第41話 孔明先生、あなたと肩を並べましたな
ゴンズたちに、怪我をしてしばらく働けないことを伝えた。そろそろ懐が寂しいから、と仕事を探していた矢先に怪我をしてしまい申し訳ないと謝った。
アルは『死ななくて良かったな』と、いつものセリフを言ってくれた。ゴンズは文句を言ってくるか、金をせびってくると思ったが、普通に怪我の心配をされた。
少し拍子抜けしたが普通に嬉しい。
肩の腫れが引き、クレイアーヌさんに整骨してもらったが鬼のように痛かった。思わず声を出したら、男のくせに情けないと言われた。
男の方が痛みに弱いって説がありますぜ、姉御! そう言いかけたが、普通に怒られそうなので我慢した。
肩に力をいれて、自分からぶつかりに行ったのが良かったのか、綺麗に折れてるから後遺症の心配はないといわれて一安心。
肩の関節が潰れていたり、骨がバラバラになっていたら後遺症が残る可能性があったそうだ。
骨が折れたまま無理をしたので整骨が大変だったと言われた。そこらへんの藪なら治せなかった。怪我をしたらなるべく安静にしろと怒られた。
状況がアレだったので仕方ないと思ったが、心配してもらえるだけありがたい。素直にはいと返事をした。
俺を村娘に会わせたくないらしく、追い出すように診療所から出された。診療所から出た俺は服屋へ向かう。
今まで服なんてサイズが合っていて、頑丈ならそれでよかった。だけど、あまり汚い格好で教会へ行くと手抜きをされることがあるらしい。
服が上等過ぎると今度はぼったくられるので、いい塩梅の服を着ていけと言われた。匙加減がさっぱりわからない。
店員に教会に治療に行くから服を買いに来たと言うと、ちょうど良い塩梅の服を用意してくれた。教会あるあるらしい。
できれば教会に行きたくない、しかし、骨折が自然に治るまでまっていたら、どれだけ時間が掛かることか。
背に腹は代えられない。俺は重い足取りで教会へと向かった。
教会に着くと、ボランティアの信者なのか、教会の関係者なのかわからないがおばちゃんたちが掃除をしたり花壇の世話をしたりしていた。
想像していた、派手なステンドグラスと金の装飾で飾られた、信者から金搾り取って贅沢しています! といった教会ではなく、普通の地味な教会だった。
教会に入ると、近くのシスターに用件を伝える。しばらく待っていると、教会の奥から派手な法衣を着た、濁った目をした肥え太った司祭が出てきた。
俺の服装を見て上客じゃないと判断したのか、不機嫌な顔を隠そうともせず、シスターの方に顎をクイっとやった。
意味がわからずポカンとしていると、司祭が機嫌悪そうに舌打ちをした。いちいちムカつくなこの豚野郎。今すぐ神の御許へ送ってやろうか?
一瞬そう思ったが、教会と揉めるのはまずい。俺が怒りを我慢していると、シスターが小声で寄付をお願いしますと俺に言った。
普通治療した後、俺が感謝の気持ちを表して寄付するものだと思うがな。ちゃんと金を払うか確認してからじゃないと、回復魔法を掛けたくないのだろう。
クレイアーヌさんに聞いていた相場を寄付すると、豚司祭はやる気のない態度で俺の肩に手をかざした。
「偉大なる神よ、傷ついた者に癒しを与えたまえ、ヒール」
豚司祭が呪文を唱える。
回復呪文と聞いてイメージしたのは、やさしい緑色の光と共に心地よい感触が伝わり傷が癒える。そんなイメージだった。
ところが、光など見えず一見なんの変化もないように見える。
しかし、俺の内部は急速に代謝が促進され、骨が高速で繋がっていっているのがわかる。そして、鬼のように痛い。
このムカつく豚司祭の前じゃなかったら、のたうち回りながら悲鳴を上げていたかもしれない。
高速で傷が再生していく奇妙な感覚と激痛に耐える。しばらくして、治療が終わった。豚司祭は何も言わずそのまま奥へと引っ込んでいった。
俺はシスターに頭を下げると、教会から出る。
これは予想外だ。クレイアーヌさんも何も言わなかった。こんなに痛いとは思いもしなかった。
なんかイメージとぜんぜん違う。癒しの力っていうより、新陳代謝を異常促進させて無理やり治してる感じだった。
これ確実に体の劣化が早くなるよね? 寿命縮むよね? 何なんだよ、回復魔法ぐらいテンプレっぽくしてくれよ。もう一回あの治療あんのかよ。
俺は絶望感に
回復魔法を掛けてもらってから3日経ち、クレイアーヌさんに変な形で癒着してないか確認してもらった。
特に異常はなかったので、もう一度、教会で治療をした。
教会の治療が終わってから数日たった。あれから違和感がないか、森や畑で棒手裏剣の練習をしながら体の動きをチェックする。
高い金はらって、痛い思いをしただけあって骨折は完璧に治っていた。
クレイアーヌさんがいなければ、豚司祭に変な形で骨を繋げられていたかもしれない。世話になりっぱなしだ、あの人には足を向けて寝られないな。
怪我は完璧に治った。後はお待ちかねのハッスルタイムだ! 俺は酒場でアルに高級娼館について尋ねた。
そこで知る驚愕の事実。紹介状がないと入れないだと! お金を払っても抱かれるかどうかは娼婦が決めるだと! 成金様だと思っていた俺の全財産を使っても数回しか通えないだと!!
