戦隊ヒロインのこよみさんは、いつもごはんを邪魔される! ~僕の料理は、彼女の心と胃袋をつかみます!~
サンボン
第0章
戦隊ヒロインのこよみさんは、いつもご飯を邪魔される。
授業の終了を告げるチャイムが鳴り、僕は教科書という名の教授の著書とノートをカバンにしまう。
「オーイ上代、今日合コンあるんだけど、お前も行かね?」
すると、後ろから同じゼミの同級生、“桐谷翔太”が合コンに誘ってきた。
「ゴメン、今日も用事があるから無理だ」
「カーッ! なんだよお前! しばらく休んで、最近やっと復帰したかと思ったら、急に付き合い悪くなりやがって!」
「あはは……」
桐谷が大袈裟なリアクションで頭を抱える姿を見て、僕は思わず苦笑する。
だけど……あんなことがあったから、こいつなりに気を遣ってくれてるんだろうな。
「しゃーねー、分かったよ。また今度な!」
「うん」
そう言うと、桐谷は手を振りながら教室を出て行った。
僕もカバンを背負い、教室を出て行こうとすると、同級生で同じゼミで、そして、元彼女の織部アリスと出くわした。
「邪魔だから退いてくれる?」
「………………………………」
僕は彼女から視線を逸らし、無言で譲る。
「……フン」
彼女は鼻で笑うと、教室を出た。
彼女に思うところがないわけではないが、今の僕にはそれよりも大事なことがある。
僕は大学を出ていつものように電車に乗り、僕達の住むアパートがある鷲の宮へと帰ると、その足で近所のスーパーに行き、今晩の食材……豚ひき肉、キャベツ、ニラ、ニンニクなどを買いこむ。
そして家に帰り、チラリ、と時計を見る。
うん、帰ってくるまであと一時間半ってところだな。
それじゃ、早速取り掛かろう。
僕は買い物袋から食材を取り出すと、よく水洗いしたキャベツ、ニラとニンニクをみじん切りにし、手で強く絞って水分を抜く。
それに豚ひき肉、塩、コショウ、醤油、鶏がらスープの素、ごま油を入れ、よく手でこねると、そのボウルをラップで包んで、ひとまず冷蔵庫へ。
よく手を洗った後、朝に干しておいた、その、二人分の、せ、洗濯物を取り込む。
一緒に暮らし始めて一週間経つけど、その……やっぱり慣れないなあ……。
この辺りは、また相談しないと……。
一通り洗濯物を片づけた後は、ニラの残りを使ってスープを作る。
お鍋に水を入れ、火にかけて沸騰させたら、中火にしてニラ、鶏がらスープの素、塩、色付けに醤油を小さじ半分程度入れ、数分煮立たせると、溶き卵を箸に伝わらせて流し入れ、グルグルと箸で鍋をかき回す。
最後に、水溶き片栗粉を入れてとろみをつけたら完成だ。
今度は、先程冷蔵庫に入れておいたボウルを取り出す。
さあ、ここからが本番。餃子を包んでいこう。
僕は餃子の皮を掌にのせ、縁に指の腹で水を付けると、真ん中に餡をのせ、手際よく包む。
そういえば、よく妹と一緒に餃子を包んだなあ。
そんな昔のことを思い出していると、ガチャリ、と玄関のドアが開く音が聞こえた。
僕は慌てて手を洗い、玄関に向かう。
「耕太くん、ただいま!」
「お帰りなさい、こよみさん」
出迎える僕を見て、身長が一四〇センチを少し超える高さの少女の面影を残した僕の同居人、“桃原こよみ”さんが嬉しそうに二コリ、と微笑んだ。
「なあなあ耕太くん、今日の晩ご飯って何なん?」
「今日は餃子にしようと思って。ちょうど今、皮を包んでるところ」
「餃子! めっちゃ嬉しい! ほ、ほなウチ、洗濯物取り込んでまうさかい、その後手伝ってもええかな?」
「もちろん。あ、でも、その……」
「? どないしたん?」
