婚約破棄から始める物語を、始めましょう!
無乃海
とある婚約破棄の物語
第1話 婚約破棄から始まる試練
「私こと…キャスパー公爵が嫡男、ハイリッシュ・キャスパーは、婚約者である侯爵令嬢フェリシアンヌ・ハミルトンとの婚約を、今日ここにて…破棄する!」
ある男性の叫ぶような大声が、この舞踏会会場の広間に響き渡った途端、会場内はシ~ンと静まり返っていた。叫んだ男性は、この会場の中でも、一際目立つ見目麗しい容姿をしており、本来ならば、この会場に参加している女性の心を、鷲掴みしていたことだろう。しかし、この会場に居る男女全員が、そう叫んだ男性の方へと振り返り、呆然と見つめている。男性は何を思っているのか、それらの視線を満足げに見つめ返し、再び自分に注目させるかの如く、大声を張り上げて話す。
「皆!聞いてくれ!…私はここに居る、アレンシア・モートン子爵令嬢と私は、相思相愛の間柄である。因って、私達は婚約することを、ここに…宣言する!」
そう言いながらも、その男性は、自分の隣にいる少女を自分に引き寄せ、肩を抱くようにして自分の恋人だと、アピールをしていたのだ。肩を抱かれた少女も、心底嬉しそうな顔をしながら、恋人の身体にしな垂れ掛かっている。この2人は、自分達の恋愛に只管酔っており、周りの人々の様子が見えていなかった。
実際には、この男性が叫ぶ前から、正確には…この会場に、2人が揃って入場して来た時から、この会場の全ての人間が、彼らのことを呆れた目で見つめていたのである。知らぬは当人ばかりなり。
本日は、この国の唯一の貴族学校である、王立学園の卒業式である。卒業式が終了したその日、学園では夕方から卒業生を祝福する、舞踏会が開催されることになっている。会場は勿論、この学園の舞踏会用の会場である。この舞踏会には、卒業生は勿論のこと、他の学年の生徒達も参加可能であるのだ。1年に1回の大規模な催しである為、余程の事情がない限りは、ほぼ生徒全員が参加している。
そのようなおめでたい、お祝いの日だというのに、一体…彼らは何をやっているのだろうか?…馬鹿なのか?…馬鹿なんだろうな?
会話がないにも関わらず、参加している生徒の殆どが、白い眼をして見つめているとも知らず、あの男性と少女は
それを見つめる人々は、段々と気分が白けて行く。
抑々、この学校は貴族の為の学校であり、庶民は庶民が通う学校に通っている為、この学園には男爵以上の貴族しか通っていない。学園の方針では、貴族の身分を問わず、誰もが平等と謳ってはいるのだが、誰もが本心からそう思っていなかった。
勿論、身分を問わず関係なく仲良くなっている者達も、居ることには…居るのではあるが。だからと言って、完全な平等だとは思っていないのである。
要するに、平等と謳いながらも、この学園には明らかな身分差があったのだ。
そしてそれは、本来彼ら2人にも言えることである。公爵令息と子爵令嬢では、釣り合わない身分であることを。誰もがこの身分の差に、眉を顰めていたし、ただの遊びだろうと噂をしていた。公爵令息には既に正式な婚約者がおり、その婚約者は侯爵家のご令嬢である。身分も釣り合うだけでなく、容姿も2人が揃えば…美男美女であり、お似合いの2人であったのだ。そういう事情にも拘らず、自分にお似合いの美女を振ってまで、身分の低過ぎて釣り合わない、子爵家の令嬢を選ぶとは。
政略結婚として親に選ばれた、最善の婚約者だと言いますのに、馬鹿ですわよね?
