第12話
「……えっ?」
「なんだって?」
リザベルトと店主は虚を突かれて驚いてしまう。
「いやいや、これから重要な話もするのにお互いの名前すら知らないんですよ? だから自己紹介が必要だと思うんですよ」
そう言うと、テオドールは改まったように姿勢を正す。
「まずは、言い出しっぺの僕から……名前はテオドール=ホワイトで人族。大商人を目指して、日々研鑽を積んでいます。今は、ええっと、パートナー? のリザと共に色々活動し始めたところです」
テオドールは真剣な表情で本当にただの自己紹介をした。
自分の能力のことや、どうやって呪いを解除できるのかに関しては、あえて伝えないようにしている。
「それでは次は私が。名前はリザベルトです。耳を見てわかると思いますがエルフです。つい最近まで錬金術師ギルドで働いていましたが、今は色々事情があってテオさんと共に行動しています」
ふわりとほほ笑んだリザベルトはテオドールに合わせて詳細な事情を言わずに濁した。
「おう、俺の名前はジャーノだ。見てのとおりドワーフで、この武器屋の店主で鍛冶もやっていてな、この店には俺が作った武器も並んでいる」
最初は女子供だと内心馬鹿にしていたが、こうして目の前にすると二人ともしっかりとしており、まるで商談をしているかのように思えてきたため、ジャーノも姿勢を正して自己紹介をしていた。
「それじゃ、ジャーノさん。次の条件です。呪いを解くことは多分できると思いますが、どうやってなのか、誰がやったのか、それを誰かに教えるのは禁止です。これが守れないなら、この件はなかったことになります」
「もちろんだ」
内緒だという様に口元に指をやったテオドールから提示された条件にジャーノは即答する。
方法や手段よりも結果を求めているジャーノにとって、それくらいの条件は大したものではなかった。
もとより職人気質な彼に寄りつく人間は多くはないというのもある。
「あとは、呪われた武器が入荷したら俺に流して下さい。もちろん無料で。あ、今回の分も全部無料で譲って下さい」
「承知した」
これにもジャーノは即答する。
神官に依頼する手間や費用を考えたら呪われた武器を全て無償で提供してもおつりがくるほどだった。
そもそも呪いの装備はほぼ売れることがなく、彼も持てあましていた。
「おぉ、すごいですね。まさか、こっちの条件にも即答してくれるとは……でも、わかりました。それじゃ、準備をしていきましょう。紙とペンを用意して下さい」
全ての条件をのんでくれたため、テオドールは早速作業に取り掛かる。
「すぐに持ってくるから待っていてくれ!」
ジャーノはテオドールの気が変わらないうちにと急いで別の部屋にそれらを取りに向かった。
そして、数秒で戻ってくる。
「それじゃ、早速やってみますか」
テオドールは軽い調子で言いながら用意された紙に何かを書き込んでいく。
リザベルトとジャーノはそれを緊張した面持ちで見守っている。
「魔法陣、ですか?」
リザベルトがテオドールが書いているものを覗くように見て呟いた。
「そうそう、普通に魔法で解呪してもいいんだけど、このナイフは呪いが濃すぎるから両方使ったほうがいいかなってね……もうちょっと、ここは――」
よどみなく書き続け、徐々に緻密な魔方陣ができあがっていく。
それはリザベルトがこれまで見たことがないタイプものだったが、美しいといえるものだった。
「……もう、この時点で準備できるやつはいないんじゃないか?」
難しい顔をして見守るジャーノは既にテオドールが何をやっているのか理解できずにいる。
「まあ、真似することはできなくても、俺のことを突き止めて依頼をしてくるかもしれないですからね。普通にお金を払ってくれるならいいですけど、脅してきたら面倒くさいので……でーきた」
「すごい、綺麗です」
「う、うむ、これはすごいな」
テオドールが書き終えた魔法陣をテーブルの中心に置くと、リザベルトとジャーノは感動すら覚えていた。
それは一つの芸術作品のようだったからだ。
「ははっ、これは前準備なんだけどね。さ、本番に行こう。そのナイフをこの魔法陣の上に乗せて……それじゃ」
テオドールは左手で用紙の端に触れてそっと魔力を流していく。
すると描かれた文様が光を放ち始めた。
「”清浄なる魔力よ、悪しき呪いを解呪せよ。カースブレイク”」
呪文を詠唱すると、右手から魔法が発動してナイフが魔法に包まれていく。
魔法陣と右手。上下から挟むことで、強力な解呪魔法を発動させていた。
「まぶしいっ!」
「うおう!」
強い呪いに包まれた武器を解除するには、それに応じた力が必要になる。
このナイフにはそれだけ強い呪いがかけられており、自然と光も強くなっていた。
「もう、ちょっと……」
テオドールは呪いが解けていく手ごたえを感じており、事実ナイフを包んでいた闇は晴れてきている。
近くにあるだけで嫌な気配を漂わせていたが、それも薄らいでいた。
「……よし! これで解呪、成功です!」
まばゆいばかりの光が落ち着き、テオドールが手をどかすと、そこには刀身が美しい赤に輝くナイフがあった。
「おぉ、こ、これだ! これがあいつの愛用していた……」
「『マジックウェポン:レッドソードナイフ』」
ジャーノが言う前に、リザベルトが鑑定結果を口にした。
「なるほど、これがナイフをベースにして魔力で刀身を作ることができるやつか。昔聞いたことがある」
テオドールも自分の知識の中に、これに近い類のマジックウェポンがあったため、実物を見れたことに感心していた。
「……感動するところだったんだが、お前たちが冷静にこのナイフのことを語りだすからタイミングを失ってしまったぞ」
呆れたようにため息を吐くジャーノはテオドールとリザベルトの反応を見て、素に戻されてしまっていた。
「だが、これは本当にありがたいことだ。これであいつの家族に申し訳がたつというものだ。戦いの中で亡くなったあいつの遺品はこれしか残っていないからな……」
ナイフをじっと見つめ、しんみりとした様子で語るジャーノは、亡くなった仲間のことを思い出していた。
「うぅ、ジャーノさん……」
それにリザベルトもつられて涙ぐんでいる。
借金:4000万
所持金:約30万
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