「あ、いや……洗濯物は……僕が取り込みました……」
そう言って、僕は部屋の隅にたたんで置いてある洗濯物を指差した。
「は、はわわわわわわ!?」
こよみさんはアワアワしながら洗濯物へと駈け寄ると、すぐに回収した。
「そ、それで相談なんですけど……やっぱり、下着だけはそれぞれで洗濯することにしませんか……?」
「そ、そやな……こんなんウチ、恥ずかし過ぎて心が持たへん……」
とりあえず懸案事項が解決したところで。
「そ、それじゃ餃子の皮、一緒に包みましょうか」
「そ、そやな」
僕達は二人仲良くキッチンへ向かうと、並んで餃子を包む……んだけど、こよみさんはやりづらそうにしていた。
「ううん……なかなか上手く包めへんなあ……」
ふふ……そういえば、妹も悪戦苦闘していたな。
なんだか懐かしくなった僕は、手を洗ってこよみさんの後ろに立つと、こよみさん左手に僕の手を添えた。
「はわ!?」
「ええとですね、餃子を包む時は、まずは左手に皮をのせて……」
次に、こよみさんの右手にも手を添え、こよみさんの人差し指に水をつける。
「それで、縁を濡らして、餡を真ん中に乗せて……それで、半分に折りつつ、右手の指でつまみながら縁を折りたたんでいくんです」
「はわわわわわわ!?」
「ほら、綺麗に包めて……こよみさん、どうしました? ……って、あああああ!?」
し、しまったあ!? つい妹の時と同じことをこよみさんに!?
「あ、あの、その、えと、あの、その!?」
「あ、あうう……」
慌ててこよみさんから離れるけど、僕もこよみさんも顔が真っ赤で、緊張して、ドキドキして……。
「あう……その、あ、ありがと。教えてもらった通りにしてみる……」
「は、はい……」
それから、僕達は二人並びながら、無言のまま餃子を包み続けた。
◇
「さあ、焼きますよー!」
「うわあ、メッチャ楽しみや!」
熱くなったホットプレートに油を塗り、その上にきれいに餃子を並べる。
二、三分置いて焦げ目がついたところで、お湯を中に流し込むと、ジュワッと湯気が立ち込めた。
そして、その湯気を逃さないように蓋をして待つこと五分。
蓋の中からチリチリ、という音が聞こえはじめた。
うん、そろそろいいだろう。
「はわああ……!」
僕が蓋を開けると、蒸し焼きになってつやつやとした餃子が現れた。
あとは、残った水分を飛ばしたら完成だ。
今のうちに、僕はニラと卵のスープと冷蔵庫から取り出した缶ビールを持って、テーブルへと運ぶ。
「うん。もういいですね」
「うんうん! 早よ食べよ!」
それじゃ……。
「「いただきます!」」
早速こよみさんは箸で餃子をつかみ、タレをつけて口へと運んだ。
「どうですか?」
「うっっっっま! メッチャうま! なにこれ! 皮はパリッとしてて、噛むとジュワッと口の中に肉汁が広がって! こんなん、箸が止まらへん!」
良かった、喜んでくれたみたいだ。
美味しそうに食べるこよみさんを見て、僕の顔もほころんでしまう。
こよみさんが次の餃子に箸を伸ばそうとした、その時。
——ピピピ。
こよみさんの左腕の時計が鳴った。
箸を持つこよみさんの手が、肩が震える。
「あああああ! もおおおおお! なんでや! なんでいつも晩ご飯の時に呼び出されるんやっっ!」
怒り狂ったこよみさんが、思わず手に持つ箸を床に叩きつけた。
そして、いそいそと箸を拾う。
「こ、耕太くん! い、急いでアイツ等の息の根止めてくるさかい!」
「き、気をつけて!」
「うん!」
そう言い残し、こよみさんは部屋を飛び出した。
——ピコン。
今度は僕のスマホに通知が入る。
