第74話 グッバイカッス!

 ポールを殺してから、まだ一日しか経っていない。対応が早すぎる。それに衛兵は、冒険者同士のもめ事は基本不介入のはずだ。ゲイリーが衛兵を動かしたのか?


 衛兵との癒着は想定していたが、こんなに早く動くとは思っていなかった。ゲイリーはそのワイルドな外見とは裏腹に、頭を使うタイプらしい。


 相手はカッスを含めて3人。衛兵はパワーレベリングで20レベルになっているが、冒険者に比べると実戦経験が少ない。


 こいつらの基礎値が突出していない限り、不意打を仕掛ければ対処はできる。しかし、真昼間の町中で衛兵に手を出すのはまずい。


 どうしたものか……。



 それにしてもまたコイツかよ。入市のときに、金を取られた上に殴られた怒りがよみがえって来る。


 こんなカス野郎殺しちまえ! 甘い破壊衝動が俺の脳を刺激する。


 ニヤケ面を晒しているカッスは隙だらけだ。コイツの顔面に拳を叩き込めば、さぞ気持ちが良いことだろう。


 誘惑に負けそうになるが、慌てて気を落ち着かせる。暴力に飲み込まれてはいけない。暴力は目的ではなく、目的を達成する手段のひとつに過ぎないのだから。


 この場は穏便に済ます方法を考えるんだ。コイツには報いを受けさせる、だが今じゃない。追い詰められた俺は脳を高速で稼働させる。


「ヤジン、逃げようなんて考えるんじゃねぇぞ」

「へっへっへ」


 カッスと他の衛兵が嫌らしい笑みを浮かべながら、俺を取り囲むように移動する。


 薄く広がってくれたおかげで、ひとり倒せば包囲は簡単に破れるし、各個撃破もしやすくなった。むしろ逃走しやすくなっただけだ、相手が俺を舐め腐っていてくれて助かる。


 最悪の事態に備え、頭の中で逃走経路を計算する。こうなったら開き直るしかない。失敗したらカッスの野郎をぶっ殺して逃げればいい。


 なんとか穏便に済ませるため、俺は文明人らしく対話による問題の解決を図ることにした。 


「領法に冒険者ギルドに所属している冒険者を違法に捜査、または逮捕をしてはいけないと明記されています。この逮捕は正式な手続きを取ったものですか?」


 衛兵たちが、何言ってんだコイツ? と言う顔をしている。


「何を訳の分からないことを言っている!」

「つべこべ言わずに大人しく付いてこい!!」

「冒険者は町の住人ではありません。だからと言って、衛兵が好き勝手に逮捕できるものではないのです」


 冒険者はいわゆる流民扱いだ。人頭税を徴収されない代わりに、領内の公共サービスを受けられない。


 ギルドの報酬から税を取っているくせに流民扱いなのだ。素性の怪しい人間を領内に入れてやっているのだから金を寄越せということなのだろう。


 公共サービスには衛兵による住民の保護が含まれている。


 流民である冒険者はその対象外なので、金を奪われた、怪我をさせられたと衛兵に訴えても無視をされる。


 衛兵はあくまで領民を守るために存在している。流民である冒険者を保護することはない。そして、衛兵は冒険者同士のトラブルに口を出さない。


 公共物か領民に被害がない限り、衛兵には捜査権がない。


 これは、冒険者同士のトラブルに介入し衛兵が無駄に死傷することを防ぐためでもあり、衛兵の搾取から冒険者を守るための決まりでもある。


 昔は、衛兵が冤罪からの財産没収コンボを冒険者に決めまくっていた。そのせいで冒険者たちがキレ、反乱を起こした。


 反乱の勢いは凄まじく、町がひとつ陥落するという事態が起こった。


 冒険者によって町が陥落したというニュースは各地に伝わり、衛兵に恨みを持っていた各地の冒険者が連鎖的に暴れ、各国がパニックに陥ったことがある。


 そのとき、痛い目を見た教訓から、冒険者と衛兵はお互い不介入。という法が多くの国で定められた。


 過去の手痛い教訓から新たな法が作られることは珍しくない。


 それから数百年の歳月が流れ、法は形骸化してしまった。取り締まっている衛兵たちですら知らないだろう。


 法自体は残っているが、知るものは殆どなく、一般市民や冒険者が誰も読まない法を記した書物にひっそりと書かれている。

 

 ただ、経験則として衛兵の隊長が語ったように、生かさず殺さず搾取し続けろ。という、最悪のノウハウだけが代々伝わったようだ。


 この法を声高らかに訴えかけたとしても、門なら町に入れてもらえなくなるだけだし、普通に言っても力ずくで連行されそのまま口を封じられる。


 うまく行き、その場で衛兵の追及を逃れられても、結局衛兵に目を付けられ町に住みにくくなる。


 だけど今このとき、目の前の危機を脱するだけなら使える方法だ。


「まさか違法と知りつつ、無理やり私を逮捕しようとしているのですか?」


 そう、ここは町のど真ん中。多くの店が立ち並ぶ区域。交易で栄えたこの町には、他領や他国から多くの商人が訪れている。


 周囲の人間にアピールをするように、丁寧な言葉を使い声高らかに叫ぶ。


「領法とは、領主様が定めた法であり、領民が遵守すべきものです。法を破るということは領主様の権威を穢すことであり、ひいては領主様を任命した国王陛下への反逆です。公僕たる衛兵が国王陛下の権威を軽んじるとは、この領は反乱でも企てているのですか!」


