54 私は……
いつの間に寝ていたのだろう?
リビングに居たはずが、いつの間にか自分の部屋で眠っていた。
目を擦りながら、時計を見ると日付が変わったタイミングだった。
背伸びをしながら、一階に降りるとリビングのテーブルに手紙があった。
その手紙には、ゆっくり休むようにと書かれていた。
私は、ヴェインさんとアーくんに心配ばかり掛けてしまっていることに心苦しくなり、今日くらいは休もうと決めた。
軽い気持ちで売り出したシャワーヘッドが物凄い売れ行きで、寝る間も惜しんで生産していたけど、そろそろ購入ピークは越えたようで、最近は生産が追いつくようになってきたのだ。
私は、久しぶりにゆっくりと湯船に浸かって体を解した。
最近はシャワーだけで済ませていたので、お湯に浸かると体が蕩けるようだった。
十分にお湯に浸かった私は、久しぶりに体が軽く感じた。
ヴェインさん達に怒られても、ついつい生産を続けてしまっていたけど、相当疲れていたことを改めて自覚した私は、髪を乾かし終えてから、キッチンに向かっていた。
キッチンで冷たいお水を飲んで、一息ついた私は自室に戻ろうとしたけど、お店から物音がしたことに首を傾げた。
「あれ?棚から何か落ちたのかな?」
そんな独り言を言いつつ、お店に繋がる扉を開けて電気のスイッチを入れた。
明るくなったお店の中を見回すと、棚に並べてあったシャンプーのボトルが倒れているのが目に入った。
「あらら……。ボトルが倒れちゃったんだね」
そう言って、棚に近づいた私は、床に落ちているボトルを拾い上げようと身を屈めようとしたけど、出来なかったのだ。
お店の扉のノブが壊れているのが目に入ったのだ。
それを見た瞬間、心臓が痛いくらいに鼓動を刻んでいた。
私は、ぎこちない動きでお店の中を見回した。
嫌な予感に、背中を冷や汗が伝って落ちていた。
震える指先で、万が一に備えて武器を取り出そうとアイテムリストを操作しようとした時、後ろから誰かに口を塞がれていた。
悲鳴を上げることも出来ずに、もがいていると「ガシャン!!」という音と共に周囲は暗闇に包まれていた。
それに驚いていると、誰かに床に押し倒されていた。
私に覆いかぶさる誰かは、必死にもがく私を数度、平手で打ってきた。
頬に伝わる痛みに、このまま殺されてしまうかもしれない恐怖で体から血の気が引いた。
それでも、必死にこのピンチを抜け出そうともがいていると、舌打ちとともに頭を床に叩きつけられた。
目の前に火花が散った。
自分の迂闊さを後悔したけどもう遅かった。
せめて武器を持った状態でいればとか。
二人と暮らすようになって、必要ないと思ってオフにしていたゴリラスキルをオンにしていればとか。
そんな事ばかり考えていた。
私に覆いかぶさっている誰かは、頭を打ち付けられたことで大人しくなった私に言った。
「たく、手間かけさせやがって……。だが、ただ殺すには惜しいなぁ。殺す前に、ちょっと楽しんでもいいよなぁ?」
頭の痛みと耳鳴りで何を言っていたのか聞き取ることは出来なかった。
でも、このまま殺されるなんて絶対に嫌だった。
もし、このまま私が殺されたら、ヴェインさんとアーくんが悲しむことだけは分かったから。
だけど、体が動かなかった。
このまま死んじゃうのかな……。
そんなことを一瞬考えた私の脳裏に何故か、いつもの怒った表情をしたかっちゃんの顔が浮かんでいた。
そうだね。このまま大人しく殺されるだなんて駄目だ。
抵抗しないと。
そう考えた私は、弱々しくはあったけど、身を捻って抵抗していた。
でも、身動きするたびに頬を叩かれた。
だけど、ある時から頬は叩かれなくなっていた。
歪む視界の中で、誰かが私に覆いかぶさっていた誰かを引き剥がしている姿がボンヤリと見えた。
そして、馬乗りになって誰かを殴って大人しくさせた後に、私に近づいてきたと思ったら、強い力で抱きしめられていた。
私は、私を抱きしめる腕に安心していた。
ヴェインさんが助けに来てくれたんだ!!
そう思った途端に、今まで出せなかった声が出せるようになっていた。
抱きしめてくれる優しい腕の中で、私は泣き叫んでいた。
「うぁぁぁ!!うっ!!ひっく!!わ、わたし……、し、死んじゃうって……。こ、こわ。怖かったよ!!ヴェインさん!!ヴェインさん!!わ、わたし、わたし!!うぁぁぁぁん!!」
泣きじゃくる私を、何も言わずにただ抱きしめてくれるヴェインさんの腕の中でいつの間にか、意識を失っていた。
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