『怪人、池袋駅西口に出現』
「ああ、今日は池袋か……だったら、こよみさんの帰りが少し遅くなるかも」
僕はスマホを操作して、政府広報のホームページにアクセスすると、“LIVE”と表示されている動画コンテンツを開いた。
『くっ!? ヴレイピンクはまだか!?』
『シャアアアアア! コノ、“怪人ブラスネイク”様ニカカレバ、ヴレイファイヴナド恐ルルニタランワ!』
日本が誇る超法規的特殊治安部隊、通称“勇者戦隊ヴレイファイヴ”の四人が、鈍く光る金属のような鱗をした蛇型の怪人によって追い詰められている。
どうやら、この怪人にはヴレイファイヴの武器が効かないらしく、何度も攻撃を仕掛けるが全て弾かれているようだ。
『くそっ! “ヴレイキャノン”なら通用するのに……!』
リーダーのヴレイレッドが悔しそうに呟く。
しかし政府広報、こんな会話までしっかり音声を拾うなんて、無駄に技術が高い。
などと感心していると。
『くらえ!』
『シャアア!?』
突然バイクに乗った一つの影が、剣のような武器を怪人へと振り下ろす。
すると、これまでヴレイファイブの攻撃を跳ね返していたその身体が、まるでバターのように怪人の尻尾があっさりと切り落とされた。
現れたのはヴレイファイヴ最後の一人、“ヴレイピンク”。
彼女は一七〇近い身長に圧倒的なスタイルを誇る、ヴレイファイブでただ一人の女性隊員であり、その規格外の攻撃力から、ヴレイファイブ最強と謳われている。
そして、そのヴレイピンクの正体は……この部屋で僕と一緒に暮らす“桃原こよみ”さん、その人だ。
『ゴメン! 待たせた!』
『遅いぞ! 何をしていた!』
レッドの叱責に、僕は怒りがこみ上げてくる。
コイツはいつもそうだ。
こよみさんのおかげでいつも危なげなく怪人を撃退できているのに、その口から出る言葉はこよみさんへの皮肉と嫌味ばかり。
なんでこんな奴がリーダーなのか……。
今度、高田司令に問い質そう。
『チッ……まあいい。みんな! “ヴレイキャノン”だ!』
『『『『おう!(ええ!)』』』』
レッドの後ろで他の四人が隊列を組むと、レッドの持つ武器“ヴレイガン”に各々の武器を接続する。
『くらえ! “ヴレイキャノン”!』
『シャ……シャアアアアア!?』
五人から放たれた巨大な光線によって怪人は包まれ、その身体を霧散させた。
『ふう……やったぞ! さあ……『じゃあ私は行くから!』』
勝鬨をあげようとしたレッドの言葉を遮り、ピンク……こよみさんはバイクに乗って颯爽と去っていった。
残された四人は呆けたように立ちすくんでいたが、我に返ったレッドは口惜しそうに地団駄を踏んだ。いい気味だ。
だけど、そうするとあと一◯分ほどで戻ってくるな。
僕はすでに焼き終えた餃子を別の皿に移し、ホットプレートを拭いた後、残りの餃子をもう一度焼き始めた。
チリチリと音が鳴り、蓋を開けたところで。
「こ、耕太くんただいま! ぎ、餃子は!?」
「こよみさん、お疲れ様。ちょうど焼けたところですよ」
「はわああ! さすが耕太くん!」
「じゃあ、今度こそゆっくり晩ご飯の続きをしましょうよ」
「うん! せやな!」
こうして僕達は、今日“も”二回目の晩ご飯を始める。
これは、いつも晩ご飯時に邪魔をされる戦隊ヒロインのこよみさんと、そんな彼女が美味しそうにご飯を食べる姿を見るのが大好きな僕が、一つ屋根の下で一緒に過ごす物語。
……あ、最初の餃子は、揚げ餃子にして次の日のお弁当にしました。
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