 国王陛下への反逆、反乱でも企てている。物騒な言葉を強調することで、周囲の注目を集める。


 この状態で俺を強制的に逮捕するなり、切り捨てるなりすれば、言われて不味いことがあったので口封じに殺したと思われてしまう。


 ここにいる商人たちにより噂は拡散され、この町の領主は厳しい立場に置かれるだろう。一介いっかいの衛兵には問題がでか過ぎる。


 人々の視線が衛兵たちに集まり、ひそひそと周囲から『反逆』『反乱』などの物騒な言葉が飛び交う。


 自分たちのキャパシティーを超えた問題を前に、カッスたちは顔を青くして固まっていた。


「もし、何かの手違いでしたら、そう言ってくだされば良いのです。誰にでも間違いはあります。それともこの町の衛兵は正式な手続きもせず、法をひいては国王陛下の権威を軽んじる。そういった人間が衛兵をしているのですか?」

「何か、手違いがあったようだ」


 カッスは絞り出すようにボソッと言った。


「良く聞こえません、大きな声でお願いします」

「手違いがあったようだ! 我々は国王陛下の権威を軽んじてなどいない」

「そうですか、それは重畳ちょうじょう。私はもう立ち去っても良いですか?」

「どこへなりと行け!」

「皆様、私の勘違いでした。お騒がせして申し訳ございません」


 俺は優雅に一礼すると、その場を去った。


 かなり強引だったが、何とかなった。すぐにでも町を出たいが、やることがある。リスクを考えると愚かだとは思うが、カッスに報いを受けさせる。


 俺は宿に戻ると夜まで時間を潰し、夕飯を食べた。そして町を出ると伝えた。


 先払いした分の宿泊費を返してくれようとしたが、女将さんにチップだと言って無理やり渡した。


 客商売とは言え、まんぷく亭の女将と店主には世話になった。差別もされなかったし、料理も美味かった。


 この糞みたいな町で、ダニエルさんとまんぷく亭の夫婦だけが俺をまともな人間として扱ってくれた。俺にはチップぐらいしか、感謝を表す方法がない。


 女将さんに感謝の気持ちを伝え、店主と握手をして別れる。


 すぐに町を出るべきだったかもしれない、だけどカッスの野郎に復讐をしないまま町を出るなんて俺にはできない。


 真昼間から衛兵を害するのはまずい。だから夜だ。太陽は闇のヴェールに覆われた。


 カッスの野郎、待ってろよ。貴様の顔、声、足音、息遣い、すべて覚えた。必ず探し出して報いを受けさせてやる。


 荷物が邪魔になるので、こっそりまんぷく亭の裏に隠しておく。勝手においてすみません、後で回収しに来ます。


 店に頭を下げると、俺は移動を開始した。


 この一か月、何もしていなかったわけじゃない。スラムの情報屋に金を渡し、カッスの行動パターンを聞いていた。


 正確を期すために、複数の情報屋から情報を仕入れた。昼間にいたということは日勤のはず、今頃は行きつけの酒場か家にいるはず。


 衛兵の宿舎はセキュリティーが厳しいので、先に飲み屋を確認する。フードを深くかぶり、気配隠蔽を全開にして路地の暗がりから店へと向かった。


 店に着いた俺は、気配察知で店内をうかがう。気配察知にカッスの反応があった。店の裏に回り、カッスが店から出るのを待つ。


「ヒック、なんで俺が説教されなきゃいけねぇんだよ。隊長のクソが! ヤジンとかいうガキ、ただじゃすまさねぇ」


 しばらく待つと、ハイペースで酒を飲んでいたカッスが店から出てくる。俺は慎重に後を付けた。


 フラフラと千鳥足で歩きながら、カッスは裏路地へと入っていく。


「ふぅ~、飲み過ぎたぜ」


 カッスは裏路地で立小便を始める。俺はこっそり背後に近付き股間を蹴り上げた。グシャ! 足の甲に2つのナニが確実に潰れた感触が伝わってくる。


 酔っていたカッスが睾丸を破壊されたことを認識し、痛みによる悲鳴を上げるため空気を吸い込んだ、その瞬間!


「ググッ」


 背後から裸絞をガッチリ決め、絞め落とす。気絶したカッスが、自ら出した血まみれの小便に顔から突っ込み、ベシャリと音が鳴った。


 俺は素早くその場から離れる。裏路地と言っても、人通りの多い道から一本それただけだ。通行人に見つけてもらえるだろう。


 カッスに恨みは有るが命を奪うほどじゃない。直接的な被害は金を取られて殴られただけ、殺すのはやり過ぎだと思った。


 ある意味死んだようなものだが、アイツの被害にあったのは俺だけじゃないはず。当然の報いだ。


 心残りは消えた、後は町から出るだけだ。すでに門は閉まっているので、こっそりと抜け出す必要がある。まさか忍び込むのではなく、忍び出る羽目になるとは。


 衛兵の巡回パターンを調べつつ、深夜になるまで時間を潰す。




 深夜になり、まんぷく亭の裏に隠してある装備を回収に行った、そのときだった。


 俺の気配察知の範囲外から包囲網を敷いていたらしく、反応が出た頃にはまんぷく亭を中心に円が描かれていた。


 いったい何人居やがる! 俺の気配察知の範囲外から包囲網を作るなんて洒落にならねぇ。円はどんどん狭められている。


 完全に包囲されるまでに強行突破しようと、包囲の薄いところに飛び込んだ。飛び込んだ先にいたのは……ゲイリーだった。


「よぉ、ヤジン。こんな夜中にどこ行こうってんだ」

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