昔から…馬鹿なお人だと思っておりましたけれど、ここまでお馬鹿さんだとは、正直…思っておりませんでしたのに。声には出せず、そう心の中で独り言を話している女性は、
まだ入学したばかりの1年生にも拘らず、礼儀作法に関しては完璧であり、授業も一部免除されているほどである。
それに対して、フェリシアンヌの婚約者である、ハイリッシュは成績も中の下ぐらいであり、また礼儀作法に関しても、自分がキャスパー公爵家の嫡男ということもあって、常に他人を見下すような態度だった。女好きという悪い癖もあり、当初はモートン子爵令嬢のことも、遊び相手のつもりであったのだろう。いつの間にか、アレンシアに夢中になってしまったようである。ミイラ取りがミイラになったのだろうか?…彼に夢中になっていた他の女生徒達も、今現在は…自分よりも格下の令嬢を、恋人扱いをしている彼には、既に愛想を尽かしているようだった。
そしてその中心にいる、モートン子爵令嬢であるアレンシアは、フェリシアンヌからハイリッシュを奪った気でいた。要するに、自分は公爵令嬢に勝った、と思って浮かれていたのである。実はアレンシアには、もっと大きな野望があったのだ。
この勝負に勝つのは、彼女にとっては…当然の出来事だったのである。
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「フェリシアンヌ、今の私の宣言を聞いていたのか!?…お前との婚約は、今日を以って…破棄させてもらう!」
「そのように大きなお声を出されなくとも、聞こえておりますわ。それよりも…宜しいのですの?…このような場で、ご両親にご相談もなさらずに、ご勝手に婚約破棄などと仰っても?」
「良いに決まっている。醜悪なお前との婚約者よりも、アレンシアの方が両親も賛成してくれるだろう。何も問題はない。それよりも、お前の方がご両親に怒られるだろうな!」
「………。もう…わたくしからは、何もお話することは…ございません。婚約破棄の件は、両親に報告させていただきます。多分、問題なく婚約は破棄されることでしょう。」
そうですわね。わたくしもわたくしの両親も、喜んで婚約破棄されましょう。
怒られるとしましたら、わたくしではなく貴方様の方ですわね?…きっと貴方は、嫡子から外されるでしょうけれども。キャスパー公爵家には、真面な次男がおられますから、彼が新たに嫡子となるでしょうね?…問題ばかり起こす貴方は、公爵家から追い出され、身分も庶民となることでしょう。
フェリシアンヌは、やっとハイリッシュから解放されると、内心では大喜びであった。無論、顔には出せないし、出すつもりもないのだが。
問題ばかり起こすハイリッシュのことは、好きになれなかった。相手が格上である為、フェリシアンヌ側からは絶対に断れない。ハイリッシュが醜聞の悪過ぎるような、トンデモナイ問題を起こすのを、ただただ…只管に待ち続けていた。
これも…前世の記憶の
前世の記憶があるフェリシアンヌから言えば、ハイリッシュのことは、ゲームをしていた前世の頃から、本当は嫌いであった。しかし、転生して記憶が戻ったのは、婚約した直後であり、自分では避けようがなかったのだ。それに…彼女は、記憶が戻る前は…これでもハイリッシュのことが、好きだったのである。つまり、婚約は彼女が望んで受けたのである。前世の記憶が戻る前に。
こんな馬鹿な男が好きなんて、フェリシアンヌは趣味が悪過ぎますわね…。
彼女に生まれ変わったフェリシアンヌは、ゲームの自分に同情はするものの、だからと言ってヒロインを虐めるなんて、自分はしたくないし、ハイリッシュのことも記憶が戻ると、恋心がさっぱりと無くなっていた。
ですから、婚約破棄を待ち望んでいましたのですが、これは…酷過ぎますわ。
周りの人達がわたくしに同情していらっしゃるから、まだ救われますけれども…。ゲーム通りでしたなら…救われませんわね…。
何故なら、女性が婚約破棄されることは、この国では結婚出来なくなる、と同意であるのだから。貴族という存在はどこまでも誇り高く、見栄が凄い人間達である。婚約破棄されるような女性を、誇り高い貴族が欲しがる訳がない。本来ならば…。
ですが、この場合は反対ですわよね?…彼の方が、結婚したがる女性は、もう現れませんわねえ。多分、これから彼は…身分が格段に低くなることでしょうし。
フェリシアンヌの思った通りである。この場面にいる貴族の女子生徒達は、最早…顔だけが取り柄という感じの、ハイリッシュに興味はなかった。結婚しても確実に浮気しそうな彼を、本気で好きな女性は…最早いないだろう。今迄は、彼の公爵嫡子という身分にも惹かれていただけで。正妻になれれば、良かったのだろう。
しかし、この茶番には…流石の彼女達も、ついていけなかった様だ。
今度は自分達の番…という可能性も考えれば。
何にせよ、彼は失態を犯し過ぎてしまった。取り返しのつかない失態を。
こうして…彼は、この事実を知った両親に、身分を剥奪されるのであった。
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