、赤城はマンションへの帰路を急いだ。歩いて五分。自宅マンションに着いた時は、それまでの張り詰めた緊張感が薄れるのを赤城は感じた。深夜の時間帯でもマンションまでの道すがら、赤城は十数名とすれ違った。しかし、そのうちの一人がすれ違いざまに意味ありげに微笑ほほえんだことを、この時の赤城はまだ知らなかった。


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