12.異世界少女は廃村に佇む

 森の中とは思えないほどの、明るい光で目を覚ます。

 この世界の夜は、かつての世界よりも大分短いようだ。明るさで起きたものの、まだ眠気が去らない。それとも、まだ寝ていたいと思うのは、この上質な寝具のせいか。


 昨日は森の中にいる間に日が暮れた。

 夜であっても視界には問題がないし、街までの距離もそれほどではない。それでも、わざわざ街へいき、プレイヤーと人形だらけの道を通って宿にいくのは億劫だった。

 一人の時間が長かったせいもあるだろう。

 この世界にきてから出会った自分以外の存在に、少しばかり疲れてもいた。

 森にいたプレイヤーからマナを得られたこともあって、そのまま森の中にベッドを置いて休むことにしたのだ。


(あまり男のマナは取り込みたくはないけれど)


 港町でコロンからもらったマナは少なかった。

 マナの回復に時間がかかるのならば、相手を増やしていくほかない。好みの相手とばかりと出会えるわけでもないだろう。


 なんとか起き上がる。ベッドを片付けていると周囲に張った結界がカコンと音がする。

 見れば、結界に反射された青柿をうけて、猿が木から落ちてきた。


 たまに襲ってくる猿を、青柿を投げ返して粉砕しながら森を進む。

 なんとなく、街に戻る気になれずに、街とは反対の方向へと。

 歩きながら、暇つぶしに猿のマナをいじってみたりもする。マナの波長を乱しておくと、死んだあとに変わるアイテムも変わるようだ。


 なにもいじらなければ、柿にばかり変わるが、いじっておくと『猿の手』や『猿の頭』が残る。

 色違いの猿と波長が違っていたからと試してみたら、そうなった。

 昨日あったプレイヤーも『猿の手』を欲しがったことだしと、いくつか拾っておくことにする。『猿の頭』のほうは鑑定すると料理の材料らしい、これはコロンに渡せばいいだろう。


 そのまま進んでいくと、森は途切れた。

 ひらけたその場所は、崖とまではいえないが急こう配で、眼下にはいくつかの建物、そしてその向こうには海が見える。

 海辺にある寂れた村、のように見える。


 今までの街のように壁に囲われているわけではない。所々に柵があるだけだ。今の位置からは村の中がよく見えるにもかかわらず、そこにはプレイヤーの姿も人形の姿もない。

 それは斜面を滑り降りて、村の近くまで行っても変わらない。

 いや、村の近くまで行って分かったのは、どの建物も廃墟と化しているということ。

 壁には穴があき、扉があっただろう場所には何もついていない。そんな木で出来た建物たちは、腐り落ちる寸前にみえる。


(廃村ね)


 食べ物が足りなかったか、道が途絶えたか。村の人口を維持するだけの物資が足りないだけで容易に村は滅びる。

 それは奪われても同じこと。

 盗賊に食料を奪われた。魔物に多くの村人が殺された。

 皆が食べていくだけの食料がなければ人は減る。魔物に殺されても人は減る。

 減った人数で村を維持できなければ、やっぱり村は滅びる。


(この世界ではどうか知らないけど)


 魔物が街のすぐそばで沸いてなお、街の門は開けっ放しで結界の一つもない。無防備で歪な世界。

 無限に沸き続ける魔物と、魔物から供給される食料。

 世界を越えて「遊びに」来るプレイヤーと、それを迎える人形たちの歪な世界。

 そこに滅びがあるのなら、それは自然の摂理ではなく、神の意志だろう。


 村の中を歩いていると、崩れかけた建物から姿を現すものがいる。


『ゾンビ。かつては村の住人だったかも知れない動く死体。まれに遺品を残す』


 くらい眼窩がんかにくずれた肌。半開きの口からは「あー」とか「うー」とも聞こえる程度に風が鳴っている。


(汚いわね)


