80 彼女には絶対に見せられない女の最後

 正午となり、フェールズ王国の魔法師達が禁忌の呪文を唱え始めた。

 

 大公が、改めてチカコに刑の執行を宣言すると、それを聞いた民衆は息を呑み、小さく悲鳴を上げていた。

 

 ゲヘナ送り……。

 それは、この世界で一番重い刑だったからだ。

 死ぬことも出来ない地獄に落とされ、永遠に責め苦を味わわされるのだ。

 余りにも重い刑のため、2つ以上の国の裁決が必要となるものだったため、ここ数百年は施行されることのなかった刑だった。

 しかし、人々はその重すぎる刑の内容を語り継ぎ、それを恐れたのだ。

 

 禁断の魔法は、2つ以上の国の認証を得て、初めて展開が可能になる禁忌の魔法なのだ。

 

 魔法師達が禁忌の魔法の呪文を唱える間、民衆は顔を恐怖に歪めて、耳を塞ぎ、目を閉じてただ震えるだけだった。

 

 それまで、自分の流した汚物に塗れて蹲っていたチカコがようやく顔を上げたのだ。

 

 そして、目の前に出現した不気味な門を見て、胃液を吐き出していた。

 

「おえっ!!げぇっ!!はぁはぁ……」


 呼び出された門には、苦悶に顔を歪める人のような何かが沢山纏わり付いていた。

 助けを求めるように、手を伸ばす様は見ているだけで恐怖心が沸き起こるほどだった。

 

 そして、その門が少しずつ口を開いたのだ。

 たった少し門が開いただけで、周辺には凍えるほどの冷気が満ちていた。

 物見をしていた者は、その恐怖に震え、子供や女性達は、恐ろしさから泣き出していた。


 門は完全には開かず、人一人が通れる程の隙間が空いたと思ったら、内側から黒く染まった手がいくつも伸びてきたのだ。

 

 そして、周囲を彷徨った後に、獲物を見つけたとばかりにチカコに近づいて行ったのだ。

 

 そして、そのうちの一本の手がチカコの足首に触れた。

 その瞬間、チカコは絶叫していた。

 

「ぎゃーーーーーーーーーー!!!!!!」


 そして、吐瀉物と糞尿に塗れながら地面を這いつくばり逃げ出そうとしたのだ。

 

「いや!!いやよ!!いやぁーー!!た、助けて!!こんなのってないわ!!いや、いやーーーー!!」


 しかし、門から伸びた手はまるで面白がるかのように、チカコの体に触れるだけで何もしようとはしなかった。

 

 震えながらも絶叫を続けるチカコは、引っ切り無しに糞尿を垂れ流し、涙と鼻水で顔を汚していった。

 

 気がつくとチカコの茶色に染められた髪は真っ白になっていた。

 顔からも生気がなくなり、まるで老婆のようなシワだらけの顔を恐怖に歪めていた。

 

 自分の体の変化に気が付いたのか、恐る恐る自分の顔や髪に触れた後に驚いたように声を発しようとしたチカコだったが、何かをしゃべる時に、口から白い何かがいくつも地面に落ちた。

 不思議そうにチカコが言った。

 

「こふぇふぁ……?ふぁ!!なんふぇ?こへふぁ……」


 そう言って、地面に落ちた物を手にとって目を剥いたのだ。

 

「こへふぁ……、ふぁたふぃのふぁ?!」


 そう言って、地面に落ちたのが自分の歯だと気が付き目を剥いてから髪を掻き毟ったが、髪から手を離した時に、ごっそりと真っ白になった髪が指に絡んでいたことにまたしても目を剥いていた。

 

「なんふぇ?ふぁたふぃのかみ……」


 そして、歯も抜けて髪の半分以上が抜け落ちたチカコに門から伸びた手が満足そうに絡みついていた。

 

 その次の瞬間、強い力でチカコの体は門の中に引きずられて行ったのだ。

 

「ーーーーーーーーーーーー!!!」


 最早声もなく絶叫するチカコは、為す術もなく開いていた門の隙間から、中に飲み込まれていったのだ。

 

 チカコを飲み込んだ門は、完全に閉まった後に黒い靄に包まれたと思った次の瞬間消えていた。

 

 そこには、チカコの抜け落ちた髪と歯が落ちているだけだった。

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