怪人イタチソード④

「先輩、今、行けますか?」

『……上代くん、今あの二人の間に入るのはムリね。余計な真似をしたら、逆にピンクが不利になる可能性もあるわ』


 先輩は冷静に状況を見据えた上で見解を述べ、かぶりを振った。


「いえ、二人に割って入る必要はありません。先輩の右斜め前にある道路標識、分かりますか?」

『道路標識? それがどうかしたの?』


 先輩は僕からの通信を聞きながら、訝しげに道路標識を見る。


「はい、あの道路標識の下……つまり、先輩のヴレイウィップでイタチソードに気づかれずに地面の中を掘り進め、落とし穴を作ることが可能か、ということです」

『! ……分かったわ、やってみる!』

「ありがとうございます。穴を掘り終わったら、僕に教えてください」

『了解!』


 よし、次はこよみさんだ。


「こよみさん、そのまま聞いてください」

『っ!』

「今、先輩にロータリーの道路標識の下に落とし穴を作ってもらっています。その穴が完成したら合図しますので、イタチソードをその道路標識まで誘導してください。そして、穴に落ちたところで、イタチソードを倒してください」


 こよみさんは静かに首肯し、了解したことを告げる。


 さあ、後はあのイタチソードがうまく引っかかってくれるかどうか……。


『やあああああああ!』

『ふっ!』


 そして、再びこよみさんとイタチソードの戦闘が始まる。


 見ている限り、戦況は五分と五分。


 パワーとスピードで攻め続けるこよみさんに対し、イタチソードは刃が二本あることによる強みと巧みな捌きによりその攻撃を受け流している。


 そんな攻防がしばらく続いたところで。


『上代くん、準備できたわ!』

「ありがとうございます! こよみさん、お願いします!」


 するとこよみさんは大きく振りかぶった一撃をイタチソードに叩きつけた後、バックステップで下がった。


 息を大きく切らして。


『フ……とうとうスタミナが切れたか。だが、手加減はせんぞ!』


 チャンスと見たイタチソードは、攻守交替とばかりにこよみさんへと畳みかける。


『クッ!? このおっ!』


 こよみさんはヴレイソードを大きく横薙ぎに振るが、イタチソードはそれを難なく受け流し、こよみさんに肉薄した。


『終わりだ』


 イタチソードが両腕を振りかぶって突進した。

 その瞬間。


『な、なにっ!?』


イタチソードはまんまと引っ掛かり、見事に落とし穴へと落下した。


『今や!』


 こよみさんは穴へと駆け寄り、ヴレイソードの切先を穴の下へと向け、イタチソードめがけ渾身の力で突き刺す。


 ——ガキイィィィィィィィィインンンッ!


 こよみさんのヴレイソードとイタチソードの刃が激突した瞬間、イタチソードの刃が折れ、そのかけらが宙を舞った。


『クッ!?』

『トドメや!』


 突き出したヴレイソードを一旦手元に引き、こよみさんは再び渾身の力で突きを繰り出す。


 だが。


『なっ!?』


 イタチソードはヴレイソードを白刃取りし、スルリ、と穴から抜け出した。


『もう少し続けたかったが、ブレードが折れては仕方ない。ここは一旦引き下がらせてもらう』

『クソッ! 待ちいや!』


 こよみさんは叫ぶが、イタチソードはスルスル、と地面を縫うように立ち去ってしまった。


 ◇


「あーもう、思い出しただけでも腹立つなあ」


 こよみさんはもぐもぐと冷製パスタを食べながら、呟いた。


「仕方ないですよ、相手がそれだけ強かったってことですから。ただ、イタチソード……冷静な判断力、こよみさんの攻撃を受けきる技術、今までの四騎将とは違いますね……」

「そやなあ……って、せっかく美味しいご飯食べてるのにそんな話してもしゃあない! もっと楽しく食べんと!」


 そう言うと、こよみさんはトマトにフォークを突き刺し、口へと運んだ。


「せやけど、今晩の料理は冷製パスタとビシソワーズで正解やったなあ。何と言ってもどっちも冷たい料理やさかい、こうやって戻って来てから食べても全然問題ないし」

「そうですね。特に今回は遠くから眺めているとはいえ、僕も現場にいましたから、余計に味が落ちない料理でよかったです」

「うんうん! ホンマにこうやって美味しく食べられて、ホンマにウチは満足や!」


 ホクホク顔でご飯を食べるこよみさん、カワイイなあ……あ、でも口元に大葉が付いちゃってるな。


「こよみさん、ちょっと失礼しますね」


 僕は一言断りを入れると、口元についた大葉を僕の親指で拭ってあげた。


「はわ!?」

「はむ……はい、これで取れましたよ……って、こよみさんどうかしましたか?」


 僕がその取った大葉を口に含むと、こよみさんは真っ赤な顔をしながらモジモジしている。

 はて?


「はうう……耕太くん、無自覚にそんなことするんは反則や……」

「へ? ああ、これですか? いえ、自覚はしてますが……」

「はわ!? せやったら余計にタチ悪いやんか!」

「何言ってるんですか。僕はこよみさんの彼氏なんだから、こうするのは当然です」

「はうう…………………………えへへ」


 恥ずかしそうにしながらも、こよみさんは嬉しそうにはにかんだ。


 はあ、カワイイなあ。


「えへへ……あ、そういえば話変わるんやけど、今回司令って何の指示も出さへんかったなあ……」

「ああ、そうですね。ですがこれ、多分意図的にだと思います」

「どういうこと?」


 こよみさんが不思議そうな顔をして尋ねる。


「はい。今回は僕がヴレイファイブにどのように指示を出すか、見定めていたんじゃないでしょうか。そうでなかったら、前回と同様、司令から指示が出ていたはずですから」

「ふうん、確かにそうかもしれへんなあ……でも、耕太くんの指示のおかげでイタチソードをあと一歩まで追い詰めたんやさかい、もちろん合格やと思うけど」

「あはは、だといいですね」


 こよみさんには笑いながらそう答えたけど、僕はなぜか胸騒ぎを覚えた。


 理由ははっきりとは分からない……だけど、なにか意図的なものを感じる。


 僕は一抹の不安を感じながらも、とりあえず今はこよみさんとの晩ご飯を楽しんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る