第9話 想いが交差する頃に
「兎に角、彼女…モートン子爵令嬢は、俺のことをどうやら…隠しキャラだと思い込んでいた、みたいなんだよね?…あの当時は、よく分かっていなかったんだけど。仕方ないよね。まさか…ここが、乙女ゲームの世界と酷似した世界だとは、夢にも思っていなかったんだし…。あの馬鹿げた婚約破棄を見てから、やっと彼女が俺を、隠しキャラだと思っていたのではないか、という可能性に気が付いたんだ。俺は、あの乙女ゲームの正式なキャラでもないし、勿論…隠しキャラでもないのにね?…唯のモブキャラなのに…って。そう気が付いた時、苦笑したよ。」
「それは……トンデモナイ目にお遭いしましたわね……。」
カイルベルトの話に依ると、アレンシアは、あのゲームを最後まで、クリアしていなかったみたいですわね?…隠しキャラを間違えるとは…とんだ失敗をしでかしておりますわよね?…カイ様も…いいご迷惑でしたわね?
カイルベルトの容姿があまりにも整っているばかりに、アレンシアもまさかのモブキャラだとは、夢にも思わなかったに違いない。隠しキャラが誰だか知らなかったのなら、彼がそうだと思い込むのも、無理はないだろう。
然もカインベルトは、公爵令息でもある。隠しキャラ的としては、身分から言ってもうってつけである。これでモブキャラなんて、乙女ゲーム的要素から見れば、勿体ないと思いたくなるであろう。しかし、ここは…この世界そのものは、決して乙女ゲームの世界ではないのだ。生きている人間からしたら、現実世界なのである。全ての人間、いや人間だけではなく、動物も植物も虫たちも全部、この世界で必死に生きているのだ。そういう訳で、身分が高いくてイケメンなモブキャラだって、可能性としては存在していても、決しておかしくない。
それに、公式的にでも発表されていなければ、隠しキャラが1人とは限らない。差作成されたゲームの類によって、設定もそれぞれ異なっており、他のゲームが1人だったから、このゲームも1人だとは限らないし、凝ったゲームほど、そういう隠し要素が多くあるものなのだ。疑心暗鬼になってしまうのも、無理がないだろう。
フェリシアンヌは、隠しキャラが1人しかいないのは知っていたので、アレンシアの思い込みが安易だなあ、と思わずにいられない様だった。
物凄いイケメンだから隠しキャラとは、安直過ぎますわよ。この世界のイケメンや美女率は、前世とは比べ物になりませんもの。ヒロインは…前世の転生者なのですから、そのことに気が付いてもおかしくありませんのに。この世界の殆どが…モブキャラとなるのですから、モブキャラも充分に特別なイケメンや特別な美女でも、全然おかしくありませんのよ。
アレンシアは、前世では…どういう人物だったのかしら?…前世でも、浮世離れをした人物だったのかしら?…あの性格では、前世でも浮いていたでしょうに…。
…などと、フェリシアンヌは疑問に思っていたフェリシアンヌの考えは、半分正解で半分ハズレと、言ったところで。流石に彼女も、前世ではいくら自己中と言っても、家族や友達がバカだなあ、と言って許してくれるぐらいだったのだけど。
「それで…今のところ、俺の知っている転生者は、君ぐらいなんだ。だから、よかったら…これからもこうやって話したいんだけど…。フェリは……どうかな?」
「それは……わたくしも他の転生者は、存じあげませんですし、願ってもないお申し出だとは思うのですが……。」
カイルベルトからの、よかったらお友達になりましょう、という申し出に、フェリシアンヌは…少々戸惑っていた。それは当然である。2人は異性なのだから、他の生徒達からどう思われるのだろうか、と。その上、フェリシアンヌはつい最近、婚約破棄したばかりである。この婚約破棄に関しては、王家の助力もあり、完全にハイリッシュが悪いとされた為、彼女側の責任はゼロと認められている。これに関して非難などすれば、逆に王家の意見に逆らったという扱いを、受けるであろう。
そういう事情を抱えたフェリシアンヌが、他人の目や噂を気にするのは、仕方がないことである。しかし、目の前の彼…カイルベルトが、彼女の言葉に明らかに、期待したような、それでいて…断る雰囲気を察知したのか、悲しげな表情を滲ませて見つめてくれば、彼女も…はっきりとは断れなかったのである。
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それから、カイルベルトはフェリシアンヌを見つけると、毎日のように声を掛けて来た。最初のうちは、前世の世界で言うところの、おはよう、こんにちは、さようなら、等のただの挨拶からである。しかし、当然の如く、今迄全くというぐらい接点のなかった2人が、挨拶を交わす姿は目立っていた。その上、あのカイルベルトから…声を掛けている、ということで。
