第70話 待ち伏せ

 ゲイリーに呼び出された、次の日。俺はグラバース近くの森に来ていた。


 色々疲れていたので休もうと思ったが、感覚が鈍りそうだったので森に来ることにした。


 最悪、ここに逃げ込むことになるかもしれない。軽く森の様子を見ておきたかったと言う理由もある。


 ダニエルさんによると、森は今、獲物が多い時期なのだそうだ。森の奥に住んでいる格が高いモンスターの巣立ちの時期らしい。


 巣立ちで、新しい縄張りを求めて移動したり、すでにいるモンスターとの縄張り争いが起き、弱いモンスターが森の外側に押し出される。


 供給が増えるので単価は下がるが、それでも獲物を仕留め易い。グラバースの冒険者には稼ぎ時だ。


 ロック・クリフの街道も整備されていたが、さすがに森への道は整備されていなかった。


 しかし、グラバースは食料の供給源のひとつである、森への道を整備した。舗装されたしっかりとした道があり、森の浅い部分にモンスターが集まる。


 そのため、冒険者たちは解体などしない。荷車や馬車を借り、獲物を仕留めるとそのままギルドの解体所へ運ぶ。


 この荷車や馬車を置く場所は限られており、どのパーティーがその場所を使うかをゲイリーたちが管理しているらしい。


 彼に逆らうと、荷車や馬車を置く場所が使えない。せっかく獲物を仕留めても、わざわざ手間を掛けて解体しなければならず、必要最低限の部分しか持ち帰れない。


 不公平感が出ないよう、良い場所に荷車を置けるパーティーをローテーションで回してはいるらしいが、やはり贔屓はある。


 だが、誰も管理していないと揉め事が多発して、結局仕事にならない。現場を仕切るリーダーが必要なのだ。


 この町の冒険者はロック・クリフと違い、やたらと連携が取れている。上下関係がしっかりしている印象だが、ある程度協力しないとうまく仕事が回らない事情があるのだろう。


 俺はソロなので、荷車を用意して次から次へと獲物を仕留めても荷車を監視する人がいない。そのため、獲物を盗まれたり嫌がらせを受けたりする危険性が高い。


 それに、ゲイリーに嫌われている俺に良い場所が割り当てられることは無いだろう。丁度良いと割り切って、森の中でも人気のない場所に来ている。


 他の冒険者たちが仕留めているモンスターとは別種類のモンスターを倒して、丁寧に解体することで差別化を図る。


 ダニエルさんなら、そこら辺をしっかり見てくれるはずだ。俺が剥ぎ取った灰色狼グレイ・ウルフの毛皮も、色を付けて買い取ってくれたからな。



 いつものように、香りの強いハーブを体に擦り付け体臭を消す。気配察知で獲物を見つけると、移動地点を予測して待ち伏せをする。


 狙っているのは、剣鹿ソード・ディアーと呼ばれているモンスターだ。


 気配に敏感で逃げ足が速い。効果はしょぼいが魔法が使えるらしく、弓などの遠距離攻撃を風魔法で防御するらしい。


 逃げ足が早く遠距離攻撃が通用しないため、剣鹿ソード・ディアーは狩るのが非常に難しい。そのため希少価値が高く、素材が高く売れる。


 剣鹿ソード・ディアーは、基本臆病で逃げに徹する。だが、逃げられないと判断すると、剣の名が表す通りの切れ味を持った角を振り回し、攻撃してくるようだ。


 風魔法を攻撃に使ってくることは無いそうだが、角の切れ味は鋭く、人体ぐらいスパッと斬れると言われている。


 なんでも、雄同士でぶつけあったり岩に擦り付けて角を研ぐのだそうだ。生まれつきではなく、努力で切れ味を上げていると聞いて、軽くリスペクトを覚えた。


 空手家が拳足を鍛えるように、剣鹿ソード・ディアーも角を研ぎあげ、戦いに備えている。相手にとって不足なし。


 気配隠蔽を全開にしながら茂みに隠れ、俺は剣鹿ソード・ディアーを待った。



 剣鹿ソード・ディアーが目視できる位置まで近付いてきた。俺は気配を殺しながら、攻撃が仕掛けられる位置まで待ち続ける。


「ピィ、ピャッ」


 剣鹿ソード・ディアーがホイッスルのような甲高かんだかい鳴き声を上げる。警戒音を発して群れの仲間に注意を促している。


 気配に敏感だと聞いたが、ここまでとは。俺の気配隠蔽もそれなりのレベルになったという自負があったが、気付かれている。


 ナイフで仕掛けるにはまだ遠い距離だ。警戒心が消えるまで、ここに潜み続けるか? いや、もうバレている。イチかバチか行くしかない。


 俺は鉄のナイフを、群れの一番近い雄の首に向かって投げながら飛び出す。剣鹿ソード・ディアーの群れが一斉に森の奥へと逃げ出した。


 俺の投げたナイフは不自然に軌道が曲がり、ナイフが急角度で下に落ちた。


 だが、風の勢いが弱かったのか、完全にナイフをそらす事は出来ず前足にナイフが刺さる。矢よりも重かったので、風で防ぎきれなかったようだ。


 ラッキーだ、ついている。


 俺は剣鹿ソード・ディアーに止めを刺すためナイフを抜いて接近する。すると、群れから立派な角をした一体の剣鹿ソード・ディアーが引き返し、俺に襲い掛かってきた。


「キャーーッ」


 剣鹿ソード・ディアーは頭を振り下ろし、角で斬り付けてくる。枝分かれした剣鹿ソード・ディアーの角は、刃物をいくつも並べたような恐ろしさがあり、まともに受けるとタダでは済まないと容易に想像できた。


