第65話 中二病

 浮雲亭への未練を断ち切るために、足早に街道を移動していたが、良い機会だと思い、久しぶりにランニングをやることにした。


 スッスッ、ハッハッと二回短く鼻で息を吸い、二回短く口から息を吐く。一週間も、高級宿でぐうたらしていたが、体は長年やってきた呼吸を忘れないらしい。特に違和感もなく、自然と呼吸ができる。


 ランニングはあまり好きではないが、見たことのない景色を眺めながら走るのは悪くない。


 一定のペースで響く足音と呼吸音が、とても心地よかった。


 街道は整備されており、馬車がすれ違えるほどの道幅ときっちりはめ込まれた石畳が続いている。どこまでも続く石畳、すれ違う馬車と護衛の冒険者。


 走って街道を行く人間は珍しいのか、それとも警戒されているのか、すれ違うたびに護衛の冒険者との間にピリッとした緊張感が走る。


 悪くない、単調なランニングのスパイスとしては上等だ。俺はペースを乱さず、走り続けた。このままグラバースまで走り続けてやろう、そう思ったが4時間ぐらいでヘロヘロになった。


「完全に電池切れでござる」


 独り意味不明な台詞を吐くと、適当な場所に座り体力を回復させる。


 疲れた……。


 そういえば最近、体力の限界まで肉体を酷使した記憶がない。いつ襲撃されるか分からない世界なので、常に余力を残しながら行動していたためだ。


 以前冒険者八人に追い立てられたことがあったが、あれ以来だと思う。


 限界まで体力を消費して気付いたのだが、俺は意外と体力がない。身体能力は地球にいる頃の数倍になっているのに、スタミナはそうでもない。


 筋力の伸びがすごいので燃費が悪いのか、それとも持久力は能力の伸びが悪いのか。レベルがあがったから疲れ知らずでずっと戦えるというわけでもないらしい。




 ここら辺は見晴らしも良く、人通りが多くて治安が良い。そのため、ついつい体力の限界まで走ってしまった。


 少し軽率だったが、自分の限界を知るといった点では良かったかもしれない。



 休憩して体力がある程度回復したので、さっきよりペースを落として軽く走る。


 途中の村で宿を取ろうか迷ったが、久しぶりに野営をしよう。下手な宿よりよっぽど安心できる。


 そろそろ夕方に差し掛かる。暗くなる前に、野営の準備をしなくては。そう思い走っていると、街道から少し離れた場所に森を見付けた。今夜の宿泊場所はあそこにしよう。


 日が沈む前に手早く野営の準備を済ませることにする。森に入り多少開けた場所を見つけると、周囲の地形を軽く確認。火を熾す。


 火を熾した後は、大量の枯れ枝と枯れ葉を集める。燃料と寝床にするためだ。



 キャンプ地を決め、火を熾した俺は五感強化を最大に強化する。


 嗅覚が鋭くなりすぎて匂いにえずくが、しばらくすると慣れてきた。相変わらずオーガニックくせぇ。鼻に訴えかけてくる強烈な匂いに耐えながら、なんとか匂いの嗅ぎ分けをする。


 五感強化を使うと、人間が持つ本来の嗅覚を超えてしまう。そのため、入ってくる情報が膨大になる。その情報処理に、まだ脳が慣れていない。


 情報過多の状態で匂いを嗅ぎ分けるのは、かなりの集中力が必要になる。使っていけばいずれ慣れると思うが、かなりキツイ作業だ。


 集中しながらクンクンと匂いを嗅いでいると、お目当ての物を発見する。虫よけに使っている木の匂いだ。


 樹木の中には、虫の嫌う成分を分泌して虫から身を守る種類がある。この木はその成分が特に強いのか、生木を燃やして、煙で燻蒸くんじょうすると良い虫よけになるのだ。


 枝の先を焚き火に突っ込み火を付ける。生木は燃えにくいため、焦らずじっくり火に掛ける。


 生木の水分が飛び、枝に火がついた。それでも乾燥しきっていない枝はモクモクを煙を出す。


 この殺虫成分がふんだんに含まれた煙を使って、集めてきた枯れ枝や枯れ葉を燻す。


 枯れ木や枯れ枝は燃えやすいので、間違えて火がつかないように慎重に作業を進めた。


 燻蒸くんじょうが終わると、枯れ枝と枯れ木を適当に組みわせて寝床を作る。


 最後に、背嚢りゅっくからシーツを取り出し上に掛けた。


 完成した寝床に軽く横になってみる。


 枯れ葉がふわっとして少しだけ寝心地が良い。ただ、浮雲亭の寝具とは比べ物にならない。我ながら贅沢になったものだ。


 干し肉を火であぶり、固焼きのパンと食べる。硬くてパサパサしてるな、さぼらずスープも作れば良かった。


 手早く食事を終えると、やることもないので少し早めに眠ることにした。シーツ越しに枝がチクチクする。体は頑丈になっても微妙な感覚は残るんだよな、まったく不思議な世界だ。




