第8話 親友を失う気持ち!

「え〜、本当に、これご馳走になっていいの〜。一ノ瀬さんマジ天使〜」


 太っちょキャラは食べ物で買収されやすいというのは鉄板であるが、これほどまでに絵に書いたような買収劇も珍しいと、わたしは思うのである。

 きっとわたしの眉は今、寄った上に太くなっている。うむ。

 リコがスマートフォンからのメッセージで呼び出したのは、AI研究会のもうひとり――倉持大夢くんその人だった。彼の目の前には分厚いデニッシュパンにソフトクリームがあしらわれたこの喫茶店名物デザート。シロップも上から掛けられて激しく高カロリーな佇まいだ。そしてナイフとフォークを両手に持って目を輝かせる倉持くんは、完全にスイーツ系男子である。


「いいのよ〜。わざわざあーちゃんのために来てもらったんだし、お礼はしないと、あたし落ち着かないっていうか〜」


 そう言ってニコニコと微笑む顔は、完全に情報屋イチノセのそれである。うむ……あな恐ろしや。


「うんうん。ボクも今日、神崎氏とあすかり……姫宮さんの押し問答を聞いていて、このままじゃ勿体ないなぁって思っていたところだから〜」


 そう言ってソフトクリームを頬張る倉持くん。ん? 今、あすかなんとかって言ってなかった? わたしの下の名前?


「そっかー。倉持くんも個性的な神崎くんとコンビじゃ大変よね〜」


 うんうんと腕を組んで頷くリコ。なんだか対応が大人である。


「お〜、りこた……一ノ瀬さん、わかってくれる〜。そうなんだお〜。大変なんだお〜」


 あれ、こんどはリコまで、下の名前で呼ばれかかっていなかった?


「――三月まではジョシュア氏が居てくれたから、神崎氏もノビノビとしていたし、変な言動を起こしてもジョシュア氏がうまくコントロールしてくれていたから問題なかったんだお〜」


 頭の中には吠える狂犬とそれを飼いならす華麗な王子様のイメージが浮かぶ。もちろん狂犬が神崎くんで、王子様がジョシュアくんである。


「そう、そのジョシュアくんだけど、……転校してAI研究会をやめる前に何かあったの? どうして転校しちゃったの? それを教えて欲しくて、わざわざ倉持くんに来てもらったんだ」


 リコがそう言うと、倉持くんは三角に切ったデニッシュパンを放り込んで、口をモゴモゴさせて幾度か頷いた。口の端にはシロップがべっとりと付いている。氷水を一口含んで飲みこむと、胸を何度か叩いた。


「あ〜、そういうこと〜。いいよいいよ! 隠すことなんて何もないから〜。きっとあすかり……姫宮さんにとっても知っておいてもらった方が良いことだろうからね〜。もし、まだ入部してくれる道が残っているなら〜」


 そこまで言うと、倉持くんはあらためて真剣そうな表情を作って「ただその前に一つお願いしてもいいかな――?」と繋いだ。わたしとリコは顔を見合わせる。そして二人で頷いた。


「――二人のこと『あすかりん』と『りこたん』って呼んで良いかな!?」


 嗚呼、その言葉の後に流れた空気を、わたしはどういう言葉で形容すればよいのでしょうか?


「ど……どうぞ」


 AI研究会にはまともな男子はおらんのかーい!



「あくまでボクが見ていた範囲でってことだお?」


 そう前置きをして倉持くんは、ことの経緯を話しだした。

 わたしたちの推察どおり、去年のAI研究会には一年生しかおらず、ちょうど五人だったのだという。AI研究会そのものを作って卒業していった先輩方と入れ替わるように入ったのが神崎くんたちだったのだそうだ。はじめは三年生の先輩も数名いたそうなのだが、夏が終わるころには辞めていって、二学期になるころには一年生五人だけのAI研究会だったのだという。


「えっと、五人っていうのは神崎くんと、倉持くんと、ジョシュアくん……それから?」

「あ、あと二人。今も部にはいるよ。まー、競技部門が違うから、あんまり一緒には活動しないけどね〜。AIロボット部門は神崎氏とジョシュア、それからボクの三人だったんだ」


