第76話 エピローグ

 あれから、一週間経った。泣きべそかいていたら灰色狼グレイ・ウルフに襲撃されたり、鼻が折れたせいで高熱が出たり、色々大変だったが、何とか生きている。


 それにしても、死ぬ覚悟なんてとっくにできていると思っていたのに、我ながら情けない。


 モンスターに食い殺されるとか、冒険者に殺されるとか、そういう恐怖ではなく、あれだけの人数の人の欲だとか悪意だとかが怖かったんだよな。得体の知れない怪物に魂ごと食い散らかされるようで。


 あんな種類の恐怖があるなんて初めて知ったよ。組織のトップだとか権力争いしてる貴族ってのは化け物だね、あんな強烈な感情の渦に晒されて生きているんだから。



 異世界傷薬のおかげで傷も治りかけてるし、鼻もかなりくっついてきた。そろそろ次の目的地へ向かうとするか。


 グラバースにも魚は入ってきたが干物しかなかった。輸送技術も冷蔵技術もない世界だから仕方がない。だけど俺は新鮮な魚が食いたかった。


 まんぷく亭の店主に聞くと、直接漁村に行くしかないと言われた。モンスターとして格の高い魚も金持ちか貴族向けの店にしか納品されないし、現地で直接食べた方が確実だと。


 グラバースの町に魚を卸している漁村は幾つか有るらしいが、そのひとつにカトーリ村という村がある。


 なんでも、その村は年に一度、領主に極上の魚を献上するのだという。かつて領主の息子が結婚した時、祝いとして市民に豪勢な料理、結婚式の残り物が下賜されたことがある。


 まんぷく亭の店主は、魚の骨に少しだけこびりついた肉片をほんの一欠けらだけ食べることができた。あまりの旨さに呆然としたそうだ。


 その味が忘れられず、料理の腕を磨いていると言っていた。その魚が漁獲されるのがカトーリ村だという。


 領主に献上されるほどの魚なので、食べられるか分からないが可能性はゼロじゃない。まんぷく亭の主人に言われ、次の目的地をその漁村に決めたのだ。


 格4のモンスターであり、領主に献上されるほどの魚、その名を『竜魚』という。竜のような外見をしているわけではなく、伝説で美味とされている竜の肉にも匹敵するであろうと、領主が命名したらしい。


 なんて中二心をくすぐる名前の魚なんだ。できれば食してみたい。竜魚が食べられなくても、新鮮な海の幸は食べられる。


 町に行けば絡まれる、金があれば命を狙われる、女にはモテない。もう俺には美食しか救いがねぇ。



 次の目的地はカトーリ村! どんな料理と出会えるかな、どんな人と出会えるかな? 辛い気持ちを森に置き去りにし、俺は次の目的地へと向かった。

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