 すっと目を開ける。気配察知に反応があった。周囲は闇に包まれ、木々の隙間から星々が見えた。焚火は辛うじて火が残っている。


 燃料の枯れ枝を放り込むと起き上がり、襲撃に備える。気配察知の反応から予測すると、相手はゴブリンだ。


 俺は腰の後ろに手を回すと、黒鋼のナイフをシュッと抜いた。浮雲亭でまったりしながらもイメージトレーニングはしていた。多少、獲物が小さいが、色々と試させてもらう。


 彼我の距離が近付くと、ガサガサ、ゲギャゲギャと音を立てながらゴブリンが現れた。数は四体。油断はしないが、緊張する相手でもない。


 俺はリラックスした状態で大胆に距離を詰める。ゴブリンが粗末な棍棒を振り回し攻撃してきた。


 俺は横や後ろに避けるのではなく、右足で踏み込みながら半身になり、距離を詰める。距離を詰めながら棍棒を振るったゴブリンの肘の腱をナイフで切断し、左の突きを顔面にねじ込んだ。


 ゴブリンの顔面に減り込んだ拳を引き抜くと、グボっと特徴的な音がした。カウンターの突きだけで余裕だったが、せっかくの機会なのでナイフを使った戦い方も試させてもらう。


 背の低いゴブリンの攻撃を避けるため、地を這うように低く飛び込む。そして、すれ違いざまにアキレス腱を斬り付ける。


 腕を外から内に振り切った勢いを利用して体を回転させ、左の後ろ回し蹴りを放つ。しゃがみ込むほど低い位置からの上段後ろ回し蹴りは、カポエイラの蹴りのような独特の軌道を描きながらゴブリンの側頭部を砕いた。