 なるほど。思い返してみると冬休みのウィンターカップでも、体育館の中でいくつかのブースがあって、それぞれに別の競技をやっていた気がする。


「そっかー。だからやっぱり神崎くんと倉持くんとジョシュアくんで三人組のチームだったんだ?」


 わたしがそう尋ねると、倉持くんはデニッシュパンを引き続き頬張りながらな「そうだお、そうだお」と頷いた。


「わたし、冬のウィンターカップで、三人が優勝しているシーン見たよ! 一年生で優勝なんて凄いよね!」

「あ、あたしもみた〜。あーちゃん追っかけて体育館に入ったらちょうど優勝のアナウンスしてたんだー」


 うんうんとリコも頷く。その言葉に倉持くんはだらしないくらいに相好を崩して頭の後ろに手を回した。


「え〜、うれしいなぁ。あすかりんもりこたんも見てくれてたんだよね〜。うん、あの時の優勝は本当に嬉しかったなぁ〜」


 デヘヘヘと表情筋を弛緩させている。その瞬間を思い出しているのだろう。

 しかし『あすかりん』と『りこたん』に慣れないが、しばしの辛抱であろう。


「きっと凄いことだと思うんだけど、――ウィンターカップの優勝って、やっぱり凄いの?」


 全然わからないから、そこは聞いてみる。


「うん、凄いんだお! 自分で言うのもあれなんだけど、あれは凄いことなんだよ〜! あの大会はあくまでも京滋奈地区の大会だったから、全国大会じゃないんだけれど、それでも他の中学の代表はほとんど二年生か三年生だったし、その中で優勝できたのは、本当に神崎氏とジョシュア氏の天才的な能力があってこそのものなんだお! あの二人は本当に凄いんだお!」


 倉持くんは両手を握りこぶしにして力説する。きっと凄いのだろうとは思ってはいたけれど、こうやって情感たっぷりに語られると「やっぱり凄いんだなぁ」ってなんとなく思う。さすが『令和の天才AIサイエンティスト』である。自称だけれど。


「でも、凄いのは倉持くんもでしょ? あの『アズールドラゴン1号』を作ったのは倉持くんだって聞いたよ? なんだっけ? 『令和のハードウェア職人マイスター』だっけ?」


 そう言うと照れくさそうにしながらも、倉持くんは首を振った。


「うん。ハードウェアを作ったのはボクなんだけどね。でもハードウェア自体はそんな特別なものじゃなかったんだ。あそこで勝てたのはやっぱり神崎氏とジョシュア氏の天才的なAI技術と実装能力によるところが大きいよ!」


 なるほど。全然わからん。


「それで、どうして如月くんは引っ越しちゃったの? そしてAI研究会を辞める時に神崎くんとの間に何があったの?」


 リコが尋ねると倉持くんはゆっくりと首を左右に振った。


「――わからないんだ」


 倉持くんはそう言う、少し寂しそうに唇を尖らせた。


「わからないって?」

「突然だったんだ。転校の理由はたぶん家庭の事情。それ以上のことはわからない。そしてただ『転校することになったからAI研究会も辞める』って三月の終わりに――突然」

「神崎くんは?」

「そりゃあもう、怒り心頭だよ〜。ジョシュア氏とは親友だと思っていたと思うからさ。相談されなかったこともショックだっただろうし、それに今年の夏のジュニアAI選手権こそは一緒に全国制覇しようって誓いあっていたわけだからさ」


 親友から突然告げられた転校。そして、一緒に目指していたはずの全国制覇の挫折。令和の天才AIサイエンティストは突然の壁にぶちあたったのだ。それを彼は――「裏切り」と感じたのかもしれない。


「ボクだってショックだったお〜! 神崎氏とジョシュア氏! あんな才能が一つの中学に揃うことなんてないんだお〜! だから二人と一緒なら、今年の夏はもしかしたらもしかするって思っていたんだお〜! それなのに、それなのに――」


 そこまで言うと、倉持くんは「はぁ〜」と溜め息をついた。


「でも仕方ないんだよね。結局、僕らは中学生で住む場所も通う学校も親の都合で振り回されちゃう存在なんだから。僕らを青龍中学に集まることができたのも親の都合で、また、それが離れ離れになっちゃうのも親の都合なんだお」


 そう言ってちょっと遠い目をする倉持くんに「確かにな〜」ってわたしもリコも頷いたのだった。

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