閑話2

49 名もないモブの独り言3

 俺は、名もないモブだ。

 俺はとても運が悪くて運がいい。

 

 今日は、午前中は待機任務のため、資料室で報告書の作成に必要な資料を探していた。

 そんな俺の元に、部下が真っ赤な顔をして駆け込んできたのだ。

 

「一大事です!!大事件です!!」


 いつもは冷静な部下がこれほど慌てふためく姿に、俺はとうとう隣国の状況について掴んだのかと部下からの報告に耳を傾けた。

 

「聞いてください。先程、たまたま中央広場にいたんですが……」


 そこで言葉を止める部下の様子に、固唾を呑んで続く言葉を待った。

 

「見てしまったんです……」


「な、何をだ?まさか、間諜が紛れ込んでいたのか?」


「いいえ、それよりも凄いです。俺は、目が潰れるかと思いました」


「目が!!」


 目が潰れるほどの技を持った強者がこの国に紛れ込んだということに俺は驚愕していた。

 その強者をどうやって拘束するのか考えていると、部下が砂を噛んだかのような苦々しい表情で苦しげに言ったのだ。

 

「ヴェイン補佐官が、美少女とデートしてました。聞いてください!!しかも、その美少女の格好が!!最高に最高で最高だったんです!!」


「……は?」


「だからですね!!その美少女のスカートから覗く白く柔らかそうな太股が、ニーソとスカートの間で絶妙なバランスを保ってチラ見えするのが最高で!!それに、輪をかけるようにして、ヴェイン補佐官の甘々に蕩けきった顔が凄くて、道行く女性たちが腰砕け状態で―――」


「…………」


 真面目に隣国とのことを考えていた俺は、部下からの報告に脱力していた。

 そして、さらっと性癖を暴露されて、俺はげんなりした。

 それに、こいつはおっぱい派だと豪語していたのに、ここに来て太股派だとさらけ出されても、正直困るそ……。

 

「はぁ。ヴェイン補佐官のデートを目撃して、その連れの美少女の太股で何かに目覚めたのは理解した……。だが、俺を巻き込むな!!」


 そう言って、俺は興奮気味な部下を資料室から追い出したのだった。

 

 しかし、災難はここで終わらないのが、俺の不幸なところだった。

 

 資料室での一件で疲れ切っていた俺は、食堂まで近道をするために、中庭を突っ切ることにした。

 しかし、中庭に差し掛かったタイミングで、遠目に見えた光景に癖で身を潜めて気配を消していた。

 

 物陰から前方の様子を窺う。

 

 そこには、ヴェイン補佐官と専属魔法師とヤツの他に、目も眩むような美少女がいたのだ。

 さらに言うと、専属魔法師がヴェイン補佐官に身を寄せて何かを言っていた。

 

 ついつい気になってしまった俺は、気配を殺して匍匐前進で声の聞き取れる範囲まで移動していた。

 聞こえてくる声に神経を集中したのは言うまでもないな。




「いいじゃないの~。そ・れ・に・あたしと、ヴェインの仲じゃないのよ~。一緒に寝て、お風呂に入った仲じゃな~い。うふふ、昨日だってあんなに激しくあたしを求めたじゃないのよ~。もう~、ツレないわねぇ」


「ばっ、馬鹿言うな!!あれは、昔の話だろうが!それに、昨日のことは!」


「ええぇ、でも~。昨日は、あたし無理だって言ったのに、無理やりナカに入ってきて、激しくしたじゃないの!!ヴェインの馬鹿!あたし、辛かったんだから。あんなに何度も……」



 会話だけ聞けば、二人がいい仲に思えるが、専属魔法師は男だからそんな事ありはしない。

 そして、俺は昨日の出来事を知っていたから、誤解する余地もない。

 

 昨日、仕事をサボって自分の研究に没頭していた専属魔法師の寮に、ヴェイン補佐官が乗り込み、仕事をさせていたことをだ。

 専属魔法師は、訓練に使う魔法道具の修復をしていなかったようで、ヴェイン補佐官に全部の修復が終わるまで監視されていたのだ。

 

 そのことを知っている俺としては、自業自得としか思えなかった。


 影から様子を見守っていると、ヴェイン補佐官が専属魔法師の首に腕を回して絞め上げているのが目に入った。

 いつもの光景ながら、ヴェイン補佐官の絞め技は完璧だった。要点を抑えた完璧な絞めに専属魔法師は、ヴェイン補佐官の腕を叩いて降参の意思を示していた。 


 だが、専属魔法師が男だと気が付いていないだろう、美少女は違ったようで、ヴェイン補佐官の腕に抱きついていた。

 

 そっかそっか、可愛いなぁ。ヤキモチ焼いちゃって~。

 安心しなさい。そこにいる一見女に見える専属魔法師は男だから何も心配することなんて無いんだよ。

 

 そんなことを思っていると、美少女が言ったのだ。

 

 

「ヴェインさんは、私にとって父さんみないな人なの!!だから、ヴェインさんを取らないで!!」



 その言葉に、専属魔法師は大爆笑していたが、俺はヴェイン補佐官に同情していた。

 だってそうだろう?

 いい感じだと思っていた相手から、父親呼ばわりって、それはないだろう?

 

 同情の眼差しでヴェイン補佐官を見つめていると、ヤツが美少女に真実を教えたようで、驚いた顔をしていた。

 まぁ、その驚いた顔も可愛いと思ったが。

 って、そうじゃない。まずい!!夢中になっていて、昼休みがもう残り僅かだ!!

 食堂に向かうには、ここを突っ切らないと時間的に間に合わない。

 

 しかし、俺にはここを突っ切る勇気はない。

 

 俺は腹の虫を宥めながら、その場を音もなく去ったのだった。

 

 だが言っておこう。俺は運が悪いのだ。

 そう、午後は訓練に参加したのだが、偶然にもヤツと当たってしまったのだ。

 

 ヤツは、何かを思い出しては、頬を赤く染めて、うっとりとした表情をしながら、それはそれは、とても楽しそうに俺をボコってくれたよ……。

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