 攻撃範囲は広いが、予備動作がでかすぎる。俺は右にステップでかわそうとするが、急に風が吹き、少しだけ左に戻される。


 まずい! 俺は咄嗟に身をよじるが左腕を斬られてしまう。


「つぅ」


 魔法は攻撃に使わないんじゃなかったのかよ。情報を鵜呑みにした俺が馬鹿だった。風の刃みたいな分かりやすい攻撃じゃないが、これは厄介だ。


 傷はそこまで深くないが、痛みと出血がある。早めに仕留めた方が良い。俺は集中力を高めながら、次の行動を考えていた。


「キャーーッ」


 女性の悲鳴のような不気味な声を上げ、剣鹿ソード・ディアーが襲い掛かってくる。俺は上体を後ろに倒し、スライディングしながら剣鹿ソード・ディアーの攻撃をかわす。


 そして、すれ違いざま剣鹿ソード・ディアーの足を斬り付ける。


 スライディングの勢いをガッと足を地面に突き刺すことで止め、そのエネルギーを使って体を起こす。


 足を斬られた剣鹿ソード・ディアーは動きが止まっており、俺の立った位置はかなりの近距離だった。ここまで接近すると、逆に角は使いにくい。


 俺はナイフを順手に持ち替え両手で持ち、体ごと体当たりをするように剣鹿ソード・ディアーの心臓に突き刺した。


 反撃を避けるため、剣鹿ソード・ディアーの後ろ側へ回るように移動しながら様子を見る。剣鹿ソード・ディアーはしばらく暴れると、電池が切れたように、急に動きを止めた。


 俺は慎重に近付き、首の動脈を斬る。完全に動きが止まったのを確認すると、周囲を確認し、ふぅと息を吐いた。


 剣鹿ソード・ディアーの群れの姿はすでになく、俺のナイフが前足に刺さった剣鹿ソード・ディアーだけが気配察知で察知できた。


 俺は斬られた左腕に傷薬を塗り、少し考えた後、全力で走りナイフが前足に刺さった剣鹿ソード・ディアーを仕留めナイフを回収した。


 死体を担ぎ、最初に仕留めた剣鹿ソード・ディアーの場所へ戻る。こいつを追跡している間に死体を別のモンスターに荒らされるリスクがあったが、ナイフは回収したかった。


 運良く、立派な牡鹿の死体は荒らされていなかった。


 俺は二体の血抜きをし内臓を抜くと、穴に埋めた。角に気を付けながら二体を担ぎ、川へと向かう。


 さすがに重い。


 川に着くと二体を沈め、流れないように処置をする。作業を終えると、岩に腰掛け一息ついた。


 剣鹿ソード・ディアーは角が一番高く売れる。だが、形状的にも、切れ味的にも、リュックには入らない。


 運ぶのが大変そうだ。2体は欲張りすぎた。我ながら考えが足りないと、少し反省した。


 しかし、あの剣鹿ソード・ディアーはなぜ引き返し、俺に襲い掛かってきたのだろうか? 群れを逃がすためなのか? それともナイフが刺さった若い牡鹿は、この鹿の息子だったのだろうか。


 それはさすがにロマンを求めすぎか。俺は苦笑いを浮かべると、自分のステータスにある中二病の称号を思い出し、少しへこんだ。


 切られた左腕は一応、傷薬を塗った。


 しかし、応急処置的な雑な処置だったので、落ち着いたので改めて処置をしたい。火を熾し、鍋で湯を沸かす。


 今回は地味に危なかった。まさか、風魔法で回避の邪魔をしてくるなんて予想もしていなかった。


 風魔法なので目視できず、対応が遅れてしまった。


 魔法の風なのだから、派手なエフェクトとか魔素マナの流れが見えたりするかと思ったが、まったく分からなかった。


 風属性の攻撃魔法がどのくらい威力があるのか分からないが、目視できないという時点でヤバすぎる。改めて魔法の恐ろしさを知った。


 そう考えると、魔法を使える貴族様は恐ろしい強さなのだろうか。


 深く考えずに貴族をぶん殴ったが、色々な意味で危険だった。次に手を出す機会があれば、反撃される時間を与えず素早く殺すとしよう。


 そんなことを考えながら傷口の処置をする。沸かし湯を冷まし、その水で傷口を洗う。改めて傷薬を塗り、綺麗な布を巻いた。


 怪我の処置が終わっても、肉が冷えるまでまだ時間がある。暇なので、気配察知で鹿肉を取られないように気を付けながら周囲の薬草や毒草を採取していく。


 ついでに回収した毒草を鍋に入れ、煮詰めていく。風上に立ち、口に布を当てて有害物質を吸い込まないよう気を付けながら毒を煮詰める。


「イーッヒッヒッヒ」


 毒草を煮詰めながら木の棒でグルグルかき混ぜていると、すごく魔女っぽいと思った。テンションが上り、ついつい変な声を出してしまった。


 やべぇ、神に見られたらいじられる! 俺は慌てて魔女の真似を止めた。


 あの野郎、忘れた頃にいじってきやがるからな。ある意味モンスターよりも恐ろしい存在だぜ。


 俺は森で見えない神に怯えながら、ぐつぐつと煮える毒草汁を眺めていた。

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