我は宣言するアサーション。風よ切り裂け。『姿なき獣』」


 風が通り過ぎるとゾンビは消えて石が一つ残る。


『魔石。魔力の込められた石。付与術の素材の一つ』


 石を拾っているあいだに、別の建物からもゾンビがあらわれる。

 村の外から見ていたときには誰もいなかった村は、五体、十体とゾンビに占有されていく。

 近づくゾンビを風の刃で切り捨てるが、切り捨てる数よりも、建物から出てくるゾンビのほうが多い。小さな小屋としかいいようのない建物でも、次から次へとゾンビが出てくる。草原にポンと沸く魔獣のように、建物の中でゾンビが発生しているのだろう。


 わざわざ切り捨てるのも無駄なように思えてきて、村の外に出る。

 壊れて半分も残っていない柵をこえ、村の外に出ると、途端にゾンビの出現は止まった。それどころか、村を徘徊していたゾンビたちも建物の中に帰っていく。

 そんなゾンビをなんとはなしに目で追って、気づく。


「家が壊れてないわね」


 廃屋は穴だらけで、崩れる寸前に見える。だが、さっきゾンビを切り捨てた風の刃は、建物を避けて放ったわけではない。

 いくつかの風の刃は建物にもあたったはずだ。

 なにしろ、ゾンビは建物から出てくるのだから。


 試しに、柵からほど近い建物を攻撃してみる。

 今にも壊れそうな廃屋なのに、その建物は風の刃に傷一つつかない。

 見た目だけは壊れそうでも、実は頑丈のようだ。木造に見えるのもウソで、この世界特有の頑丈なものである可能性だってある。


 かつての世界で頑丈に作ろうとすれば、それは切り出した石を積み上げて作られた。

 木の建物もないわけではなかったが、百年も持たずに腐り落ちる。長く暮らすなら石で造ったほうがいい。


「壊してみようかしら」


 別に目的があってきたわけではない。

 ゾンビが建物から湧いてくることに、少し興味をもったにすぎない。

 だが、壊れないなら壊したくなるのが人情というものだ。


我は宣言するアサーション。炎よ囲め。『くれないの抱擁』」


 手のひらから、幾つもの種火が舞い上がる。

 ふわりと空に飛んだ種火達は、一つの建物を囲うようにして、気ままに張り付く。


燃えろイグニッション


 キーワードを受けて種火は燃え上がる。そして種火と種火の間には炎の線が繋がり、建物を全方位から一気に燃やす。

 炎に切り裂かれた建物は崩れ去り、そこには何もない土地があらわれる。燃えカスの一つもないまっさらな土地が。


(魔物? でも、そうね。同じもの・・・・かもしれないわ)


 綺麗に消え去った建物を見て、そう結論づける。

 魔物が倒れたあとに死体が残らないように、建物も壊れたことで残骸が消えたのだろうと。

 試しにもう一度、柵の内側、村の敷地に入ってみる。建物からは相変わらずゾンビが沸き出ているが、まっさらになった土地にゾンビが沸く気配はない。


(全部、燃やしましょう)


 きたならしいものが沸いてくるような廃屋は不要だ。

 湧き出るゾンビもまとめて炎の海に溺れていく。


 しばらくの後、そこには一軒の建物もない土地が広がっていた。

 かろうじて残っているのは、村を囲んでいた柵の残骸だけ。それとて、炎に巻き込まれたのか、だいぶ少なくなっていた。


 何もなくなった村の跡で、魔石を拾い集めていると、わざわざ燃やした意味はあったのかとも思うが、やってしまったことはしょうがない。


「別荘を作りましょう」


 唐突にそう思う。

 開けた場所、海の見える場所、人のいない場所。

 それはとても良い思いつきに思えた。


 そうなれば建材を手に入れなければならない。

 燃やした建物のように木で作るか、かつての住処のように石で作るか。マナだけで形作るのは維持が面倒だ。


(木ならあったけれど、石切り場はあるのかしら)


 降りてきた斜面を戻れば森がある。木はそこで伐り出すことが出来るだろう。

 だが、石切り場はこの世界では見ていない。一番近いのは採掘場くらいで、岩肌ではあっても、建材に使えるような大きな石を切り出せるとは思えない。


「誰か知らないかしら」


 とりあえず街に戻ることにした。

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