三度目の人生は商人無双! ~前世の記憶と力で目指すは世界一の大商人~

かたなかじ

第1話


「ふう、久しぶりに実家に帰って来られたなあ……」

 力なく疲れを見せた少年は灯りのともっていない暗い家を見上げて大きくため息を吐いた。

 商人の息子であるテオドール=ホワイト十四歳は唯一の家族だった父を亡くしたため、実家に帰ってきていた。


「にしても、こんな状況になってるとはねえ」

 ゆっくりと扉を開けて家の中に入るが、そこにはほとんど何もなく、掃除の行き届いていない床にはたくさんの乱雑な足跡が刻まれていた。


「ほとんど物が残ってないなあ」

 家財道具のほとんどは父の部下や、家の使用人によって持っていかれてしまっていた。


 しかし、このことをテオドールは仕方ないと思っている。


 父からの給料が未払いとなっていたため、彼らも何とか少しでも金にして回収しようと、この先を生きるための行動だった。


「残ってるものの把握と、家の片づけと、今後どうするかを考えないとだなあ……」

 そう口にしたテオドールは右手から風の魔力を生み出して、家の中を把握していく。

魔力によって生み出された風が彼の短く切りそろえられた髪を揺らす。


 少し淀んでいた空気が澄んでいくのを感じ取りながら、テオドールは順番に部屋を回って視覚的な確認を行う。


 ――実は彼がこんな風に魔力を操れるようになったのはつい数日前のことである。


 それまで魔法を使いこなすことはできなかったテオドール。


 十歳になると通うことができる学院で彼は一般教養や算術、読み書きなどを学んでいた。

 そんなある日、授業を終えた彼が寮の部屋に戻ると、家からの手紙が届いていた。


 そこに書いてあったのは、父が亡くなったこと、葬儀は終えたこと、給料が未払いであること、莫大な借金総額三千万ゴルドがあり、一週間後には最初の回収に来るとのこと。


 次々と情報が飛び込んできて、あまりの衝撃にめまいを起こしたテオドールは、のけ反った時に後頭部を強く柱に打ちつけて気絶してしまった。


 しかし、この衝撃でなんと目覚めた時には、前世の『様々な魔法を生み出した英知の賢者』、そして前々世の『世界を滅ぼそうとした魔王を打倒した勇者』の力と記憶を取り戻していた。


 その時のショックからなのか、薄い水色だった髪と目の色は深い青になっている。


 童顔で身長も同年齢の中ではやや低めのため、幼く見られることの多いテオドールだったが、この変化によってどことなく大人びた表情になっている。


 肉体も変化しており、勇者時代のしなやかな筋肉が戻ってきて、やや大き目だった服も今ではフィットしている。


「ついでに掃除もしておくかな」

 流れるような魔法操作で風魔法による屋内サーチに加えて、左手からは水の魔力を出して、それがモップのようにすいすいと床を洗い流していく。ついで自身の靴の裏もきれいにしている。


「さてさて、一階はボロボロのソファが一つ残ってるだけか……二階は……」

 確認するような呟きと共に二階へ上がって行く。


 テオドールの部屋も二階にあり、数か月ぶりの自室への懐かしさと、一体どんな状態になっているのかと少々の不安にかられている。


 扉は少し開いたままになっており、部屋の中は他と同じように踏み荒らされている。従業員たちは彼の部屋も関係なく荒らしていた。


「あれ、ベッドはわりと綺麗なままだ」

 惨状の中にあって、この部屋のベッドは大きすぎたからなのか、マットもそのままで放置されていた。


 父がテオドールの成長に追いつかないことのないようにと大きく立派なベッドを買ってくれていたのが功を奏したようだ。


 ふと父の笑顔を思い出したが、すぐに気持ちを切り替えたテオドールはベッドに腰かける。


 そして、再度風の魔力を集中させて、家中へ魔力を展開させて探っていく。

彼の眼には風がこの家中に行きわたるイメージが描かれ、なにか異変がないかを確かめている。


 ベッド以外の家具などがほとんどなくなっているのは既に確認できていた。

 テオドールが見つけたかったのは、家の中をひっくり返されても見つからなかった何か。


 商人としては最終的にうまくいかなかった父だが、それでも抜け目ない性格であるため、何かしら家の中に隠しているのではないかと考えていた。


 少しの隙間であっても、風は入り込んでいき、全てを明らかにしていく。


「…………あった。僕の部屋か」

 風が異変をテオドールに伝えた。彼はすっとベッドから立ち上がると、部屋の端の洋服ダンスが置かれていた場所へと移動する。


 何もない、ただの床がそこにはある。少し日に焼けていない部分との差が際立つが、それ以外には何もない。そういう風に見える。


「まさかこんな場所に隠してあるなんてね」

 一見してはわからないが、床の下には少しの空間があった。


 目立たぬように工夫された隠し扉があるようだが、魔法を使えるようになったテオドールの前ではなんてことないものだ。

 今度は探索ではなく、床を引きはがすために風の魔法を床下の空間に侵入させる。


「よいしょっと!」

 引っ張るように魔法を操作するとバコンと床板が剥がされた。テオドールはそこに隠されていた箱を取り出して、ベッドへと戻って行く。


「さて、箱の中身はっと……やっぱりそうか」

 そこに入っていたのは数枚の紙。ただの紙のように見えるが、魔道具を使って作成された特殊なもので、内容は今テオドールがいる家と土地の権利書だった。


「権利者を僕に書き換えてあるのはさすが父さんだな……ともあれ、これが残ってたのは救いだね。あとはこの力を使って金を稼いでいくしかないかな……」

 ふわりと浮き上がった権利書は、テオドールが創り出した闇魔法の収納空間へと吸い込まれていった。


 賢者として生きていた前世では、探究心から様々な知識をかき集め、多くの魔法を創り出し、どんなに細かな魔力操作もいとも簡単に行えた。


 その力は、何にも代えがたいものであり、この力を使えば儲けることができると考えていた。


「そういえば……床は綺麗になったみたいだな」

 右手から出していた水の魔法が全部屋の床を洗い流し終えていたことに気づく。


「そしたら、火と風を合わせてっと」

 今度は温かい風を生み出して、濡れた床を乾燥させていく。更についでとばかりに、家の外壁も綺麗に掃除していく。


 所要時間はわずか十分程度。


「よし、まるで新居のように……とまではいかないけど、だいぶ綺麗になったな。鍵は魔法でいいか。“ロック”――それじゃいってこよう」

 家の内外ともに綺麗になったことに満足したテオドールは、魔法で家に鍵をかけると早速金稼ぎに出発していく。


 何気なく使ったロックという魔法。

 対となるアンロックを使えないと意味がない魔法であり、現代ではテオドール以外に使える者はいない。



借金:3000万

所持金:0









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