アルが言うには、普通の娼婦と高級娼婦は全くの別物ということだ。
高級娼婦は優れた外見だけではなく、教養、礼節、夜の技術などを完璧に備えた、男の理想の存在らしい。
金で抱くなど無粋で、自力で口説いて抱くのが真の紳士ということみたいだ。
娼館に金を払い、高級娼婦の時間を買ったら、後は自分の力で口説かないといけないらしい。
極上の女を口説くプロセスを楽しむ、金に余裕がある紳士の女遊びなんだとか。何度も通わなければならないし貢物も当然らしい。
今まで娼婦を買うのをずっと我慢してきた。どうせなら最高の女を抱きたい。
最低だが今の俺は金持ちだ! 本能もうずいてる! 今しかねぇ!! そう思っていた燃え上がる熱い思いは一瞬で鎮火された。
なんというか、スンとしてしまった。愚息もしょんぼりである。なんかもういいです、成金でもなんでもなく小銭手に入れて喜んでただけでした。
極上の女なんて無理です、心構えからして卑しい貧乏人の俺が高望みなんかしてすみませんでした。
娼婦を買う度胸もない俺が、どうせなら最高の女性と一晩、なんて言い訳して娼婦を買おうとしたが、いろんな意味で打ちのめされた。
小銭を稼いで喜んでいたことや、極上の女を口説くプロセスを楽しむという紳士たちの、男としてのでかさや高貴さ。自分との落差に落ち込んだ。
俺はその夜、涙で枕を濡らした。
一晩経ち、落ち着いた俺は武器屋へと向かう。いつも買い物をしている武防具屋ではなく、武器の専門店だ。
金持ちからしたらはした金だが、庶民からすれば大金である。これだけあれば、別の場所へ移動する費用には十分だ。
衛兵の動きがないとはいえ、ロック・クリフにいると逮捕のリスクはある。
このまま別の場所へ向かうのも手かもしれないが、これからゴンズたちの様な冒険者とパーティーを組める気がしない。
できれば一緒に移動したい。
だが、ロック・クリフである程度ポジションを築き上げたゴンズたちが、この町を離れる理由がない。そこで俺は考えた。レベルの壁を越えれば良いと。
ロック・クリフが交易都市として栄えたのは、危険なモンスターが少ない地域だったからだ。
ロック・クリフを治めるミーガン伯爵家の3代目当主が、国境線となっている山の標高が他領に比べて低いことに気付いた。
その後の調査で、国境付近の山には強いモンスターがいないことが確認される。
ミーガン伯爵は私財を投じて街道の整備を始めた。最初は馬鹿にされていたが、完成した街道はロック・クリフに富をもたらした。
西の国から塩と海産物が、東の国から鉱山資源が運ばれ、ロック・クリフは交易都市として栄えた。
そんな背景があるこの町は、周囲に格の高いモンスターが少ない。住む人間にとっては暮らしやすいし、冒険者も比較的安全に稼げる。
逆に言えば、レベルの壁を越えた冒険者は力をもてあます。
自分のレベルにあったモンスターを求めても、ロック・クリフから遠く離れた森の奥などに行かなければならない。
だから、レベルの壁を越えた人間はロック・クリフから出ていく。
人間は最悪な人物だらけだが、強いモンスターと遭遇しにくいロック・クリフは、モンスターを倒す環境だけ見れば初心冒険者向けの町なのだ。
俺が稼いだ金でパーティーメンバー分の黒鋼の武器を買う。その武器を使ってレベルの壁を越えれば、より強い獲物を求めて町を移動する可能性が高くなる。
パーティーを解散せず町を移動できる完璧なプランだ。
ゴンズたちの能力は非常に高い。レベル15の壁を越えられずくすぶっている本人たちも、
特にゴンズは、非常に高い基礎値を持っている。レベルの壁さえ越えられればと思っているに違いない。
能力の高い彼らが、このままくすぶり続けるのはもったいない気がする。武器をプレゼントして心証を良くしたいという汚い思惑もある。
俺は優秀な仲間に感謝され、パーティーも解散せず、ロック・クリフからも移動できる。完璧なプランだ、我ながらすばらしい作戦だ。
ふはははは。孔明先生、あなたと肩を並べましたな。そんなことを考えながら武器屋へと入ってく。
店内の黒鋼武器コーナーを見て、一瞬で俺の自称完璧な作戦は崩壊した。
値段めっちゃ高いやん。
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