43.異世界少女は用意する

 広場を出た後は、立ちふさがる者はなく、アリスは館まで帰る。

 ネコとドードードリだという門柱の上の石像。それは以前の運営との戦いの時はなかった石像だ。運営との戦いで使ったガーゴイルは収納に仕舞って街を出ている。何もなくなった門柱には、コロンが新しい石像を設置していた。石像は、街の名前にちなんだモチーフだと言われたが、よくわからない。


 コロンが居るとしたら調理場かお茶会室か。そう思って玄関の扉を開けると、玄関ホールにコロンの姿があった。

 玄関ホールにある唯一の装飾品は、正面奥に鎮座している子犬の像だ。その前に陣取るようにコロンが立って居た。


「アリスさん。大丈夫ですか?」


 顔一杯に心配ですという表情を張り付けて、コロンが駆け寄ってくる。


「って怪我してるじゃないですか!」


 コロンの視線を辿ると、ローブの腕の部分に切られていて、赤く傷の走った腕が見えていた。

 先ほどの戦いで怪我をしていたのだろう。傷自体は浅い。怪我をしていることにも気づかなかったくらいだ。


「そうね?」

「そうね、じゃないですよ。はい、HPポーション」


 そう言って、コロンは収納からHPポーションを取り出す。

 ギルドにMPポーションのクエストを発行する時に聞いた。HPポーションはHPを回復し、MPポーションはMPを回復すると。初めは意味が分からなかった。詳しく聞いたところ、HPポーションは怪我を、MPポーションはマナを回復するものに近いらしい。

 もっともこの世界のルールであり、プレイヤーが使っているアバターのルールだ。アリスには関係ないこととも言える。


 それでもアリスは、HPポーションを受け取って飲んだ。

 喉を滑り落ちる液体をマナに変換して、腕の傷に回す。それで腕の傷はなくなった。そこには切られたローブが残るばかりだ。


「おいしくないわ」

「そりゃそうですよ、お薬ですもの。それよりストーカーですよストーカー。アリスさん、また襲われたって聞きましたよ」


 広場での戦いを見ていたプレイヤーからメッセージを受け取ったというコロンは、通報したのに、BANされてないなんてとまくし立てる、

 こうなったら街中のプレイヤーを巻き込んでと言い出すコロンに、しばらく街を離れるから食事をお願いと言って気を逸らす。


「そっか、そうですよね。ストーカーから隠れなきゃいけないですもんね。じゃあ、みんなにも連絡して沢山料理を用意しますね!」


 その場で張り切ってメニューを操作しだすコロンを置いて、三階の自室に移動する。

 階段を上がり切り、窓から外が見える頃には外の景色は夜に変わっていた。

 真っ暗な海がざざんざざんと音だけを響かせている。

 アリスは窓辺の椅子に腰かけて考えを巡らせる。


(どうしようかしら)


 この街に戻ってきてほんの数日で、再び運営の二人と出会った。今度は問答無用で戦いになるという形でだ。

 街から離れているうちに忘れてくれれば良かったが、そうはいかないらしい。

 コロンに話をした通り、再びこの街を離れるつもりではある。

 厄介なのは、運営のアバターを破壊したところで、復活することだ。何度でも繰り返し襲われては、安心できる暇がない。


 今回は、アバターのマナを奪った上で消滅させた。

 コロンが倒れたように、復活時にアバターのマナがないことで時間が稼げれば良いが、他のプレイヤーか運営の仲間にマナを回復してもらうまでの間だ。稼げる時間は、気休め程度だろう。


 運営の二人がこの街に常駐しているのなら、街に戻って来なければ良い。

 それではこの別荘が使えなくなるし、海産物を食べる機会が減るのが困りものだ。

 復活出来ないようにする手段もないわけではない。そのためには時間がかかる。一対一で、抵抗出来ないようにするのが前提だ。今日のように複数で襲われては難しい。


 他のプレイヤーが居ない場所。そこで運営と一対一になること。


 相手も馬鹿ではない。二対一で負けた相手に一対一で挑んでくることはないだろう。

 以前に手に入れた情報からは、運営もあの二人だけではなかった。今度は人数を増やしてくるか、それとも罠を仕掛けてくるか。

 どちらにせよ。受け身では危険だ。打てる手は打っておくべきだろう。


 それに常駐しているというのも単なる推測でしかない。

 前に出会った後は、追いかけて来なかった。それは単にアリスの居場所が分からなかっただけとも考えられる。

 今回はどうだろう。

 マナを奪ったことで、前回よりも時間が稼げる。すぐに街を出れば、行方をくらませることは出来そうだ。


 その場合は、運営の二人はこの街に留まって待ち構えることになるだろうか。

 罠が張られたところに戻ってくることになるのは億劫だ。

 行方をくらませるよりも、引きずり出して一人ずつ処理することが出来れば……。


 アリスが準備を終えて一階に降りると、そこにはコロンの他に、カグヤとサシミン、そして料理人たちがいた。


「アリスさん、ちょうど良かった」


 コロンが声を掛けて集めてくれたようだ。

 全員、なにかしら料理を持っている。


「沢山料理が集まりましたよ」


 集まってくれた皆にお礼を言って、料理を収納に仕舞う。

 その間も部屋ではストーカーだの、スクショだの、通報だのと言葉が聞こえる。言葉が聞こえていても、意味が掴めない単語が混ざる。プレイヤーたちの世界には、アリスの知らない概念が沢山あるらしい。


 料理を受け取り終わっても続く会話の中で、しばらくログインしないように伝える。

 ログインの頻度が高いと危険だと言っても、あまり理解はしていなそうだ。それでもコロンが言った「一人の時とか危ないですもんね」の言葉で一応は納得したようだ。


 コロンが倒れた時、コロンによると突然視界が真っ暗になってパニックになったらしい。

 何がおきたのか、どうすればいいのかも分からずにいた所で視界が開け、アリスに抱えられていることが分かったという。


「いやあ、あれはもう二度とイヤですね」


 そういうコロンには「ならログイン控えろよ」とヤジが飛んだ。

 皆がひとしきり騒いだ後で解散する。

 この屋敷に部屋があるコロンたちは、このまま部屋に戻ってログアウトするそうだ。料理人たちも宿に行ってログアウトするというが、その前のちょっとだけ料理の作り直しと言っている。納得したように見えたが、違うんだろうか。


 料理をするという話を聞いて、そわそわし出したコロンを部屋に押し込む。

 苦笑いしているカグヤとサシミンもそうだ。

 三人がログアウトするのを見届けた後、アリスは海鮮串焼きをかじりながら、玄関へ向かう。


我は宣言するアサーション。風よ道となれ。『姿なき導き』」


 そしてアリスは、串を手にしたまま扉を開けた。

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