カイルベルトは、今迄自分から女性に声を掛けることはなく、また女性から声を掛けられても、素っ気ない態度であった。にこりとも笑わず、話も聞いているのかいないのか、相槌も打たず、ただ黙って対応する時もあったぐらいだ。今迄は女性の場合、誰に対してもそういう態度だったから、一部の女子生徒からは、彼は男性が好きなのかもしれない、と思われていた程だ。
実際には、カイルベルトの心の中に潜む人物がおり、その人物以外は興味がなかっただけである。今世の彼は容姿が良過ぎて、また公爵令息でもあるから、よくモテるのだが、カイルベルトは自分が容姿端麗なことに、気がついていなかった。
前世のカイルベルトは、あまりモテなかった人物であったし、今世の両親は彼同様美形で、周りは彼の容姿をあまり褒めていなかった。当たり前過ぎて。
この世界の人間は、美形ばかりである。彼からすれば、そう自分も変わらないぐらいにしか、感じていなかったのだろう。例え、女性達が寄って来ていても、公爵という身分に釣られて来た、ぐらいにしか思っていなかった。
この世界では政略結婚もまだまだ多く、また貴族の上位となるほど、その傾向が強くなる。カイルベルトも嫡男である以上、その義務が発生するのだが、自分には到底無理そうであったから、両親には筋を通しておいた。前世の記憶等は流石に話していないが、幼い頃に偶々知り合った人物を、忘れられないからだ、と。
幸いにも、まだ幼くも親戚には嫡子として継げない子供、が何人かいる。
最悪の場合は、養子にもらう手も考えてもらっているのだ。
そういう手を打ってあったから、彼からすれば、無理をして女子生徒の機嫌を取る必要もなかったし、中途半端に優しくすれば気があると取られ、婚約に結び付く可能性があり、十分に気をつけていた。カイルベルトにとっては、特に冷たく接している訳でもなく、気がないし興味がないという
結果的には…素っ気なく見られていたけれど。
そのように女性には冷たかったり、女性に全く興味を示さなかったりした、カイルベルトが、フェリシアンヌには誰がどう見ても、恋しているとしか見えなくて、男女共に…肩を落としたのだった。勝てる望みがない、と。
「あのカイルベルト様のお相手が、フェリシアンヌ様では…勝てませんわ。」
「あのカイルベルトが、選りにも選って、フェリシアンヌ嬢とは…。俺も…狙っていたのに。」
…と、直ぐに噂に上ったのである。当然だがこうなれば、カイルベルトの両親は、息子の気が変わらないうちにと、アーマイル公爵家からの正式な婚約申し込みが、ハミルトン侯爵家に届き、フェリシアンヌだけではなく、彼女の両親もあたふたとすることになる。
「…ごめんね。俺の両親が、正式な婚約の申し込みをしたみたいで。俺も後から知ったんだよ。ただ…俺は、君が相手なら構わない、って思っているんだ。実は…まだ君が幼い時に、君とは会ったことがあるんだよ。あの頃は…乙女ゲームとかまだ思い出していなかったから、気がつかなかったけど、君が言った言葉が、忘れられなかったのは…本当だよ。」
「…えっ?…わたくしとお会いしたことが、ございましたの?…わたくしが…申し上げた言葉…?」
「…うん。君は…まだ幼かったから覚えていないんだね?…まあ俺も…君だと気がついたのが、あの例の騒動の時だから、大差ないけどね…。」
「あ、あの…わたくしは、何と申しましたのでしょう?」
「…君は『わたくしは、ただ1人の人だけがいいのですわ!ですから、大人になる迄に探しますのよ!』と、言っていた。それで…もう、その…ただ1人と言える人物は、見つかったのかな?」
フェリシアンヌは、驚きを隠せなかった。カイルベルトと、既に会ったことがあるなんて。彼女には全く、そういう記憶がなかった。だから当然の如く、自分が言ったという言葉も覚えていない。彼が嘘をつく訳がないと思ったが、自分には会った記憶がない以上、言われた本人に聞くしかない。
彼女が問うと、カインベルトは苦笑しながらも教えてくれる。そしてその言葉に、彼女は思い出したのだ。そう、あれは…周りの男性が、浮気していると初めて知った時、ショックを受けていた頃だ。その時丁度、子供用の物語を読み、自分だけの王子様が迎えに来ると書いてあり、彼女は…あの言葉を選択した。しかし、あれは前世の時の彼女の口癖でもあったのだ。前世の記憶が戻った彼女だが、前世でも同じ言葉を使っていたことには、全く気付いていない。それでも…。
「…いいえ、自分では…見つけておりません。けれども…わたくしは漸く、カイ様に…見つけていただきましたと…思っておりますわ。」
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