 ナイフの振りがでかすぎる。フックの様に横からではなく、まっすぐ最短距離で刃を押し当てる。最後は、すっとナイフを引くだけで良い。


 軌道が楕円形になっている。三角形のようなシャープな軌道を意識しなければ。


 引き斬るという動作は本来、日本刀のような片刃の刃物の斬り方だ。


 だが、黒鋼のナイフは切れ味が鋭いため、軽く当てて引くだけでスパッと切れる。両刃のナイフだろうが関係はない。


 ゴブリンの棍棒をかわし、腰を切りながらまっすぐナイフを押し出し、首筋にピタリと当てると、少しだけ横に滑らせながら引き斬った。


 一瞬遅れて、血が噴き出してくる。


 俺はバックステップで血飛沫をかわしながら、わき腹にある棒手裏剣を手首のスナップで投げる。


 グドッという、想像より重い音を立てながら、棒手裏剣は頸動脈を斬られたゴブリンの眼球に刺ささった。


 棒手裏剣は眼球のさらに奥、脳まで到達していた。


 俺はもう一本棒手裏剣を取り出すと、アキレス腱を斬られてのたうち回っているゴブリンに投げる。


 ドッと鈍い音を立てて、頭蓋骨を突き破り頭部に棒手裏剣が刺さった。


 しかし、場所が悪かったのか即死はせず、まだ息があるようだった。棒手裏剣をもう一本取り出すと、コメカミに投げた。


 ふむ、頭だと、即死にならない場合もあるな。地球でも頭に弾丸を撃ち込まれたけど助かったというニュースを聞いたことがある。


 脳は、場所によってつかさどる機能が違うので、場所によっては致命傷にならない。もう少し腕を磨いて、確実に仕留められる場所に投げられるようにしなければ。


 今の戦闘で課題が見えた。ナイフの振りをシャープにするのは良いが、その後の体の動かし方が変わる。フックのように真横に振りぬくと体は横に流れる。


 その力の方向を利用してそのまま回転して、後ろ回し蹴りを放ったり、逆側の足で踏ん張って反発力を使い、逆側のフックを放つ。


 後は踏ん張った力を斜めに流しながら体を移動させ、ロールして脇を潜りながらサイド、もしくはバックを取る。


 そういった、攻撃によって生じたエネルギーを次の攻撃につなげる動作が必要なのだが、ナイフの軌道をシャープにすると力の流れが変わる。


 フックのように横にエネルギーが流れないなら、そのまま回転して後ろ回しという動作ができない。


 いや、振り切った手を手前に引くようにしながら胸に寄せ、重心を中心にして、足を外側から振り回した遠心力で叩きつけるのではなく、回転速度を上げ、その勢いと筋力でコンパクトに蹴り出す蹴り方にすれば行けるか? バックスピンキックという手もある。


 やばい、楽しくなってきた。


 気配察知にさらに反応があった。ゴブリンの血に誘われたのだろうか。


 丁度良い、色々と試せるぞ。もっとだ、どんどんきやがれ。


「ふははははは、最高だぜ」


 テンションの上がった俺は、笑い声をあげながらモンスターを殺していく。動きがどんどん更新されていく。


 ナイフを使った技術が、自分の持っていた格闘術と溶け合い、一つになり、化学変化を起こして変質し、動き全体も変わっていく。


 楽しい、最高だ、上達が分かる! 強くなっているのが分かる! それも加速度的にだ!! 最高だ、脳汁が止まらねぇ。


「どうしたゴブリン、そんなもんか! もっとだ! もっと来い、最高だ! いっちまいそうだぜ、ふはははは」




 しばらくすると、周囲はゴブリンや灰色狼グレイ・ウルフの死体だらけになっていた。


 気配察知から反応が消え、戦闘時の興奮も冷めてきた。


 なんか、テンションあがって変なことを口走っていた気がする。ものすごく恥ずかしい……。


 これも黒歴史と言うのだろうか。


 まぁ、森の中で俺以外誰も見てなかったし、セーフだよな。あんなの人に見られてたら恥ずかしくてしょうがない。


 まだ、周囲は暗い、もうひと眠りしたいところだけど……。


 周囲には血とか飛び散ってるし、死体だらけだ。無理だなこりゃ。


 ゴブリンはどこの地域でも常設依頼になってる。討伐証明に耳を削ぎ、灰色狼グレイ・ウルフは解体して毛皮を剥ぐとしよう。




 剥ぎ取りも終わり、アンデッド対策に頭を潰す。その後、死体を埋めて後処理を完了した。


 スコップ的な物を買っておけばよかったなぁ……。穴掘るのが地味にしんどい。


 頭を潰すだけで放置しても大丈夫だとは思うが、あんまり死体を集中させると疫病が発生するかもしれない。街道からもそこそこ近いし、あまり無責任なことはできない。


 前に住んでた国境付近の山はモンスターの密度が異常だったので、死体を放置しても餌になるだけだった。


 そのため、ある程度死体は放置できたが、この森のモンスターの密度なんてわからない。


 面倒くさいが、後処理はしっかり行う必要がある。





 淡々と死体の処理作業をしていたら、戦闘によって過剰分泌されていたアドレナリンの効果も切れ、さっきの醜態がますます恥ずかしくなった。


 自分のことを戦闘狂バトルジャンキーだとは思わない。だけど、たまに変なテンションになるんだよなぁ。


 町中で喧嘩した時にあのモードにならないように気を付けないと、恥ずかしくて町を出歩けなくなる。





 薄っすらと夜が明けてきた。二度寝はできそうにない。野営の跡片付けを済ませ、荷物をまとめる。


 今日中にグラバースに着くと良いなぁ。たまには野営も悪くないが、やっぱり柔らかベッドが一番だ。


 雑魚とは言え、あれだけモンスターを倒したのだ。レベルが上がっているかもしれない。確認してみよう。


「ステータスオープン」


レベル

19


スキル

空手 投擲 野人流小刀格闘術(笑)

気配察知 気配隠蔽 五感強化

毒耐性 麻痺耐性

裁縫 解体


称号


怪物

中二病

新種のゴブリン

Ⅿ字ハゲ進行中


「ぐはっ」


 なんだよ野人流小刀格闘術(笑)って、冗談で言ってただけなのに……。あとスキルなのに(笑)ってなんだよ。


 そして称号、しれっと中二病が追加されている。


 見られていた、見てたやつがいたよ。俺は体育座りをすると、真っ赤に染まった顔を膝に押し当て羞恥に震えていた。

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